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    分からない「空白」部分が余計にぞっとしますし、知りたい!と思わせる手腕がお見事です。

    一見ふつうな人に思えて、実は……というケースは意外とあるんじゃないかと、近頃思います。警察のご厄介にならないまでも、お店で過剰なクレームつけたり。ネットに悪意を書き込んで追いつめたり。怖い世の中になってきたと感じるばかりです。
    改心したか否か。こればっかりは付き合っていかなければ分かりませんし、その過程はかなりシビアなものかもしれませんね。主人公は運良く難を逃れましたが、代わりの方を思うと後味が悪いことでしょう……

    作者からの返信

    ありがとうございます。

    人間の中身は分からないですよね。webの発展で個人の一端が可視化されてしまったため、より疑心暗鬼や猜疑心が湧き上がります。感情や思考は間違い無く特定個人の域を出ず、究極だれとも混じり合いません。だからこそ恐ろしいと思います。一生誰かを疑わなければならないというのは、しんどいですね。

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    なにをやったんだ!
    謎のままなのが怖いですね。

    作者からの返信

    ありがとうございます。

    詳細を書くのも何か違うなぁと思ったのであえて伏せました(何故立川天使と呼ばれているのかとかも)
    よくある手法ですが、読み返してみると想像力が働くので中々面白いなと思いました。最初に使った人はすごい。

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     うわあ! というのが一番に浮かんだ言葉です。
     偏見はいけないとか、人間きちんと導かれれば更生できると信じています。でも「性善説」より「性悪説」が世の中を考えるのに適応しているのじゃないかとも考えています。(人間は本能に逆らえないし、愚かな判断もすると知っているから)
     事故や事件に巻き込まれるか否か、ほんの偶然。ああ、でも巻き込まれたくないです。「私」良かったねとしか言えません。

    作者からの返信

    ありがとうございます

    人は変われず、代わりもいない。
    そう考えると肩が軽くなったり重くなったりします。詰まるところ対人関係において根本的にはなす術なしです。悲しい。

    そんなわけで面倒な人間とは距離を取りたいところではありますが、向こうから寄ってきたらどうしようもありません。それで痛い目を見ると、どうして私が。と。

    どうして私が。は、私の代わりに誰かを。とニアイコールな気もしなくもないです。人は他人の不幸は眺められるんですが、自分の不幸は堪えられません。

    なにやら飛び飛びでわけ分からなくなりました。すみません。

    編集済