第3話 雪解け


風の衣は飛ぶこともできるらしい。

私は今、カレルと手を繋ぎ空を飛んでいた。



「ユーリア姫、どこか気になる場所はありましたか?」



「ない。もっとスピード上げて」




見渡す限りの草原、ぽつぽつと点在する大きな水たまり、偶に魔物。

最初は驚きの連続であったがもはや慣れてきた。



(退屈…城にいたときと何も変わらないじゃない…。)



そうふと思った瞬間、視界に灰色の大きな何かが見えた。



「そこ、降りて」



「あっはい!!」




ヒュンッ




急降下する体…大きく靡くドレス…

とはいえ前のような事故はなく、ふわっと地面へと着地することができた。


そして案の定、灰色の大きなものは私が見たことないものだった。



「なにあれ?」



私はカレルへと聞く。


城のようで城でない、不思議なものだった。



「ああ、あれは神殿ですね。といってももう今では廃れて使われていませんが…。近くにいってみますか」



私を担いでカレルはゆっくりと歩きだす。

先刻の技は練るのに時間がかかるため、使いたくない様子だった。



数分経ち、ようやく神殿とやらの下に着いた。



「なにする場所だったの?ここ」



随分と寂れて所々の外壁が崩れ落ちていた。そしてとてもじゃないが人が住めるような所でもない。何に使われていたのか、純粋に気になった。



「ここは神を崇める場ですね。中央奥を見て頂ければわかると思うのですが大きな神像が立っています。当時は多くの人が訪れたことでしょう」



神…。そんなものがいるのだろうか。

いるとしたら何故私にこのような業を背負わせるのか…到底理解ができなかった。




「おや?君も参拝に来たのかい?」




後ろから突然誰かの声がした。

振り返ってみるとそこには白馬に跨った重厚な鎧を着た騎士がいた。


金髪…たれ目…高身長…


まさに私が追い焦がれていた“騎士”であった。



「え…あ……あなたは…………」



なにやら隣にいる男はあたふたとしている。

知り合いなのだろうか?

私に何か傷つくことを言われたとき程の狼狽具合だ。



「はは…そんなに驚かなくても…。おっと綺麗なお嬢さん。こんにちは。僕は四騎士の一、アーサーと言うよ。よろしくね。」



「え、あ、よろしくお願いします」



四騎士………

カレルがこの前捜索中と言っていたうちの一人だろうか。

彼とは打って変わってまさに騎士の中の騎士といった具合だ…。

こんな素敵な人と知り合いだったなんて、少しは彼を見直した。



「あの!!!僕はあなたを探せと王様から命を授かってたんですよ!!!!どこでなにをやってたんですか今まで!!」



見たことない形相でカレルはアーサーへ迫る。




「あはは…ごめんごめん。ちょっとドラゴン退治に手こずってね…。でももう大丈夫、ちょうど王国への帰り道にここへと寄ったら君と会ったというわけさ」


カレルはビクッとまた何やら驚き恐る恐る声を出す。


「部隊もなにも連れてないようですが…まさかドラゴンを一人で?騎士100人がかりでも倒せるかどうかわからないあの怪物を……!?」


「うん、そうだよ。四騎士ともなれば当然のことじゃないかな」



あっけらかんとアーサーは言いカレルは呆気に取られている。


容姿端麗、人柄も良く実力も有りとはどこぞの騎士とは正反対の性質なのではないか。

どうにかしてこの騎士様と旅ができないだろうか…。

そんな思いが駆け巡っていたその時、アーサーは私を見て何かを察したようだった。


そして口を切る。


「カレルくん…。君の勤勉さは買うのだけれど実力は不確かなところも多い。このお姫様は僕に任せて君は四騎士捜索をつづけてはどうだろうか」



カレルはなにやらショックを受けたようだった。

そして暫しの間沈黙し頭を抱えて悩んでいた。


十秒程経ち、ようやく彼は答えた。


「では…勝負をしませんか。僕とあなたで、どちらが実力が上なのかを確かめましょう」




!?



どこまで馬鹿なのだろうかこの男は…。

先刻アーサーの実力を知り驚いていたばかりだろうに……。

しかし私はそのことを口にはしなかった。

どこかでこの男を認めている節があったのかも知れない。



「いいよ。何の勝負をしようか。でもあまり荒っぽいことはしたくないな」



「そうですね…。ではこの神殿のツタを用いて、どちらが先に頂上にいけるか…はどうですか」




これは実力が関係するのだろうか…。

いやでも、精神力といったものが試されるのかもしれない。

もっとも、カレルにそれがあるとは思えないが…。



「了解。では、お姫様がスタートの合図を切ってくれるかな?タイミングはいつでもいい、準備が出来次第言ってくれ」



「あっ…じゃあ十秒後ほどに…いいます…」



私は何を躊躇っているのだろうか。

これでようやく夢が叶うというのに。

いや、考えていても仕方がない。

ここまできてしまったからには、今更何かを言うのでは遅いのだ。


10…9…8…7……



数えている途中、カレルと目が合った。

真剣な眼差しだった。


彼には似つかわしくない、と頭では思っていても心では何やら違う感情が芽生えていたようだった。



ーーーーーそして時間が来た。



「スタート」



私の小さな掛け声と共に二人は神殿の外壁を登り始めた。

カレルは無我夢中にツタに手をかけよじ登っている。

片やアーサーはツタを腰に巻き付け一歩一歩踏み込んで歩き登っている。



速さは歴然だ。

アーサーの方が圧倒的に速い。


もうすぐ私の夢が叶う。



ーーーーが、気づけば声に出ていた。



「がんばって、カレル」



呟くように小さな掠れた声だった。


しかし彼の耳には届いたようだった。



手を赤く染め、血が滲みながらも必死に壁をよじ登って行った。



ーーーーーーーーーーーーーそして



一瞬の差でカレルはアーサーを超え頂上へとたどり着いた。



サンサンと輝く太陽に照らされ笑顔を浮かべる私の騎士は、それはまるで神のようだったーーーーーーーーーーーーーー。





「参りました。まさか本当にやり遂げてしまうとは。」


アーサーは汗だくになりながらゼエゼエと疲労し切っている割には満面の笑みだった。


「…悔しくないんですか?」


私はつい聞いてしまった。


「悔しくないと言ってしまえば嘘になるけど…なに、この勝負は君たちの絆の親睦にとやったものだし」



!?



まさかあのとき…私のもやもやとした煙に包まれた感情までお見通しだったというのか……。



「じゃあ手を抜いてたんですか…?」



アーサーは首を横に振り答える。



「いや、僕は何にだって全力で取り組むからね。もし僕が勝ってしまったらどうしようかとヒヤヒヤしていたけれど、カレルくんの底力に賭けてみたってところかな」



恐ろしい…。

最初から全て仕組まれていたのか……。


とはいえ…まんまとその作戦に乗せられ絆以上のものを手にした私たちの関係も、案外悪くないんじゃないかと私は思ってる。





〜fin〜

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