第2幕 『くるみ割り人形』のヒロインの場合 ③

「え・・・?お、お兄さま・・・い、今何と仰ったのですか・・・?」


クララはあまりにも衝撃的なフリッツの発言が信じられなかった。


「何だ?聞き取れなかったのか?仕方ない奴だ。ではもう一度言おう。クララ、お前は年明けと共に私と結婚し、夫婦になるのだ。」


「そ、そんな・・・何故ですかっ?!」


クララは後ずさると叫んだ。


「何故かだって?そんな事は決まっている。私は子供の頃からクララ・・・お前の事が好きだった。私達は血の繋がらない兄妹だし、私の気持ちは知ってただろう?今更しらばっくれるのはよすんだ。」


「お・・・お兄さま・・・。」


そう、クララは兄フリッツが自分を1人の女性として見つめて来た事はずっと前から知っていた。そして思春期を迎える頃には、兄がこっそりヒルダの着替えを覗き見したり、必要以上に触れて来る事に対して恐怖を抱くようになっていた。それ故、一計を案じた父はわざとフリッツを遠方の大学へいかせたのだが・・・・・。


「本当に・・・お父様は納得されたのですか・・・?」


「・・・」


「知っていたか?20歳になった段階で・・・私がこの家督を継いだことを。」


フリッツは冷たい声で言う。


「え?!」


「この家の決定権は全て私にあるのだ。それにしても長かった・・。お前の縁談話を全て壊し、お前に群がる若い男を追い払い、18歳になる今迄・・・純潔を守らせてきたのだからな?ずっと昔から決めていたのだ。お前の初めては俺が貰うと。」


フリッツは口元を歪めた。その言葉にクララは全身に鳥肌が立った。


「い・・いやですっ!わ、私は・・・一度もお兄様を1人の男性として見た事等いちどもありませんっ!」


クララが叫ぶと、フリッツは途端に顔が険しくなった。


「何だと・・・・?この私を拒絶すると言うのか・・・?」


その声はゾッとする程恐ろしかった。


「・・本当は・・・式が終わるまで待っていてやろうかと思ったが・・・今、ここで・・お前の純潔を奪ってやろうか・・?」


フリッツはじりじりとクララに迫って来る。


「い・・・嫌・・こ、来ないで・・・っ!」


しかし、フリッツは獣のような唸り声をあげるとクララに飛び掛かり、乱暴に抱き上げるとベッドへ押し倒した。


「い、嫌ッ!やめてーっ!!」


クララが必死に叫ぶと、そこへ騒ぎを聞きつけた母が飛び込んできた。そして今まさにクララを襲おうとしているフリッツを見ると大声で怒鳴った。


「何をしているのっ!フリッツ!!」


「チッ!!」


フリッツは舌打ちをすると、クララから身を離し、母の側をすり抜けるように部屋を出て行った。


「あ・・・。」


クララは両肩を抱きしめながら恐怖でガタガタと震えてしまった。

そしてそんなクララを憐れみの目で見ながら母は言った。


「クララ・・・この家に居ては危険よ。明日の朝一番にドロッセルマイヤー兄さんの元へ行きなさい。ここから逃げるのよっ!」


「お母様・・・。」


母はクララを抱きしめると言った。


「我が子ながら・・フリッツは恐ろしい人間よ。貴女を守れなくてごめんなさい・・。」


「お母様・・・。」



そして母と娘は抱き合ったまま、涙した—。



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