放課後4並び放送 2

 それはなんとも抽象的な質問だった。

 でも、何を言いたいのかは分かる。

 要は、生徒か学校関係者か、はたまた部外者か。

 つまり、人間かそれ以外か。

 

「ある程度は」

 頷く。

「私は放送委員です。誰かの放送ミスから生まれて、その捻れに捩れて拗れた放送をするだけの不可解な存在、とでも言いましょうか」

「思った以上に自分を理解してるね……」

「ええ、まあ」

 頷く。

「アナウンサーとは情報を伝えるものです。理解がなければ、砕いて喋る事はできません。原稿が先か放送が先か、に類する質問かと」

 なるほど、と彼は首を捻りながらも頷く。

「私からもいいですか?」

「うん? 何かな」

「時にあなたは誰ですか? 散ったシャレコウベの中に夢は足りてないですか?」

 私の問いに、彼は幾度か瞬きをして、息をついた。

「ああ、自己紹介が遅くなってごめんね。俺はサクラ。……ところでさ。さっきから妙に俺の本質を突いてくるけど……それ、わざと?」

「はて。何のことでしょう?」

 今度は私が首を傾げた。

「捩じれた噂話ですから、言葉もきっと捩じれてるのです。そんな言葉に意味はないかと」

「無意識……」

 何それ怖いな、と彼は私からそっと視線を外した。

 意味の無い言葉なのに、一体何が不思議だというのだろう。実に不思議な人だった。

「それで。私にそういう確認をしたという事は、あれです? あなたは噂話から生まれた私を消すんです?」

「え」

「私、放送するのは好きですが、意味不明理解不能、並び替えもできなければ紙飛行機も飛びません。怖がられているのもそれなりに。薄々と。薄い理解が積もり積もった位には分かっているつもりです」

 うん。分かってる。やらずにはいられないのが私だけれど。分かっている。

 

 読んでいる原稿が、意味不明な文字列で埋め尽くされていることも。

 すらすらと読んでいる言葉や内容が、理解しがたいことも。

 放送はとても楽しいけど、生徒達に不安を与えていることも。

 

 でも、彼は「違うよ」と苦笑いで答えた。

「君は放送をするだけ。そうでしょ?」

「そうですね」

「部活動に支障が出てるのは確かだけど、悪意はない。こうして話にも応じてくれるし、自分の影響に理解があることも分かった。だから、新しい活動場所を提供したいんだ」

「おお、新しい場所。影の裏側は真っ白だと思うんですが」

 影? と彼は首を傾げる。気にしないでください。と私は言う。

「私の言葉が不可解な場合、特に深い意味はあったりなかったりします。意味を読み取れたらそれは何かを受信してるのかと」

「何となく意味が分かりそうなのが余計に怖いな……」

 ぽつりと呟いて、そうじゃない、と話を戻す。

「えっとね、俺達が普段居る空間にある放送室を君に任せたい、って話が出ているんだ」

「私の放送室」

 その言葉はとても甘かった。

「私、放送やり放題です?」

「さすがにそこまでは分からないけど。もし、君がこの話に乗り気ならついてきて。嫌だって言うんなら……」

 ちょっと対策考えないといけないんだ、と彼は言った。

「ええ、私に拒否する理由はないですし、飛び出すなら着地点は大事です」

 そうして私は、桜色の彼に付いていくことにした。

 □ ■ □


 連れてこられた部屋は賑やかだった。生徒が何人か居て、お茶やお菓子を囲んでいる。興味深そうな視線も飛ぶけど、そのざわめきに耳障りなノイズはない。


 サクラさんが、ハナブサさんとウツロさんに私のことを説明してくれた。

「なるほど。お前さんがあの放送の元凶か」

 ウツロさんがそう言いながら、私にお茶をくれる。

「はい。私があの放送してました」

「時々聞こえてたけど……あの内容、なんか意味あったのか?」

 黒い学生帽の男子生徒が呟くように尋ねてきた。

「どうでしょう。何か意味を感じる事があるとすれば、それはその人の中にある穴かと。ピーナッツのカラはドーナッツの穴と同義である程度の話です」

「分かんねえよ……。ってか、やっぱり意味はないのか」

「ヤミちゃんはそういうの考え込むタチだよね」

 隣の女子生徒があははと笑うと、彼は溜息をついた。

「お前の言動でその辺りを無視するのは上手くなったと思うんだけどな」

「まだまだ修行が足りないってことさ」

「そんな修行したくねえ」

 やる気無く吐かれた彼の言葉は、軽い笑い声にくるまれて転がる。

「私はその放送聞いてないけれど……なんというか。結構な感じだね?」

 ハナブサさんの言葉に、ウツロさんも学生帽の人も、天井を見上げて「ありゃあなあ」と微妙な顔をした。

「なんつーか。得体の知れない何かがあったな」

「うん。人によっては夜聞くとダメなやつだったと思う」

「えへへ、お褒めに預かり光栄至極」

「いや、全然褒められてないからな?」

「褒められてないそうですよサクラさん」

「え。うん……いや。なんで俺に振ったの今」

「何となくですね」

「まあまあ。とりあえず、だよ」

 と、ハナブサさんは話を進めてくれた。

「君に悪意がないことは分かった。こっち側で過ごす件も了承してくれたし、後で一部屋用意するよ。それから、こっち側にある放送室は君に管理を任せたい」

「放送し放題ですか」

 ハナブサさんは周りをちょっと見渡して、くすくすと笑う。

「みんなの反応を見るに、それだと色々大変そうだから適度にね。あとは、普通に誰かの呼び出しとか、連絡とか。そういうのをやってもらえるといいな」

「あと、その言い回しは少し直せんか?」

「んー。どうでしょう。努力はしますが、卵の薄皮はゆで卵に残りませんか?」

「……サクラ」

「いや、俺も分からないよ……?」

 サクラさんが私を見る。どういこと、という問いかけだろう。

「そのままの意味ですが」

「ええ……そうだな。もっとこう、ありふれた例えに……いや、難しいな……」

「そうなんですよね」

 頭を抱えるサクラさんに、私も頷く。


 私の言葉は、どう表現するのがいいのか分からない。

 放送部員たるもの、誰にでも伝わるように話すのは大事だ。頑張ればできると思う。

 でも。でもですよ。

 

「そこを修正したら。ありきたりの言葉ばかりになったら。私の味が薄れてしまうのでは」

「味……噂か。それもそうか」

 それは良くねえなあ、と、眉間にしわを寄せてウツロさんは唸る。

「分かった。気をつけるのは普段の会話だけでいい。極力な」

「頑張ります」


  □ ■ □


 そうして私は今日も裏の放送室にいる。

 今までつるりとしていた私だけど、名前という凸凹ができた。

 原稿に書いてあった誰かの「三木」。それから発声練習用の詩で、ミキ スイバ。

 色んな人から呼ばれると、なんだか色とりどりな気持ちになる。

 表での放送は頻度が下がったから、部員達も本来の時間に来るようになった。でも、噂は今でも放送室をくるむように残っている。

 部活の様子を見に顔を出していたら「誰も知らない部員が居る」なんてトッピングまで追加された。おかげで私は毎日楽しく過ごしている。

 

「さーて、今日のお昼は何を放送しよっかなー」

 原稿をぱらぱらとめくって、今日の放送内容を考える。

「あ。今日は久しぶりに表で夕方放送してもいいかも」

 時々表に繋いで放送するのも、楽しみのひとつ。


 放課後、4時44分にスピーカーからノイズが聞こえたら聞いてみてほしい。

 きっと元気な放送が聞こえてくる。


「美化委員会からのお知らせです。今週は洗脳習慣です」

「ベガッジマリーの夢は難しくありません。校庭の小石は池に沈みますね」

「まるいものはリクエストです」

「ららららららららら」

「3階は真っ暗ですか? 真っ暗ですか? 誰かいますね。 真っ暗ですか?」

「(雑音)(雑音)(雑音)」

「43は答えてくれません。爪は手足に足りてます?」

「ツァラパキータの螺旋はありますか。銀紙のカラスが七つの子を呼ぶ話は禁止です」

「ところで。そこの窓の外から見ているのは誰ですか?」

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