第23話 えっ、彼氏だったの!?
まさに非の打ちどころもないパーフェクトでグッドなメイド雨宮に興奮していた俺と店長(確定)は、雨宮の強烈なゲンコツによって理性を取り戻した。
数倍は年齢が上であろう店長に対して、砂糖ひとつまみの甘さもないゲンコツをする雨宮。タンコブができてもおかしくない威力のゲンコツを食らったにもかかわらず、なぜか嬉しそうな表情で頭をさする店長。
俺はこの店に来たことを後悔した。
そして改めて自己紹介をするため、いつのまにかキレイに片付けられてしまっていたテーブルに座る俺たち。
俺の隣に雨宮が座り、対面に姦しメイドーズの3人が座る形だ。店長はテーブルから離れた場所にひとりポツンと立たされている。この店で一番えらいはずなのに、その扱いが不当にも見えないのはどうしてだろう。どうしてだろうね。
少しだけ同情した視線を店長に送っていると、隣に座った雨宮が口元に手を当てて「コホン」とかわいらしく咳ばらいをする。自分に注目が集まったことを確認すると、雨宮はゆっくりと口を開いた。
「ええーっと、改めて紹介します。あたしの彼氏の、羽泉 達哉さんです」
「えっ、彼氏だったの!?」
突然に告げられた事実に、つい俺は驚いて叫んでしまった
「……ハイタツくん、ちょっとこっちにきてくれる?」
「えっ、あっ、はい」
額に怒りマークを浮かべつつ、笑顔で威圧してくる雨宮。
テーブルから少し離れたところまで連行され、チョイチョイと手で指図されてしゃがまされた。おそらくテーブルに座る姦しメイドーズとぼっち店長に聞こえないよう配慮しているのだろうが、耳元で囁く雨宮にドキリとしてしまう。
いつも俺が使っているシャンプーの匂いに、少しだけ汗の匂いが混じったような甘い香りがして、それもまたドキリとしてしまった。
「ボーっとしない!」
「あいたたっ、ごめんなさい」
「まったく、のんきなんだから」
ドキドキで上の空になっていると、耳を引っ張られて現実世界へと引き戻された。
いまはそれどころではない。俺が彼氏になっている件について、詳しいことを聞く必要があるだろう。
「高校生の女の子が、独身の男の部屋に住むんだぞー。そういう関係にでもしておかないとマズイでしょ? ハイタツくん、捕まるよ?」
「ああ、なんだ。そういうこと……」
変ないざこざを避けるため、「家を出て彼氏の家に住み始めた」ということにしているようだ。確かに「見ず知らずの男の家に住み始めた」なんて言ってしまえば、すぐに110番されることだろう。俺だってそうする。
もちろん告白をしたワケでもないし、俺は彼氏じゃないって分かってはいるんだけれど。それでも、ちょっぴり……。
「否定されたみたいで、ショック?」
「うっ、そ、そんなこと……」
「あはは、ホントにハイタツくんってわかりやす~!」
何とかごまかそうとしたけれど、鏡で見なくても分かるくらい、苦虫を嚙み潰したような顔をしているだろう。自分でもよくわかっていなかったが、確かにショックを受けているらしい。
「まあ、とにかく! ここでは尊ちゃんの彼氏の気分でいること! オーケー?」
「オ、オーケー……」
オーケーとオーケーの二択で、オーケー以外の選択肢がないよね。
未成年淫行は、東京の場合「2年以下の懲役または100万円以下の罰金」が科されるのだ。こんなことで前科がついてしまえば、両親にも部屋を貸してくれている阿武名さんにも申し訳が立たない。
「だ、だけど、彼氏の気分でいるって、どうすればいいんだろう……」
彼女なんて存在がいままで出来たことがなければ、必然的に彼氏なんて存在になったこともないワケで。「彼氏の気分でいろ」なんて言われても、そんな気分を知らないのだ。
店長なんかある程度は事情を知っているみたいだし、彼氏の家に住むという理由付けは必要かもしれないが、その役が俺である必要はないはず。どう考えても、彼氏役をするには、絶望的に俺は向いていない。
「やっぱり、他の人に頼んだ方が……」
綺麗に掃除されたチョモランマの床を眺めながら、俺は小さく白旗を振った。
そんな俺の呟きが聞こえたのか、聞こえていないのか。雨宮は急に俺の両頬に手を当てて、無理矢理に視線を合わせてから、少しだけ怒ったような表情で口を開いた。
「あたしは、いつも通りのハイタツくんが好きです! なので、いつも通りにしていれば理想の彼氏! 以上!」
そう言いながら、俺の頬をパチーンと張ると、雨宮は勢いよく立ち上がった。
「何にも思ってない人に頼むほど、尊ちゃんは浮気者じゃないですよーだ」
「え?」
「ほら、戻るよ!」
最後の言葉がよく分からずに聞き返したが、雨宮は「この話は終わりです!」とばかりに背を向けて、先にテーブルの方へと戻って行ってしまった。
なんだかモヤモヤするけれど、雨宮の言った「いつも通りのハイタツくんが好きです!」という言葉に、俺はドキドキが止まらずにいた。
恋愛的な意味じゃないことは、さすがに俺だって分かっているけれど……それでも心の奥からあったかくなっていくような、そんな不思議な気持ちになったのだった。
いつもドモってるし、優柔不断だし、陰キャだし……自分なんていいところの一つもないと思っていたけれど、そんな自分を好きだと言ってくれる存在がいる。その事実に、この世界に認められたような、存在そのものを肯定されたような、すごく幸せな気持ちになったのだ。
「……『理想の彼氏』か」
雨宮の彼氏役をやるには、いつも通りにしていればいいらしい。
さっきまでは絶対に無理だと思っていたけれど、今なら彼氏役だってなんだってやれる気がしてきた。
「よ、よし、理想の彼氏になるぞ……!」
なんだか違う気もしたが、とにかく勢いでいくしかない。
気合いをいれるように、自分の頬をバチンと叩く。そしてこの世界に存在していることを証明するように、一歩一歩を踏みしめてテーブルへと向かった。
今の俺は、『雨宮 尊の彼氏』なんだ!
「ふたりで内緒話しちゃってー!」
「おアツいねぇ~」
「コラコラ、茶化さないの」
「ハッハッハッ、構いませんヨ」
姦しメイドーズの冷やかしもなんのその。陽キャのイジリだって華麗に受け流して見せますとも。
なんたって今の俺は、『雨宮 尊の彼氏』なんだから!
理想の彼氏にそぐわない華麗な足取りでテーブルまで戻ってくると、理想の彼氏にそぐわない華麗な動作で着席する。
俺の中の世界では、座った瞬間にバラの花がフワリと舞った。
そんな俺を見て、雨宮はなぜか口元をピクピクと震わせつつ、老紳士と姦しメイドーズへの話を再開した。
「え、ええっと、改めて紹介します。あたしの彼氏の、羽泉 達哉さんです……」
「羽泉 達哉でスゥ。よろしくお願いしまスゥ」
髪をかき上げながら、吐息まじりに自己紹介をする。かっこいい人は、こういう喋り方をするんだ。前にみたネット配信の人がそうだったから、間違いない。
雨宮の口元の震えが、さらに大きくなった。よく見れば、額に青筋まで走っているような。いったいどうしたのだろうか。
「せ、先週から、彼の家に住み始めたので」
「この店からも近いので、彼女にはいままで通りアルバイトを続けてもらいまスゥ」
対面に座っている姦しメイドーズたちは、頬がピクピクと震えている。ギャルメイドなんか、自分の手首をつねってなにか耐えているようにも見えた。いったいどうしたのだろうか。
隣の雨宮の額に走る青筋はどんどんと濃さを増し、さらにはテーブルが揺れるほどの貧乏揺すりまで始めてしまった。いったいどうしたのだろうか。
こういう時、できる彼氏は彼女の心配なんかするものだろう。
「大丈夫かい、ハニィ?」
これぞ理想の彼氏の集大成。心配げな表情を作り、そして吐息100%で囁きかけるように、雨宮へと言葉をかけた。
そんな俺のセリフをしっかりと聞き届けた雨宮は、握りこぶしでテーブルをドンとひと叩きしてから、全身を震わせて立ち上がった。
「……ハイタツくん、ちょっとこっちにきてくれる?」
このあと滅茶苦茶おこられた。
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