第3話 黄色い花 1.帰途

「なあ、花探しって、次のクエストなのか?」


スカイが、先頭を歩くデュナに問いかける。

私達はザラッカを出て、元来た一本道を歩いていた。

「そうよ」

デュナは、やはり振り返らず答えた。


いつの間に依頼を受けてたんだろう……。

ザラッカを出る前に、掲示板には目を通してきたが、デュナが窓口に向かった姿は見ていなかったはずだ。

首を捻る私に気付いたのか、デュナがこちらを見て補足する。

「管理局からもらってきたんじゃないのよ。ファルーギアさんから、ね」

「そうなんだ」

いつの間にそんな話をしてたんだろう……。

ファルーギアさんから、ということは、その花を見つけたらザラッカまで戻らないといけないわけか。

家からザラッカまでは丸二日。

遠いと言うほどでは無いが、近いとも言い難い距離だ。

「以前から手に取って見たかった花らしいんだけれど、その花は手折ると半日ほどで枯れてしまうんですって」


じゃあどうやって届ければ……?


「その花がある場所からザラッカは遠いのか? てか、俺達って今家に帰ってるとこ……なんだよな?」

スカイも、私と同じ疑問を感じたらしい。

「ええ、一旦家に帰るって言ったでしょ?」

聞いてなかったの? とばかりに返されて、スカイが「それは、聞いてたけどさ……」と口ごもる。

ちょっとからかった弟の反応が気に入ったのか、デュナが楽しげにメガネを反射させて続きを説明する。

「その花は、今分かっている限りでは、ある場所にしか生えていないんですって」

「ある場所?」

もったいぶるその口調に思わず聞いてしまう。

「それがね、家のちょっと向こうの森に湖があるでしょ、あの辺らしいわよ」

「え! あんなとこにそんな珍しい物が生えてたのか!?」

スカイが素直に驚く。

それもそうだろう。スカイ達の家から三十分もかからないところにある森は、村からも近く、凶暴なモンスターもおらず、子供達の格好の遊び場だった。

スカイにとっては遊びつくし、知り尽くした場所だったのだろう。

「でも、半日じゃザラッカまでは……」

私の呟きにデュナがウィンクで答える。

「枯れる前に、成分を抽出してほしいって頼まれたわ。

 向こうの希望としては、試験管一本分ほどエキスを抽出してほしいみたいだから

 一抱え分以上は花を摘んで来ないといけないわね」

そこまで黙って聞いていたフォルテが、おずおずと声をかける。

「……そのお花、引っこ抜かないで、土ごと掘り返してもダメなのかな……?」

「ああ、それは私も考えていたわ。

 一応抽出物は作るとして、試しにやってみましょうね」

デュナがフォルテの頭をふわふわと撫でる。

丸一日お日様の光を浴び続けたプラチナブロンドが、温かそうに揺れた。


「その花ってどんな見た目なんだ?」

スカイが、うーんと頭を抱えている。

記憶の中から、珍しい花を思い出そうと必死のようだ。

「あんたも絶対見たことある花よ、湖の傍に咲いてる、黄色くて大きな……」

「黄色い花って……マボロシの花か!?」

「まず間違いないわね。正式名は聞いたことも無い名前だったけど」

「あの辺にわさわさ生えてるじゃないか。そんな珍しい物だったなんて知らなかったなぁ」

なるほど……マボロシの花だったのか。

私も、それなら森で咲いているところを幾度も見かけていた。

確かにあれだけ沢山咲いていれば、珍しい花かもとは思わないかもしれない。

その土地に住む人達にとっては、珍しくもなんともないのだから。

そう言われてみれば確かに、あの花を森以外では見かけたことがなかったが、あまり気にかけたこともなかったな……。


マボロシの花というのは通称だが、そう呼ばれるとおり、その花には幻惑効果があった。

といっても一過性のものだし、地元に住む人達は皆それを心得ていたので、害悪とされるような物でもなかったが。


「今夜は野宿にするわよ。トランドに来る前に野宿したあたりで休みましょう」

デュナが振り返って皆に声をかける。

「野宿なのか? ファルーギアさんからあれだけもらったんだし、宿取ればいいじゃないか」

「この辺は高いのよ。天気もいいのにもったいないわ」

スカイの提案をデュナがざっくり却下する。

確かに、今日は風もほとんどなく、暖かい良い天気ではあった。

もう、日は大分傾いてきていたが。

「私達、お屋敷のふかふかベッドで四連泊してるのよ? そろそろ硬い地面が恋しくなったでしょ」

「ならねーよ! ていうか屋敷に泊めてもらったのって全部タダじゃないか」

デュナの言葉を、スカイが精一杯否定している。

それを横目に見ていると

「私、野宿平気だよ。皆が一緒だもん」

と、フォルテが小さな握りこぶしを胸の前にふたつ作ってデュナを見あげて言った。

「フォルテはいい子ねぇ。それに比べてあんたときたら……」

デュナがフォルテを撫で回しながらスカイをじとっと見つめる。

釣られて、フォルテも撫でられたニコニコ顔のままスカイを見る。

「俺か!? 俺が我が儘言ってるのか!?」

四つの瞳に見つめられてスカイがたじろぐ。


今夜は野宿か。久しぶりだし、体痛くならないといいなぁ……。

いつも通りの三人をよそに、伸びをして見上げた空には、一番星が輝いていた。


[newpage]


ホヨンの一つ手前にあるハッシュという町は、ザラッカと家の間にある唯一の町だ。

そこでフローラさんへのお土産物を見繕ってから、ホヨンで宿をとる。


ちなみにフローラさんと言うのは、スカイとデュナの母親だ。

常にふんわりとした雰囲気を纏っていて、それでいてとても……ええと……なんというか……。

いつも些細な失敗をしては皆を和ませてくれるような人。そう、ムードメーカーだ。

失礼な言い方にならずにすんで、ホッとする。

なにせ、私も小さい頃から随分とお世話になっている人だ。

家事全般が壊滅的に不得手な人なので、こんな風に長いこと家を離れている時は色々と心配だったりもする。

私達が長期のクエを引き受けないようにしている最大の理由が、フローラさんの存在だった。


ホヨンという、この小さな村には宿屋が一軒しかなかったが、遅い時間に行っても大抵は部屋が空いていた。

ハッシュから二時間とかからない場所にあるためか、町に用事のある人達は皆、町まで行って宿をとるのだろう。

それでも、私達のようにここらを通過するだけの、手持ちの少ない冒険者には、一定の需要がある宿だ。

「え、満室?」

デュナの声に振り返る。

カウンターの向こうでは、宿のおじさんが、申し訳無さそうにしているが、その表情がどこか嬉しそうにも見えるのは、きっとこの宿が満室になる事が滅多にないからだろう。

「なんだ? 部屋いっぱいなのか?」

スカイがデュナの横から顔を出す。

おじさんが、手をもみながら説明をする。町のホテル等ではちょっとありえない仕草だ。

「いや、一室ならあるんですけどね。二部屋は……」

「ああ、なら俺外で寝るからいいよ。ラズ達だけ泊まれば」

あっさり答えたスカイと「当然ね」と返事をしたデュナを、おじさんが交互に見比べる

「お二人はご姉弟ですか」

「ええ、一応ね」

デュナが嫌そうに答える。

何が一応なのかは分からないが、デュナとスカイは間違いなく、れっきとした姉弟だった。

そういえば、フォルテには兄弟って居たのかな……?

繋いだ手の先に視線を降ろすと、見上げてきたフォルテと目が合った。

「ラズは、ひとりっ子?」

フォルテも同じ事を思ったらしい。

「うん、そうだよ。フォルテはどうだったのかな。分かる?」

「うーん……分かんない……ひとりっ子だったのかなぁ……?」

「そっか。一緒かもしれないね」

微笑みを向けると、フォルテは同じようにラズベリー色の甘い瞳をそうっと細めた。

「うん、そうだね」


顔を上げると、カウンターではスカイとデュナがどちらもほんのちょっとだけ困ったような顔をしていた。

何か困るようなことがあったのかな?

思い当たることは何もなかった。

「どうかしたの?」

声をかけて、フォルテと一緒にそちらへ近付く。

デュナが振り返って

「おじさんが、四人一部屋なら泊められるって言ってくれてるんだけど……」

「へー」

それは有難い申し出なんじゃないだろうか。

一部屋の料金で四人泊めてもらえるということなら。だけれど。

「ベッド、二つしかないんだけど、ラズとフォルテはどうしたい?」

相変わらず、ちょっと困った顔のまま、肩をすくめて聞くデュナに、

「私はそれでいいよ」

と返事をする。

フォルテも元気に、

「私もいいー」

と返事をした。

一瞬だけキョトンとしたデュナは、クスッと笑うと

「そう。じゃあ、これでお願いしようかしら」

と、カウンターのおじさんに向かい直した。

野宿の時だって皆一緒に寝てるのに、何を今さら……。と思ってから気付く。

そういえば、スカイは決まって火の番をしながら一人離れたところで座って寝ているので、並んで寝ていたわけじゃないか……。


まあ今日も、ベッドが二つしかない以上、スカイは椅子か床なのだろうけれど。




シャワー派のデュナとスカイにお風呂を済ませてもらうと、早速浴槽にお湯を溜める。

私にとっては、たっぷりのお湯にゆったり浸かる事が、宿に泊まる幸せだった。


このあたりの地域は基本的にそうなのだが、ご厄介になっているスカイ達の家にも、やはり小さく区切られたシャワールームしかなく、浴槽というものが置かれていない。


以前、スカイが家に浴槽を置く提案をしてくれたことがあったのだが、浴槽を置けるようなスペースがシャワールームには無い事や、浴槽自体の価格が想像以上に高かった事から、実現には至らなかった。


一緒にお湯に浸かっているフォルテが、ちゃぷちゃぷと水面を指先で撫でて遊んでいる。

その姿に、幼い頃の自分が重なる。

お湯に浸かる地方出身の父の影響で、すっかりお風呂好きになってしまった母。

旅先で温泉を見つけると、クエストの期限がギリギリだろうと入らずにはいられない。

そんな両親の許で、私もやはり、お風呂好きに育った。


美しい紅葉に囲まれた露天風呂に、親子三人で入っていた時には、山から猿が降りてきて温泉に浸かりだしたもので、皆吃驚したんだよね……。


両親と一緒にいた頃は、私もフォルテのようにパシャパシャとお湯で遊んでいた記憶がある。

ふと、静かになったフォルテを見ると、眠くなったのか舟を漕いでいる。

「お風呂で寝たら危ないよ、フォルテ」

慌てて揺り起こし、お湯から上げる。

うつらうつらしているフォルテの髪を拭いて、着替えを手伝う。

今日は野宿から一日ずっと歩き通しだ。この小さな子がくたびれるのも無理はない。

デュナの一歩に追いつく為には、フォルテは二歩歩かなくてはならないわけだし……。

お風呂を片付けて、自分の着替えを済ませて浴室から出ると、スカイが、部屋の床に野宿で使う布を敷いていた。


それをベッドの上から見ていたフォルテが呟く。

「スカイ、床で寝るの……可哀相……」

デュナが、奥のベッドに潜り込みながら言う。

「野宿よりずっとマシでしょ、屋根もあるし、風もこないし」

「そうそう、安心してぐっすり眠れるしな。十分だよ」

スカイがそれに同意して、フォルテに笑顔を向ける。

「ベッドこんなに広いんだよ? スカイも一緒にベッドで寝たらいいのに……」

フォルテがしょんぼりする。

確かにベッドは大きかったが、数は二つしかない。

フォルテが座り込んでいるベッドには私も寝るわけだし、そうなると……。

「じゃあ、あんた私と一緒に寝る?」

デュナがニヤリと口端を上げる。

こういう時のデュナは本当に楽しそうだ。

「ねーちゃんと寝るくらいなら野宿の方がずっとマシだよ!!」

スカイが全力でその申し出を却下する。

デュナの寝相は、ええと、なんと言えばいいだろうか、ベッドから落ちるような事は無いのだが、その寝返りが、とても、鋭かった。


ギュルッと音がしそうなほどの速度で回転する寝返りから繰り出される肘鉄や膝蹴りには、隣で眠る人を、夢の国から引き摺り出した上で永遠の眠りの国へと誘えそうなほどの威力があった。

もちろん、この事実は四人共が理解している。

二人のやり取りを困った顔で見つめていたフォルテに声をかける。

「さ、私達もそろそろ寝よ? フォルテももう眠いでしょ」

「うん……」

しぶしぶ布団の端を持ち上げたフォルテだったが、そのまましばし固まって、

「こんなにベッド広かったら、三人でも寝られるよ」

と、顔を上げた。

「ええ!?」

スカイがたじろぐ。


そんなにスカイだけを床で寝かせるのが申し訳ないのだろうか。

気遣いやさんのフォルテらしいなぁと、ちょっと苦笑する。

「ねえ、スカイも一緒に寝ようよ。お布団で」

フォルテの大きな瞳にじっと見つめられて、スカイが掛け布団にするべく引っ張り出していた毛布を握りしめたまま固まる。

「い、いや……俺は床でいいから……さ?」

「えぇぇー……」

引きつった笑顔で断られて、フォルテが不満の声をあげる。

「ほら、ラズも寝る場所少なくなって困るだろ?」

スカイがそんなフォルテにせっせと言い訳をする。

フォルテと一緒に寝るのが嫌だって言ってるわけじゃないよ。という事か。


それを聞いて、フォルテがパッとこちらを振り返る。

私は、壁に寄り添うように、ベッドに半分潜り込んだところだった。

「ラズ、三人だと寝られない……?」

この、フォルテのうるうるとした瞳で懇願するように見つめられては、心当たりが何も無くとも罪悪感を感じずにはいられない。

「わ、私は別に、大丈夫だよ?」

あははと乾いた笑いを返すと、フォルテがぱあっと破顔した。

「スカイ、ラズ大丈夫って!!」

期待に満ちた瞳で見つめられて、スカイの笑顔がさらに引きつる。

「いや、その……ちょ、ねーちゃんっ!」

スカイが助けを求めた相手は、既にこちらに背中を向けていた。

「もー……、あんたたちの好きにしなさいよ……」

面倒くさそうに、半分眠りにつきかけた声が返事をする。

「私は寝るから。あんまり煩く叫ばないのよ?」

テンションの高くなりつつあるフォルテとスカイに釘を刺して、デュナは「三人とも、おやすみ」と布団を首元まで掛け直した。

その背に「おやすみ」と声をかける。


「うう……」

完全に追い詰められた体のスカイを、それに全く気付いていないようなフォルテがにこにこと見つめている。

なんだろう。この不思議な光景は。

「ラ、ラズからも何とか言ってくれよ……」

見つめ合いに負けたのか、スカイがこちらに助けを求めてくる。

「何を?」

布団の中から、そのまま返事をする。

もう起き上がって顔を見るのが面倒だった。

一日歩いた体は、鉛のように重く布団に沈み込もうとしている。

「いや、だって……ラズはいいのか? 良くないだろ??」

「何が……?」

何を言いたいのかさっぱりだ。

もしかしたら、もう私も眠気で頭が回っていないのかな……。

眠りの淵に引き擦り込まれかけている私に気付いたのか、味方が誰もいなくなる恐怖からか、スカイが珍しく焦りを露わにして話している。

「そ、その……っっ年頃の、男女が、同じ布団で寝るとか、さぁ……っっ」

あ。起き上がっていればよかったかも。とちょっと後悔する。

スカイは今きっと真っ赤だろう。

珍しい姿を見逃したこと悔やみつつも、もう今さら起き上がる気はなかった。

「そういうことなら気にしなくていいよ。私も全然気にしてないから」

簡単に返事をすると、ベッドの上でフォルテが動いた気配がした。

「ほら、スカイ、おいでよ」

どうやらスカイの手を引いているようだ。

「う、ううう……」

しばらくまた見つめ合っていたようだが、結局負けたのはスカイだった。

むしろ、あの大きな瞳にじっと見つめられて、勝てる人なんていない気がする。

「……くそぅ、わかったよ……。もう、俺は知らないからな?」

何をどう知らないのか理解できないのだが、おそらくスカイの精一杯の捨て台詞だったのだろう。

「うん♪」

フォルテが心底嬉しそうに、私の隣に潜り込んで来る。

嫌そうなスカイには悪いが、フォルテがこんなに嬉しそうな事が、私には嬉しかった。

「よかったね。フォルテ」

「うん、よかった♪」

フォルテがにこにこと満足そうな笑顔を見せる。

その頭を三度も撫でると、すぐにとろんとした瞳になった。


お風呂でも、うとうとしていたくらいだ。

もう眠くてたまらないだろう。

「おやすみ、フォルテ。スカイ」

フォルテが目を閉じたのを見て、ちらりと視線を上げるとスカイと目が合った。

スカイは、耳まで真っ赤にしている。

あ。まだ赤かったんだ。茹で蛸みたいだなぁ。

と思ってから、その頭のクジラが目に付いた。

「スカイ、バンダナ取らないの?」

早くも、すぅすぅと寝息をたて始めたフォルテの邪魔にならないように、なるべく小さな声で囁く。

スカイはほんの少し考えるように視線を彷徨わせてから、

「……ああ」

とだけ答えた。


寝るときも付けっぱなしだなんて、そのうち禿げそうだなぁと思いつつも、口を閉じる。

スカイの青い髪や、デュナより少し濃いラベンダー色の瞳は、間近で見るとさらにキラキラと透き通って綺麗だった。


「じゃあ、明かり消すな」

二つのベッドから手が届くようにか、真ん中の小さなサイドテーブルに置かれていたランプにスカイが手を伸ばす。


返事をするかわりに、私は目を閉じた。

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