クールキャラなんて演じられない!
参
1章 推しがデレを見せるまで。もしくは、推しが生きようと思えるまで。
第1話 不思議な出来事
社会人生活も長く、後輩もそこそこ指導し、上司との折衝もこなす中、私の直近のプライベートタイムの癒しはゲームだ。
乙女ゲーム。
架空の世界でイケメンと恋愛を楽しむ、まさに嗜好。もちろん男性向けゲームもいけるし、漫画もアニメも好き。なんでもこい系の広く浅くなオタクをやっている。
「ただいま」
『お帰りなさい』
『今日は早いな』
「おー、エステル相変わらず可愛いねえ」
『ありがとう』
「トットはイケメンだねえ」
『ああ』
さて、文明社会に生きる私は半年前からおかしな出来事に遭遇して現在進行形だったりする。
パソコン画面の向こうでそれはもう可愛い二次元の女の子とその隣に二次元のイケメンがこちらを見ながら声を発している。決してバーチャル系の何某でもないし、オープンチャットの二次元差し替えでもない。
彼彼女は私がプレイした乙女ゲームのヒロインとヒーローだ。
『これから食事かしら?』
「うん、今日はワイン飲む」
『相変わらず酒が好きだな』
「おうとも。あーそっちの時間が夜ならな~一緒に飲めるのに」
『でも、私達はチアキの国では飲めない年齢ではなくて?』
「そっちの世界で飲めるなら、そっちのルールを採用すべき」
『これから講義もある。さすがに飲む事は控えたいな』
「トットは真面目ですね~」
このスムーズな会話。高性能AIではなければ、バグでもない。
これは確かめたしメーカーにも問い合わせた。商品差し替えの打診まで来てしまったけど、そこは断った。
今や一人暮らしの癒しと化している。
しかも二人と会話できる以外は通常通りパソコンが使えるし、他のゲームもプレイできた。
唯一、彼彼女が出るゲームだけプレイできない。起動すると彼彼女が出てくる。
このゲームの二週目、ヒーロー代表格である目の前の彼、サルヴァトーレのトゥルーエンドを迎えた時、通常のエンディングロールにならず、なぜか彼彼女が動き出した。アニメーションつきではなかったゲームだし、そこに力をいれてるメーカーでもなかったからもちろん驚いたもんよ。
「お? 隠し? 新ルート? いやそんな話なかったはず……」
なんて独り言ぼそぼそしてたら、ばっちり相手に聞こえてたらしく、可愛いヒロイン、ステッラベッラが小首を傾けてきた。
『どなたでしょうか? 私達の国の人ではなさそうですけれど…』
『異国の者か』
「おお?」
どういう認識システムなのかとその時はこのメーカー攻めるなーとか生暖かく考えてた。
そもウェブカメラもマイクも起動していない。相手に見えてるはずがないという思いでいたから。
ゲームだと思ってそのまま会話を繰り返してわかったことは、彼彼女がトゥルーエンドを迎えた後の世界で、二人は結ばれていること。
私が見えていて、服装や背景にうつる部屋の様子から異国の者と判断されたこと。
会話もなぜか通じている。いくらゲームの舞台が架空のヨーロッパであっても、日本語で製作されたソフトなんだし、こんなもんかーとその時は楽観的に考えていた。
二人は私の世界でいう高校一年生終わりを迎えた学生だ。
魔法が使え、爵位制度がある世界の令嬢が学園で学びながらヒーローと恋愛し結ばれる。ノベルゲームに少し魔法レッスンというサブシステムを加えた古きよきオーソドックスな乙女ゲーム。
「OK、明日また同じ時間に話そう」
『ええ』
『楽しみにしている』
その時は、電源落とせば通常画面に戻るだろう、もしくはおまけ画面に特殊アイコンでも出てくるだろうなんて思っていた。
翌日を迎えたら、メニュー云々以前に彼彼女につながり、先日通り彼彼女が現れたから、だんだん疑心から確信にかわっていった。
さすがに数日続いたらメーカーに問い合わせ、ネットで片っ端から検索して、某掲示板にも相談し、いずれも解決に満たなかった時、初めてこれがイレギュラーなことだと理解した。
「なんてことだ……」
『チアキの言う事を考えると、私達はお話出来ないはずなのね』
「うん」
『そふととやらをでりーとすれば良いのだろう? しないのか?』
「二人とここまで会話してしまうと、こう、アンインストールはしづらいというか、いやもう愛着が……」
散々考えた末、私は彼彼女とこのまま会話する道を選んだ。
考えていた時間が長すぎた。
一ヶ月も毎日会って話してたら、一度消してみようなんて出来なかった。
そんな社会人の癒しになってた二人と突然の別れがやってくる。
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