第54話「彼女の話①」
久しぶりの球場で、俺は少年野球を観ていた。
一般の観客席のライト側でなく、球場から少しはずれたセンターの山側で試合を観戦する。
良太は結局レギュラーではなく、ベンチ要員という事になる。
選手層の厚いチームだから、それでも野球歴が二年足らずの奴がジュニアの強豪チームのメンバーに入っているだけですごい事ではある。
この試合はこの町のもう一つの強豪との伝統の一戦なので、いつも総力戦だ。
出場するチャンスは巡ってくるだろう。
レギュラーを掴む為には、後はそこでどういう活躍が出来るかという事になってくる。
今の良太がどこまでやれるか楽しみだ。
試合は一進一退を繰り広げており、現在、一対一でイーブンだ。
俺は試合を観戦しながら、カフェでの佐伯との話を思い出していた。
それは神谷かえでの物語。
神谷は幼少時代からとても美しかったらしい。美しすぎる程、美しい。誰もの目を奪う位に。
ただ、それ以外の面で、神谷は不器用だった。
始めから物事を器用に扱える人間ではなかったらしい。
運の悪い事に、神谷は美しかったが故に、目立ってしまっていた。
圧倒的な美しさと比較されて、そうした不器用さに対して陰口を叩かれてしまう。それは神谷の容姿を妬む感情からくる中傷だった。
神谷の母親はその事を理解していたようだが、佐伯曰く自他共に厳しい神谷の母親は、神谷を守るのではなく、強くしようとしたようだ。
神谷の弱さを許容する事をよしとはしなかった。
神谷の母親は女手一つで神谷を育て、自分で事業を起こし会社を立ち上げ経営してしまえるくらいのバイタリティーがあった人なので、そういった人間性も反映されているのかもしれない。
ある時は神谷が学校から帰ってきて泣きついた為、心身を鍛えなおす事とし、格闘技を習わせたようだ。その容姿から自衛手段を持たせなければならないという親心も働いたのかもしれない。
格闘技も始めは上達が見込めず、神谷は当時、よく泣いていたそうだ。
だが、それを許してくれない母親、自分を馬鹿にするまわりの子どもや大人たち。
ただ、一人強くなるしかなく、弱音は受け止められない。何度も反復し練習し、神谷は人になにをいわれても負けないよう心と体を強くしていく。
人一倍打ち込んだだけあって、神谷は今ほどの実力を手にした。
それから、神谷はまわりになにをいわれようと泣く事はなくなった。
ただ、神谷は容姿だけを褒めたたえそれ以外を嗤うまわりの声にずっといきどおりを感じ続けていたようだ。
容姿以外でなにか一番を。
いつしかそれが神谷の目標になった。
その中で目標に適う目的として選ばれたのが県内随一の進学校への挑戦。
勉強は一人でする事ができて、多くの人に認めてもらえる。
もともと友達もいなくて、一人でいる事が多かった神谷の成績は悪くはなかったがそれでも中の上程度。県内随一に合格するには、高すぎるハードルだった。
けど、神谷は諦めるつもりはなかったらしい。
神谷は一年間ひたすら勉強した。
一日十二時間以上、休みもなく、時には寝る間も惜しんで、本当に勉強だけの一年。
結果は補欠合格だった。
指先一つ届いた形で、完全ではなかった。
欠員がでるのを待つ期間、神谷は心ここにあらずといった感じだったようだ。
運よく、県外の私立高と併願していた人間が入学を断り、神谷は滑り込む事ができた。
神谷はとても喜んだという。
喜びを爆発させた神谷の姿を俺には想像できないが、長年の成果が結果に結びついた時の感動を理解できないではなかった。
右肩のうずきがかつて過ぎ去った想いを俺にも思い出させてくれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます