バイオレンスな彼女のせいで俺の体がもちません。

碧井いつき

第1話「重大事実①悪友の宣告が辛い」

「重大事実が発覚しやがった」


 昼休みの教室で吉崎が頭上から、厳かに告げる。

 俺こと樋口孝也ひぐち たかやは昼食を食べ終わり、生徒会のアンケート用紙をまだ提出していないクラスメイトから回収して、整理しているところだった。


 ああっ、まだ一人足りないな。


 吉崎の学校指定のグレーのセーターごしからもわかる鍛えられた体から、なんだか圧力を感じる。帰宅部なのに無駄に体格いいよな。

 しかし、重大事実とは、ものものしい奴だ。


 吉崎の暑苦しさをよそに、足元が寒い。

 視線を窓に向けると、隙間から入り込む寒風が冬の足音を感じさせた。

 もう十一月かー……。

 秋も終わりだな。


「なんで今になるまで分からなかったのか……。恐ろしいことだぜ」


 吉崎は彫りの深い顔を厳しくしながら、腕を組みため息をつく。


 俺は机の上にある、ペットボトルに入った温かいはちみつ柚子茶に口をつける。

 ああ、うまい……。

 はちみつの甘味と柚子の酸味が混じりあい、甘いのにすっきりとした味わいを感じさせる。またじんわりと胃に流れる液体の温度が体を暖めてくれる。

 これからの季節これが飲めるのが俺の密かな楽しみだ。


「……っていうか、孝也たかやお前聞く気ねーな? 人の話を」

「いや、だってお前がそういうまどろっこしい言い方するの、いつものことだしな。どうせ俺には関係ないし」

「関係ない? そんな訳ねーし」

「なんだよ?」


 吉崎は小馬鹿にしたような視線を投げかけてくる。

 なにか面倒なことをいいだすんじゃないだろうな?

 はちみつ柚子茶に酔いしれている俺の小さな幸せを邪魔するんじゃない。


 吉崎は放っておいて、もう一度、口に含む。

 ああっ、幸せだ。


 吉崎はそんな俺に乾いた笑みを浮かべる。なんだか気にくわない表情だ。どうせろくでもない事なんだろうけど。

 さて、今日の昼休み後の授業って、なんだったかな。

 

 そんな俺のふわふわとした思考は吉崎の次の一言で霧散した。


「このクラスで彼女がいないのは俺とお前の二人しかいねー」 


 吉崎の重い口撃が俺の鼓膜を震わし、脳を直撃する。

 はちみつ柚子茶の口内の甘みと共に俺の小さな幸せも消失した。


 コイツハナニヲイッテイルンダ?


「おお、おお、金魚みたいに口を動かしてなにがいいてぇんだ?」

「――おっ、おっ、おっ、お前なにいってくれちゃってってって、るんだ?」


 あまりの事に舌がうまくまわってくれない。


「事実をいっちゃてるんだ」


 ひどく残念そうな表情で吉崎は言葉尻だけ茶化す。

 あまりの事に俺は動揺する。

 ちょっと待て。落ち着け俺。


 彼女がそこまで欲しいわけではないが、そんな状況を甘んじて受け入れるつもりは俺にはないぞ。いや、待て。この馬鹿のいっていることを正直に受け取るわけにはいかない。そんな事があってたまるか。俺より、彼女がいない事がふさわしい奴らがいるはずだ。


 クラスメイトの顔を思い出しながら、折れそうになった心をなんとか立て直し、俺は吉崎に反論を試みる。


「三枚目で有名な西田は?」

「二組の市川と付き合ってるな」


 嘘、市川って確かテニス部に所属しているかわいくて評判の奴じゃないか。釣り合いってものを知れ西田。


「西田って毛深いじゃねーか。どうやら市川はそういった男が好みみたいだな。過去に付き合ってた奴もみんな濃い奴ばかりだし。だからか西田も、クリスマスに何があってもいいように最近、胸毛にトリートメントしてるみたいだぜ」


 ……市川って、また特殊な性癖もってるんだな。《パンチョ》の異名を持つ西田だったら、そらばっちりだろうが。というか西田が胸毛にトリートメントしている姿、想像してしまった……昼飯をリバースしそうだ。


「……鉄道オタクの緒方は?」

「俺らのクラスの三河と付き合ってるな」


 鉄道が恋人ですって入学式の自己紹介の時にいってやがったのに、緒方……お前にはポリシーってものがないのか。


「趣味に打ち込んでる姿に三河は惚れたみたいだな。前の彼氏はガンマニアだったから、それ専の女なんだろう。だからなのかクリスマスのデートコース引退した0系新幹線を見る為に鉄道車両展示場に行くみてーだぞ」


 いいのか? それは? 三河、お前それは何か間違っていないか? しかし緒方、お前はクリスマス、趣味の彼女、本物の彼女と両手に花か、そうか。電車に轢かれてしまえ。


「――あっ! あいつは、横沢は付き合ってないはずだ。あいつ先週、彼女がいなくてクリスマスどうするかって話してたぞ」

「残念ながら、昨日、彼女ができやがったな」


「……あいつ、彼女がいない者同士、集まろうぜとかいってたのに……」

「ああ、なんで昨日、のろけやがったから沈めておいた。気絶してたのに笑ってやがったがな」


 鍛えられた腕に力を入れ、拳を握り締める吉崎。今日、横沢が欠席していたのはそういう理由か。

 吉崎の無駄に鍛えられた体も役に立つことがあるってことだ。


 しかし裏切り者ばかりだな、オイッ。


 周りを見渡してみると、みんな幸せそうな顔をしている気がする。ある者は情報誌のデートスポットを熱心に見ている。ある者は彼女と電話している。ある者は昼食をカップルで取り合っている。


 ああ、特にカップルで弁当つつきあってる奴らは正視できない。周りの目があることも考えろ。自分の弁当は自分で食え。食べさせ合ってるんじゃない、そこ。


 寒い。

 暦よりも先に心に冬が来そうだ。


「……そういえば、クラスの女子はどうなんだ?」

「男子がいるのに、女子がいないとでも思ってんのか?」


 哀れむかのような視線を向けてくる吉崎が腹立たしい。お前も同類だろうが。


 しかし、いつのまにこんな状況に。なりたくないマイノリティー最上位じゃないか。一人ふらふらしていた俺が悪いのか? お前ら高校初めてのクリスマス前だからってはりきりすぎだろ……。


 俺たちは二人、懺悔する罪人のように俯きため息をはく。

 同時に教室のドアがガラッと開かれる。

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