【第五章 裏切られた祈り】

 白い光が収束し、気づくとユウトの足元には濡れた石畳が続いていた。


 冷たい雨が降っている。傘を差す人の姿はない。ただ、世界全体が沈黙の中に沈んでいるようだった。


「ここは……」


「七代目、“ユナ”の記憶だよ」


 ロノウェの声が低く響く。まるで、何かを告げるのが辛いかのようだった。


 目の前に現れたのは、一人の少女。白いワンピースに、冷たい雨が静かに降り注いでいる。彼女は、細い腕で誰かの遺体を抱えていた。


 表情は、何もない。


 怒りも、悲しみも、希望も。


「ユナ……」とロノウェが呟く。「彼女は最も強く、最も純粋だった。そして、最も壊れた」


 ユウトは近づき、少女の記憶に触れた。


 ——かつて、ユナは世界を滅ぼす者を倒し、人々から「救世主」と呼ばれた。


 だが、その後訪れたのは感謝ではなく、恐怖だった。


 人々は、ユナが持つ力を恐れ、遠ざけた。


 「また“次”の滅ぼす者が現れたら、今度はユナがそれになるのではないか」と。


 それはいつしか、祈りの言葉から、排除の論理へと変わっていった。


 ——《私は、みんなのために戦ったのに……。なのに、私は、化け物……?》


 ユナの心が、ゆっくりと壊れていった。


 そして、ある日。


 ユナは銀のステッキを折り、自ら“世界を滅ぼす者”となった。


「選ばれし者が、“滅ぼす者”に堕ちることもあるんだ」とロノウェが言った。


「世界は、選ばれし者を守らない。誰も、その心に寄り添おうとはしなかった」


 ユウトは口をつぐんだ。言葉が見つからなかった。


「でもね、彼女の記憶はそれだけじゃないよ」


 ロノウェがそう言った時、世界がまた淡く光り始めた。


 ユナの最後の記憶だった。


 廃墟となった世界の中心で、ユナは倒れていた。そしてその傍に、別の“選ばれし者”が立っていた。


「……ごめんね、ユナ」


 その者は、涙を流しながらユナを抱きしめていた。


 「君は間違っていなかった。君の祈りを、僕が受け取るよ」


 そしてユナは、微笑んで消えた。


「彼はね、八代目。“選ばれし者”としてユナを倒した。けれど、彼はその後、二度と戦わなかったんだ」


 ロノウェは言葉を落とす。


「彼は、自分を“逃げた者”と呼び続けた。そして……その意志は、君に繋がっている」


「……僕に?」


「そう。君は、九人目。そして最後の選ばれし者なんだ」


 その言葉を聞いたとき、ユウトの胸に鈍く熱いものが灯った。


 歴代の選ばれし者たち。祈り、苦しみ、戦い、時に折れた彼ら。


 彼らの記憶は、ただの悲劇ではなかった。そこには確かに、意志があった。託されたものがあった。


「……もう一度、最初から全部話してくれ、ロノウェ。僕は、この“選ばれし者”としての旅を……終わらせる」


 ロノウェはふっと微笑む。


「じゃあ次は、君自身の記憶を辿ろうか」

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