さっちゃんは表に出たい 1

 さっちゃんは、サカキという。

 背は小さく、制服はぶかぶか。くりっとした目は茶色く。ぱらぱらとした黒髪を短く整え、首には淡い橙のマフラーをしている。

 その制服とマフラーの下はというと、包帯とテープタイプの絆創膏があちこちに巻かれている。日常生活の範囲内であれば外すこともできるのだが、サカキはそれをしようとはしない。それは、自身がどのような話なのかを深く自覚している証拠とも言えた。


 曰く。

 旧校舎の崩落事故で死んでしまった生徒がいる。

 瓦礫に潰され、身体の一部を失ってしまったその生徒は、今でもそれを探し回っている。

 継ぎ接ぎの身体はどうにも合わない。だから、手当たり次第に奪っていく。

 それは、本物が見つかるまで終わらない。次は君の番かもしれない。

 もし、この話を聞いて三日以内に、マフラーを巻いた生徒と出会ってしまったら――。

 

 基本的に裏側に居るサカキだけど、表に興味がない訳じゃない。

 学校生活の楽しさもちゃんと知っている。

 あくびをかみ殺しながら受ける、ちょっと退屈な授業も。

 定期的に行われる難しいテストも。

 みんなでおしゃべりする休み時間も。

 少しだけ面倒くさい掃除時間も。

 なんだかんだ言って楽しい日々の一部だ。

 だって、かつてはサカキ自身もそうだったから。


 □ ■ □


 保健室。

「よし。これでどうかな」

 ヤツヅリの言葉で、サカキは姿見に映る自分を見た。

 いつも制服で過ごすから、自分でもあまり見ることのない半袖の体育着。肌が出ている部分は包帯や絆創膏があって、痛みはないのにとても痛々しく見える。

 とりあえずそれぞれを軽く動かしてみて、取れたり緩んだりしないかを確認する。


 手首。腕。よし。

 足。膝。よし。

 腹部。よし。

 肩。首。よし。

 

 自分で巻くよりもずっと負担は軽く、しっかりと固定されている。

「すごいですヤツヅリさん」

 僕ではこんなにしっかり巻けません、とサカキはくるりとヤツヅリを振り返る。

「こういうのは人にやってもらう方が上手くいくもんだよ」

「ありがとうございます。これでいつもより保ちそうです」

「うん。今日は表に行くって言ってたからね。最近はどう?」

「そうですね。少しずつですけど、長く居られるようになってきました」

「なら良かった」

 ヤツヅリは道具をしまった薬箱の蓋を閉めて「ああでも」と続けた。

「包帯はちょっと強めに巻いてあるから、痛くなったりしたらすぐ外すんだよ」

「はい。……でも、できるだけ外さないよう頑張ります」

「そうだね。それじゃあ――はい」

 ヤツヅリは畳んで置いてあった制服とマフラーを手渡す。

「そこのベッド使って良いから、ゆっくり着替えな」

「はい」

 サカキは受け取った制服をベッドに置き、カーテンを閉めた。

 

 机に向かったヤツヅリの後ろで、カーテンの開く音が聞こえた。

「ヤツヅリさん。うまく着れてますか?」

「うん?」

 ぎい、と椅子ごと振り返ったヤツヅリは、落ちかけていた眼鏡を上げてサカキを眺める。

 上履き。ズボン。学ラン。マフラー。

 制服の着こなしは慣れたもので、包帯はどこからも見えないようになっていた。

「うん。問題ないかな――ああ」

 待って。とヤツヅリは立ち上がる。不思議そうなサカキに後ろを向かせ、マフラーを首の後ろで軽く結んだ。

「こうすれば押さえる必要もなくなるだろう。うん、これで」

「わあ。なんかいいですね! ありがとうございます」

「この間、そうしてる生徒を見たんだ。よく考えるよね」

「そうですね。ふふ、いいですね」

 嬉しそうにサカキが笑う。こうしていると年相応というか、中等部に混じってもきっとバレないだろうなと思わせた。

 ただし体質がそうはさせてくれない。それだけが問題だ。

「それじゃあ、いってきます」

 ぺこり、とサカキは両手を前に揃えて頭を下げる。

 ヤツヅリは「うん。頑張っておいで」と見送り、椅子に座り直した。


「――今のは、誰だ?」

 サカキとわずかな時間差で入ってきた声に振り返ると、そこには灰色の狐が立っていた。

「ああ、タヅナくん。お帰り」

「うむ。戻った」

 そう言いながら摘んできた薬草を籠に入れる。摘んできたばかりの草の匂いが広がる。

「それで、さっきの襟巻きの」

「あの子はサカキくんだよ。あとで挨拶しよう」

「サカキ。か」

 ふむ。とタヅナは頷き、何かに気付いたように首を傾げた。

「動きがなんだか鈍かったように見えたが。彼は――人形か何かか?」

 タヅナの言葉にヤツヅリはくすりと笑い、首を横に振る。

「いや、アレは包帯とかで固定してるから。服で隠れてるのによく分かったね」

「うむ。身体を庇うような動きだったからな。にしても、包帯……? あれほど動きが鈍る程に必要とは。怪我か?」

 それなら自分の薬を分けようとかそういう事を考えているのだろう。

「当たらずといえども、って感じ。そこはサカキくんも気にしてるから、オレから話すのはちょっとやめておこう」

「ほう」

「あとできっと、もう一度来るかもしれない。そしたら色々分かるさ」

 多分、来るだろうね。とヤツヅリは軽く息をつく。

「ああ、そうだ。それで、ちょっと手伝って欲しい事ができるかも」

「? ……手伝い、とは」

 頭の上に疑問符を浮かべるタヅナに、ヤツヅリは薬棚の一角を指差す。

「君がこの間作っていた塗り薬。アレが役に立つかもしれない」

「あれは私とお前で効能は試しただろう?」

「うん。だからさ」

 ヤツヅリの意図が分からないタヅナはしばし考え、自分用に宛がわれた薬棚を見た。

「お前がそう言うのなら、用意しておこう」

「ああ。できればちょっと多めに頼むよ」

「多めに……?」

 不審がるタヅナに、ヤツヅリは「多めに」と繰り返す。

「いや、ないに超したことはないんだけど。よろしく」

「……お、おう」

 タヅナはよく分からないまま、こくりと頷いた。


 □ ■ □


 校内をうろついていたハナは、売店ホールに座っているサカキを見つけた。

 飲み物を飲むわけでもなく、ただ壁際のソファに腰掛けている。

「おや、さっちゃん」

「あ、ハナさん」

 こんにちは、と頭を下げるサカキの動きに違和感を覚えて首を傾げた。

 なんだかぎこちないというか、動きにくそうだ。

「やあ。今日はかわいいマフラーの巻き方をしているね」

「これ。ヤツヅリさんが結んでくれたんです」

「ヤツヅリ君が? ああなるほど、身体測定だったんだね?」

「はい」

 なるほどと頷きながらマフラーの形を整えると、首に白い布が見えた。ぎこちなく見えたのは、包帯を巻き直したばかりだからかと納得する。

「うん。これでカンペキだ」

 それで、とハナはサカキの隣で壁に寄りかかり、話を続ける。

「今から表に行くのかい?」

「あ、はい」

 よく分かりましたねと言うサカキに、分かるさと頷く、

「それで、今日は誰と? ウツロさん?」

「いえ。今日はサクラさんと一緒です」

 えへへ、となんか嬉しそうな顔でサカキは答える。

 サクラはサカキが憧れ、目標とする先輩だ。一緒に居られるのが嬉しいのだろう。

「なるほど、サクラ君か――と、噂をすれば、か。来たな」

 ハナの視線の先には、ぱたぱたと駆けてくるサクラの姿があった。その腕には布に包まれた大きな箱が抱えられている。

「お待たせ……ごめんね。ちょっと遅くなっちゃって。って。あれ、ハナちゃん」

 呼吸を整えながら謝るサクラは、ハナに気付いて顔を上げる。

 ハナは「やあ」とひらひら手を振って見せた。

「ハナちゃんも表に行くの?」

「いや、ボクはたまたま通りかかっただけさ。邪魔なんてするつもりはないよ」

 サクラは「そうか」と頷いて箱を抱え直す。

「しかしなんだかさっちゃんから表に行くと聞いたが、今日は何用なんだい?」

「うん。ウツロさんからちょっと頼まれごと。化石を交換してきて欲しいって」

 サクラが脇に抱えていた包みを解いて見せる。古くて大きな木箱。ガラスの蓋から見える中身はきれいに仕切られていて、いくつか石が入っていた。名前も一緒に貼ってあるが、古すぎて読めない所もある。

「ははあ、なるほど。先日さっちゃんが聞いた音の正体達だね」

 サカキに聞いて、ハナがウツロに言伝たものだ。化石の入れ替えをするのだろう。

「うん。それで、すぐに済む用事ならサカキくんも一緒に行かないかって誘ってみたんだ」

 こくこくと隣でサカキが頷く。

「僕。誰かと一緒じゃないと、表に行く自信がなくて……」

「そうだね。その方が安心だ。だが、前よりは良くなってきているのだろう?」

「はい。少しは。でも、まだまだ不安定で。今日は包帯を少し強めに巻いてもらったので、もう少し長く居られるといいのですが……」

「まあ、大丈夫さ。ボク達を肯定するのは噂話。その存在を存分に誇示してきても構わないんだよ」

「はは……そうですね」

 サカキは自信なさげに笑う。

 ハナはそんなサカキを見てうんうんと頷いた。

「どんな姿であれ、それが君だ。生徒達が怖がろうとも、ボク達は決してそんな事しない。サクラ君もフォローしてくれるだろうし、安心して行ってきたまえよ」

 親指をぐっと立てて笑うハナに、サカキは目を細めた。

「――はい。ありがとうございます。それじゃあ……サクラさん」

「うん。行こうか」

「行ってらっしゃい」

 ひらひらと手を振るハナに見送られ、二人は昇降口から出て行った。

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