見習い錬金術師はパンを焼く〜のんびり採取と森の工房生活〜

織部ソマリ

第1話 パンがなければ焼けばいい!〜シンプル薄焼きパン〜

 世界には魔力というものが満ちている。

 それは、人、動物、鉱石に植物、水、空気……ありとあらゆるものに宿り、それらを生かす一助であり毒でもある。


 しかし人は考えた。この『一助』でしかない魔力をもっと便利に、大きく活かすことは出来ないだろうか? と。


 そうして長い年月の末、生み出されたのが『錬金術』


 魔力を使い素材を練り上げ、新たに創り出す力。

 それは魔力が無くては出来ないもの。

 それは精霊と心を通わせるもの。


 創造し生み出す力は錬金術に。

 魔力を練り行使する力は魔術に。


 それは、人が持ち得た大きな力。




 ◆◆◆




 そうだ、パンがなければ焼けばいい!!


 そんな天啓を受け、空っぽの食料棚を前に崩れ落ちていた私――アイリスは、四つん這いのまま床をカササッと移動した。


「小麦粉くらいならきっとストックが……」


 あるはず! という希望を胸に、普段はあまり開けない床下収納庫に上半身を突っ込み奥を探る。


 だけど、ああ無情。

 私の蒼紫色の瞳に映るのは、薄ぼんやりと光る白い壁だけだ。

 以前は満杯だった一畳ほどのそのスペースも今は見る影もない。頭どころか体半分が入るくらいに空っぽ。


 しかしその奥の奥、暗がりには目的の小さな袋があるではないか!


「やった! しかも何か瓶詰めもある〜!!」


 よっ! と腕を伸ばし引っ張り出せば、期待通りの麦の絵柄にニンマリとしてしまう。

 しかもこれきっと、頂き物のちょっとお高い銘柄だ! ほんの一キログだけど有難い! 最高!

 いつから仕舞い込んであったのかは分からないけど、にあったのなら品質に問題はない。


「えーっとこれは……おっ! 栗のシロップ漬けだ!嬉しい〜!」


 小麦粉に塩、水もある。バターはないけど栗のシロップ煮なんていう甘味があるなんてツイてる! たとえ出会えるまでのこの二食は水だけだったとしても!


「さあ! 作ってやろうじゃない!!」


 私は宵闇色のローブを脱いでシャツの袖をまくり、使い慣れた器材を並べる。

 秤にボウル、ヘラに目盛り付きのビーカー、そして――。


「インデクス」


 目を閉じ呟いた。


「レシピ――『パン』」


 パラ、パララ……と、頭の中に本のイメージが展開される。

 ざっくりと検索したのでいくつかのレシピが出てきたが、今回はこの材料で作ることが出来る一番単純なパンを選ぶ。古来からあるお皿の様な丸い薄焼パンだ。

 ちなみに栗はジャム代わりに乗せて食べようと思う。ふふふ楽しみ。


 さあ、レシピが見つかれば後はやるだけだ。


 伸ばしっぱなしの銀の髪を捻って束ねたら、材料を手順通りに混ぜていく。

  女にしては少し高めの身長がパン作りには有難い。生地をこねるのは力がいるのだ。身長がある分、作業台に対して上からの力がかかってやり易い。

 いつもなら楽しみながらのパン作りだが、今日は気力がないので(空腹すぎて)飾りは一切なし! ただ丸く顔より大きい程度に成形して作業台に並べていく。焼けるだけ焼いてしまうんだ。


 そうして準備ができたら、仕上げをしてくれる彼を呼び出そう。


「イグニス!」


 名前を呼んで、いつも腰に着けているポシェットから赤の屑魔石を一掴み、五グロム程度を掌に乗せる。


 すると、ポッと掌に熱を感じ、少し丸みのある赤いトカゲが姿を現わした。尻尾をふりふり、小さな手足が可愛らしい。


「久しぶり〜! アイリス~今日はなにを焼くぅ~?」


 カパッと口を開けて笑うと小さな火が灯る。


「あのね、パンを焼いてほしいの」

「……また食べ物かぁ」


  炎の精霊【サラマンダー】であるイグニスはガクッとうなだれた。


「アイリスと契約してもう三年……先月十七歳になったって言ってたよねぇ? 僕はお料理精霊じゃないのに……?」

「ごっ、ごめんね? もう少し練習すれば食べ物以外にも、もっと沢山お願いする機会ができるはずだから! だからそれまでは……と言うか今日は本当にお願い! お腹が空いてるの!!」


 じっと我が手を見るイグニスには申し訳ないが、そう涙目で懇願する。

 そりゃあ懇願するでしょう!? だって昨日から口にしたのは水だけなんだもん!!

 しかし今まで食事当番を引き受けて(と言うか押し付けられていたに近いけど)いたから、どうしても錬成調合よりも料理に力を借りる事が多くて……。まさかこんな時に、イグニスの精霊としてのプライドを刺激してしまったとは……何とも言えない。

 ごめんイグニス。


「しょ~がないなぁ……まあ、いつかもっと色々作れるのを楽しみにしておく〜! じゃ~焼くよぉ〜!」


 イグニスがパッカリ口を開けると、ブワッと熱が生まれ作業台のパン生地が赤い光に包まれた。

 そして掌の屑魔石がひとつ、ふたつ、と消費され消えて行く。


 それと共にあたりには香ばしい匂いが広がり、赤い光はダイヤモンドダストの様にキラキラ、ハラリと空気に溶けて、待望の焼きたてパンがそこに!


「ほーい! 焼けたよぉ〜」

「あっ、ありがとう〜! イグニス〜!!」

「ん、ん〜〜じゃあね〜!」


 サラマンダーはパフん、と口を閉じると、満足げに笑い尻尾を振って姿を消した。

 ふふ、私は知っている。イグニスは意外とお料理に力を使うのが嫌いじゃないということを。

 今日はシンプルなパンだからそのまま帰ったみたいだけど、これがお肉だと大き目の一口を食べてから帰るのだ。


 サラマンダーのイグニスはトカゲ似……というか、私はサンショウウオみたいだなぁと思ってるのだけど、まあそのサンショウウオっぽい平たく大きなお口をカパッと開けて食べる姿はとても可愛い。

 このイグニスには実は好物があって、それを出すと尻尾をふりふり……ちょっと照れ臭そうに「おいしいねぇ〜」と言ってくれるのだ。


 落ち着いたらまたイグニスの好きなものを作ってあげたい。

 うん。落ち着いたら!




「あああ出来たぁ……! パンがなければ焼けばいい! 焼けたよ! 創り出したよ!! 形ないものからだよ!!」


 作業台にはホカホカこんがり、焼きたての薄焼パン。もとはただの小麦粉と塩と水。それだけだ。


「……これだって錬金術って言ってもよくない?」


 そうだ。料理だって錬金術のようなものだと私は思う。

 材料を集めて、切って、すり潰して、煮て、焼いて、時には叩いたり凍らせることだってある。


 ――私、それを三年間やってきた。

 いや、私もパンを焼く為にサラマンダーの力を借りるなんて申し訳ないとは思うんだ!

 だけどこの閉鎖寸前だった工房と私には、オーブンを使う為に必要な魔石も魔力もない。


 あったのは先生の力が残った【状態保持の保管庫】の中にあった小麦粉と、いつも手伝ってくれていた私の唯一の契約精霊、サラマンダーのイグニスだけだった。



 そう。

 だって私は、落第の見習い錬金術師なのだから。

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