4話

「魔導パトロール?」


 風呂上がりで長い髪をタオルで拭いているルチカにハンナが聞き返す。ルチカは先ほど思いついた案を説明している最中だった。


「そうか、魔導パトロールも知らないか」


 器用にタオルで髪の毛をまとめながら頭に巻いてどうやって説明するかを考えた。


「えっとな。簡単に言えばこの国、いや世界中を守ってくれている魔導士たちの集まりって言えば分かるかな」

「魔導士?」

「あー、そこもか」


「す、すみません。話の腰ばっかり折っちゃって」

「いいさいいさ。魔導士ってのは・・・・・・凄い魔法使いって思ってくれ」


 詳しく説明すると、余計に混乱を招くと思いルチカは端的に教えた。


「そこにいけば問題を解決してくれる。エリート集団ってやつさ」

「なるほど。警察みたいなものですね」

「アタシにはそのケーサツってのが分からないけど、多分合ってるよ」

「でも、異世界から来たなんて言って・・・・・・信じてもらえますでしょうか」

「ハハハ・・・・・・そこなんだよなぁ」


 ルチカがいう魔導パトロールに集う有能な魔導士たちが異世界などというおとぎ話のような話を受け入れてくれるとは考えにくかった。


「だからさ、まずは迷子だってことで相談しに行ってみようぜ」

「迷子? なんだかちょっと・・・・・・恥ずかしいですけど」


 ハンナはパッと見た感じ、もう迷子になるほど小さな女の子ではない。事実彼女は高校生一年生になったばかりだ。


「そんなら変質者に誘拐されたっていえばいいじゃないか?」

「ああ、確かにです」

「事実誘拐されたようなもんだしな。どうやったのかは知らないけど。本当に魔法を使ってたのなら、大問題だぜ」


「大問題?」

「人を召喚する魔法なんてそう簡単にできるもんじゃないんだ。それこそ魔導士でも無理だろうな。アタシが今まで読んだ魔導書にも載ってなかった」

「だとしたらあの人。いったい何者だったんでしょうか・・・・・・」

「分からないね。でもそこまで言う必要はないかもよ」

「そうなんですか?」


 どこか不安をちらつらせるハンナ。


「じゃあ明日は街に行くからね」


 ルチカはそんな彼女の小さな不安を見逃しながら話を決めた。

 髪が乾くまでのあいだ、二人の間には縮まらない距離の分だけ気まずい空気が流れている。ぽつりぽつりと質問と答えだけが続く。


「ハンナはいくつなんだい?」

「十五歳です」

「へぇ、アタシと一つ違いだね」


 沈黙。


「ルチカさんはここで一人暮らしをしているんですか?」

「今日からね」

「あっ、そうなんですか」


 沈黙。


「・・・・・・そろそろ寝ようか」

「は、はい」


 タオルを頭から外してルチカが立ち上がると、ハンナも同じく立ち上がるのでルチカはそれを見て気付いたように言った。


「あっ、ここのベッドを使いなよ。アタシは二階にあるソファーで寝るからさ」

「えっ、でも」

「遠慮はいらないよ。アンタは一度そこで寝てたんだしね」


 にっこりと笑い有無を言わせないためにルチカは足早に二階へと続く階段を上りはじめる。彼女なりの気遣いだったが、ハンナは申し訳なさそうに一人ぽつんとベッドの横で立ち尽くしていた。


「それじゃ、おやすみ」


 姿が見えなくなりそうな位置でルチカが指を鳴らすと部屋の灯りが消える。ハンナは暗い部屋でぎこちなく手を上げて返事する。


「あっ、はい。おやすみなさい」


 彼女の声を聞き終わらないうちにルチカは二階への書斎にあるソファーに辿り着き、近くに置いていた毛布を被って寝転がった。少しため息をつく。とんだ引っ越し初日になったものだ。予想外の訪問客の相手に疲れながら目を閉じる。

 明日は魔導パトロールに行く。そしてハンナを引き渡す。それでいいはず。それしかできないのだ。なのにルチカはまぶたの裏の暗闇を見つめながら少しワクワクしている自分がいる。だってあの魔導パトロールへ行くんだぜ? と心のなかで呟く。普段は用がなければ建物には入れもしない。彼女が尊敬する魔導士たちの組織、いつかは一員になろうと夢見る目標。不謹慎だと思いながらもハンナに少し感謝している。魔女になるための修行が始まる前に、いきなりモチベーションがあがるような場所にいけるのは大きい。フフフ、と思わず口角があがる。今日は眠れないかもしれない。


 うって変わってハンナは不安しかなかった。ベッドに寝て目を閉じるとまたどこかへ飛ばされるような気がしてずっと暗い天井を見つめていた。ルチカさんは優しいし親切だ、でもやっぱりわたしがいたら迷惑だよね。と胸を痛めていた。突然知らない世界からやってきたなんて、自分が同じことを言われたらどうしていいか分からない。やっぱりハンナも警察に届けるか、似たようなことをしただろう。分かっていてもやはり不安だった。かといってルチカに世話になりっぱなしになるのも気が引ける。ぐるぐると考えが頭をまわる。全てが不安と心細さに繋がる。親は今頃どうしているだろうか、大騒ぎになっているだろう。学校はどうなるんだろう。彼女もまた、今日は眠れないかもしれない。

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