第4話 始まりの村 エンス 3
トミが消えて直ぐにミリアは、涙を浮かべるリリカの頬に優しく手を当て諭すように話し出した。
「聞いて。私が居なくなることは、悲しい事じゃないから。生きている限り死は、必ず訪れるの。だからあなたには、これから自分自身のために、充実した人生を送って欲しいのよ」
リリカは、嗚咽を漏らしながら言葉なく首を横に振った。
自分を抱きしめる祖母の身体は、温かく微かに薬草の匂いがする。そんな温もりの中で死を連想することなど出来なかった。それにたった一人の家族を失う恐怖は、リリカにとって計り知れない物だったのだ。
「おばあちゃんは、十分に自分の人生を生きて、命を全うするの」
まだまだ祖母には一緒に居てもらいたいと言わんばかりに、決して顔を見せようとしないリリカは、彼女に抱き着きながら首を振り続けた。
優しい眼差しを向けるミリアは、孫娘を両手で力強く抱きしめる。
娘リムからの忘れ形見、本当ならもっと彼女の成長を見届けたいと思うのが本音だ、でも病はそれを許してくれない。
「私が、亡くなったらお店をたたんで出発しなさい。貯えも少しあるから持って行くといい。魔法士としてのあなたは、まだまだ半人前でしょ?」
何も答えずリリカは、ミリアの胸元に顔をうずめたままじっとする。
「一人前の魔法士になりたくないの?」、ミリアの問いかけにやっと小声でリリカは、「ぐすっ、なりたい」と震える声で答え涙で潤ませる大きな瞳を見せた。
「一人前になるためには、知識と経験が必要なの。だからこそ旅をして、アバルディーンに行きなさい。あそこには、魔法を極めるため世界中から人と知識が集まる。何かあれば新しいパートナーが、きっと助けてくれるから」
そう、アバルディーンに行けば彼女が居る。今も実家を守るミリアのたった一人の妹マリアが。
リリカがネックレスを持っていれば、必ず彼女と会えるように導いてくれるはず。姉の最後の希望を妹に託したい。そんなわがままな願いをマリアなら聞いてくれるはずだと確信していた。
それに不安そうに俯く孫娘には、娘のリムに引き継がれなかった非凡な才能がある。
まだ覚醒していない底知れぬ魔力を持つリリカなら、自分で未来を切り開く可能性がある。
本当ならミリア自身がリリカをアバルディーンに連れて行きたかったのに。
「トミの孫なら、かなり強いと思うわよ」
「でも、不安・・・・」と、声を出したが、言葉に詰まりそれ以上話が出来なくなった。
横たわり眠りについた祖母を後にして、リリカは自分の部屋へ戻った。
ベッドに潜り込んだが、込みあがる不安と悲しみに押しつぶされそうになり眠れない。その日の夜は、泣き声がミリアに聞こえないよう堪えた。身体を丸め、ぐっと拳を握りしめながら、枕に顔を埋めた。
それから数日後にミリアは、静かに息を引き取った。
全てをやり切った、満足そうな笑みを浮かべた彼女は、その生涯を終えた。
「おばあちゃんは、良い人生を過ごせたのね。今まで一緒に居てくれて、本当にありがとう」
祖母の穏やかな顔を見ていると、沢山の思い出が頭の中に浮かんで来る。
悪戯して怒られた事、近所の子供達に泣かされた時に優しく介抱してくれた事、一緒に笑って楽しんだ事、両親は居なかったけど沢山の愛情を注いでもらえて幸せだった。
リリカは祖母との約束を果たすため、そして、一人前の魔法士になるためにアバルディーンへ向かおうと決意を固めた。
何かをしている方が、気持ちが紛れるので、思い立ったら直ぐに行動を始めた。旅に必要なものをリュックに詰めながら、トミの孫で自分のパートナーになる春馬の事が気になり思いを巡らせる。
春馬さん、トミさんのお孫さんよね、どんな人だろう?
何才だろう、自分と同い年かな。それとも、年上かな。
いつでも呼び出して良いのかな?
助けが必要な時にしか呼び出せないのかな?
服の中に隠れていたペンダントトップを出し、眉をひそめる。
本当に来てくれるのかな?
来てくれたら、おばちゃんとトミさんのみたいな、良い友達になりたい。
最初に出会ったときに話す言葉を考えると楽しくなった。
まだ見ぬパートナーへ思いを馳せ、店の片づけや旅支度をしながら、鼻歌を歌っていた。まだ、あどけなさの残る少女は、悲しみを乗り越え少し成長した。
エンスを出発してから、日々移り変わる風景にリリカは、心躍らせていた。
村を出て初めて遠出する彼女は、見る物全てに興味が沸く。
途中で出会った旅人に話しかけては、色々な情報を教えて貰い。
珍しい薬草を見つけては、足を止めて集めるのに夢中になった。
疲れたら休み、お腹がすいたら食事をする。自分のペースで、旅の生活を過ごしたので、次に訪れる町に辿り着くまでに通常の倍以上の時間を費やしていた。
黒いマントに身を包んだリリカは、時間の事など気にもせず、街道を歩きながら生前のミリアと交わした会話を思い出していた。
ミリアがトミを呼び出した次の日の朝、朝食を済ましたリリカはパートナーの意味を祖母に尋ねた。
「パートナーはね、あなたとリンクしているのよ」
「私とリンクしている?」、リリカは理解できず目をパチクリさせていた。
「そう、ネックレスを通してね。あなたの力と思いが、強ければ強いほどパートナーは、思う存分に力を発揮するの。もし、あなたがパートナーの事を嫌いになったり、不信感を抱いたりすると、呼び出せなくなるから注意しなさいよ」
食事を終えたミリアはそう話すと、ベッドの脇に食器を置いた。
「分かった。でも、おばあちゃん・・・、私は半人前で、襲われても戦う力はないけど、そんな私でも強くなれるの?」、ベッドの横で椅子に座るリリカは、膝に置いた手に力が入った。
まだ、自分の中にある力の大きさを知らないリリカを見ていると、かつて自分も同じ疑問を抱いた事を思い出す。
必ず、リリカは強くなる。
そして、魔法の力を自覚し強さを手に入れた時、違う悩みを抱えるだろう。その強力な力を自分のために使うのか、人のために使うのかと。
大きな力を利用しようとする輩も出てくるはずだけど、彼女の良心を信じよう。そうよ、この子なら大丈夫。
「ネックレスを手渡した時に、光っていたでしょう。リリカは、ネックレスに認められているわ。魔法士の素質と強い力を秘めている証拠よ。後は、知識を増やして色んな経験をする事が、大事だからね」
ミリアは人差し指をリリカの唇に近づけた、「ネックレスは他人に見せたり、渡したりしちゃ駄目よ。これは、私達ウェンスティーを名乗る魔法士だけが持つ秘密だから」、内緒と言わんばかりの仕草にリリカは口を堅く閉じた。
リリカは、ミリアから託されたネックレスを首から外し見つめる。
銀色のネックレスチェーンは、細く長い。
ペンダントトップの周りには文字のような細工が刻まれ、中心には、直径1cmほどの大きさの赤色の石がはめ込まれている。
ただ単に赤い訳ではない、人を魅了する禁色の深紅、見つめると吸い込まれてしまいそうだ。この石に意識を集中して、魔力を込めれば自分のパートナーが現れる。
直ぐに呼び出した方が良いのか、自分がピンチの時に呼び出せば良いのか、どんな人が出てくるのか、トミから聞いた名前では男性か女性かの判断も出来ない。
「興味はあるんだけど、呼び出すことに不安も感じるし、うーん、難しい」
複雑な顔をしながら歩いていると町が見えてきた。エンスから一番近くにある大きな町、シュバーチが。
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