第9話 姉:オルネッラ・テオドーラ・ガラッシア
屋敷に戻れば静かなものだった。
今の時間は午後の講義も中盤だし、夕食の準備に人がとられてるのだろう。
「こちらです」
「はいはーい」
オリアーナに案内され階段を登り、オリアーナの部屋とは逆の方へ歩く。
「そういえば、オリアーナって喋ってるの? それでもテレパシー的な何か?」
「てれぱしいとは?」
「あー、この世界だと魔法で声を出さずに話す感じかな。言葉を口から発するんじゃなくて、頭に描いたことを、そのまま相手の頭に届けるって具合に」
カタカナ言葉は伝えるのが難しいな。
この世界、SFの要素が皆無なのと、明確ではなかったけど時代背景は近世から近代に近かったはずだ。
最もゲームというファンタジーの世界、シリアス弱めのものだから、そこまで時代のことは考慮していない。
エステルとの会話でもそれはわかっていた。私の言葉がわからなそうな時はその度に補足すればいいだろう。
「そうですか。今の私はそのてれぱしいと同じ形でチアキと話しています」
「やっぱりそっかー」
「なので、この状況はチアキが一人で話してるように見えるでしょう」
「おっふ」
より頭のおかしい人になるわ。今は誰もいないからいいけれど、今後は気をつけないと。いやこれで犬が喋っててもたぶん駄目だろう。
「私が頭の中で考えた事はオリアーナに伝わる?」
「……いいえ」
「一方通行なの」
「チアキが魔法を使えば、私に伝わるとは思いますが」
「それ初歩的な魔法?」
「いいえ」
魔法のまの字も知らない私に、いきなりそれなりレベルの魔法を使うのは気が引ける。
少し初歩的な魔法を試したからやってみるか。
ノーコンさらして私の脳内全部オリアーナに筒抜けになっても困るしな。この世界は感動と滾るものが多くて脳内常にオタクハッピー状態になりそうだし、うん、すでになってる。
「こちらです」
「ふむ。じゃ早速、失礼しまーす」
鍵はかかっていなかった。
扉を開ければオリアーナの部屋と同じくらいの広さ、シンプルながら値打ちあるものが多く置かれた部屋。
比較的物の数は少ない方か、うむ、お姉さんとは気が合うな。物は最低限、色合いはシンプルに。
私の部屋もそんな感じだった。あ、あの部屋の漫画とかDVDにゲームも一緒にこっちに持ってきたかったな。あ、あの週間連載、クライマックス編入ってたのに見届けられないのか……きついわ。
「いかがしました?」
「あ、いやいや、こっちの話! 入ろう入ろう」
いけない、オリアーナの悩みの一つであろう深刻な問題に直面する時に、煩悩にまみれてる場合じゃなかった。
部屋に入り、右手奥に大きなベッドが置かれている。
そこに眠る女性が見えた。
オリアーナがベッドに近寄りこちらに向き直る。
「姉のオルネッラ・テオドーラ・ガラッシアです」
「ほう」
一歩近付いて、急に眩暈が私を襲った。
少しふらつくのを踏ん張ってみる。眩暈はすぐなくなった。
「いかがしました?」
「ああ、うん。大丈夫、今日は少し疲れたのかな」
「姉は十年前の事故からずっとこのままです。毎月癒しの魔法をかけてはいますが、起きることはなく今も眠り続けたままです」
「事故?」
「はい、それは」
「オリアーナお嬢様、こちらにいらっしゃいますか?」
「!」
扉を叩く音と声にびくりと肩が鳴る。
扉を開ければ今日見たメイドと違うメイドがいた。しっかりしてそうな、姉系メイドだ。細身で手足が長いから、メイド服以外の衣装も似合いそう。いやそうじゃないな。
「な、何かしら?」
「お嬢様、夕餉の時間はいかほどに」
「あ、ええと」
オリアーナに目配せすれば頷かれる。
「早いですが一時間後でも良いのではないでしょうか」
「い、一時間後で」
「畏まりました。お嬢様、お茶を用意した方が」
「あ、いえ、必要ありません、自室に戻りますので!」
「それでは共に参ります」
安易に一人にしてくれという意味だったけど本場では通じなかった。
お姉さんに近寄ってよくよく見ることが出来なかったのは残念だけど、仕方なくメイドさんと一緒に自室に戻る事にした。道すがらオリアーナがメイドさんに目線を向ける。
「彼女は私専属の侍女、アンナです」
「へえ」
「お嬢様?」
「あ、いえ、なんでもな、ううん、ありません!」
「……?」
危ない、さっき気をつけようと思ってたのに早速やらかした。
無言だ無言でいよう。
「食事は基本自室でとっています」
軽く頷くことでオリアーナに応えた。
幸い、メイドは先を歩いていて私の動きはわからない。部屋に入れば、メイドのアンナさんは会釈して扉を閉める。
「そういえば、癒しの魔法ってオリアーナがしてるの?」
「はい」
「他の人出来ないの?」
「屋敷内では恐らく私だけかと」
「そうなると、私が出来るようにならないと来月大変だね」
「え……」
オリアーナが驚いたように私を見上げる。
一ヶ月以内にオリアーナがこの身体に戻る気になるなら万万歳だけど、今の彼女の状態ならこれは言わない方がいいだろう。
それなら一ヶ月目が来た時に、私がオリアーナの代わりに出来るようになっていた方が現実的かと思ったけれど、それが彼女にとっては意外だったらしい。
「で、その魔法に関する何かない?」
「あ、ああそれでしたら、私の机に」
「ふむ」
勉強用の机に立てかけられてる本の中の一つをオリアーナは指した。
中身はもちろん外国語だけど、何故か読めるのは私の身体がオリアーナだからだろうか。そのへんは乙女ゲームファンタジーマジックとでも思っておこう。その本に栞が挟んであったので、そこを開くとまあ難しそうな内容で書かれている。
「うん、初歩でないのは私にも分かるよ」
「チアキの世界には魔法がないのですか?」
「ないねえ。空想の物語の中でしか存在してないよ」
「そうですか……」
「学園に通って魔法を学ぶしかないかな」
念の為、癒しの魔法を端から端まで念入りに読んでおいた。
すると一時間経ったのか、扉を叩く音で現実に引き戻される。どうぞと言えば先程のアンナさんが食事を乗せたカートと共に入ってきた。
「おお」
一人用テーブルに用意されていく豪華な食事。
コース料理全部のせみたいな量、どれも少なめに盛ってあるから、なんとか食べれるであろう量だ。
「本日はこちらの、」
「あ、ワインの赤!」
「……はい。用意致しましたが、いかがされますか?」
「頂きます!」
思わずお酒に飛びついてしまった。
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