水無瀬さんとの帰路
ガタン……ゴトン……ガタン……ゴトン……と揺れる電車。
座っている席の後ろからさす茜色の西日が眼下の足元を照らす。
時刻は午後6時前なのだがそれでも沈みきっていない太陽に、ずいぶん陽が長くなってきたなぁと感じさせられる。
帰りの電車の中は
とは思ったものの、単に田舎だから電車より車を使う人の方が多いだけっぽいな。
車窓から見える渋滞した国道を見て考えを改めさせられる。
「日中は1時間に一本しかないけど、あんな渋滞見せられたら電車も便利なもんだな」
と、隣に座る水無瀬に話を振ってみるも返事はない。
彼女に悪気があるわけでもなく、慣れ始めているがやはり無視されると傷つくものは傷つく……。
現在水無瀬の意識は彼女の手元にある文庫本に全集中していた。どうやら水無瀬は買った本を言えに帰るまで待ちきれないタイプらしい。俺は家でゆっくちじっくり読みたい派なので、どこでも集中して読書に耽ることができる水無瀬を羨ましくも思うし、勿体ないなぁとも思ってしまう。
ガタンゴトン……という断続的な音に加えて決して穏やかではない揺れてるのに全く気にした素振りがない。おそらくこのまま放っておけばいつかのように降車駅に着いても気付かなそうだ。もちろん今回は知らせてやるつもりだけどさ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………………取れてよかったな」
「ん?」
今度は一人言のつもりで言ったんだが俺の言葉にピクッと水無瀬の反応して水無瀬の頭が揺れた。
本を閉じた水無瀬が首をこちらに回し、大きな瞳と視線がぶつかる。
「そのトカゲのぬいぐるみ」
俺が指さしたのは電車に乗ってから今まで、小さな体躯の彼女に抱きかかえら続けている大きなぬいぐるみ。
ゲーセンに入って最初に挑戦し惨敗したクレーンゲーム。結局あのあと水無瀬は諦めきれず再度挑戦したのだ。
「優のおかげ」
「おかげっつーか、あんだけサービスしてもらって運良く落ちてくれただけだからなぁ」
「でも、取ってくれたのは優。ありがと」
「っ……お、おう」
はにかんだ女子から面と向かって感謝されるとうのはどうもむず痒くて慣れない。思わず水無瀬から顔を背け少しだけ距離を取る。
「あ、お金――」
「いらないって! 俺が勝手にやっただけなんだから」
たしかに取れたら水無瀬にやるつもりでプレイしたけど、別に水無瀬に恩を売っとこうとあわよくば――なんて下心は微塵もない。皆無だと自信を持って言える。
「それに水無瀬だってかなり金使っただろ?」
そう、俺たちは1度クレーンゲームを断念してから別のゲームでも遊んでいた。
レーシングにホッケー、太鼓のリズムゲーム。それとゲーセンの隅っこにあったひと昔前の格闘ゲーム。それらを片っ端から俺と水無瀬は対戦したのだ。
それでもまぁ1回やって「次行くかー」だったならそれほど大きな出費にはならずに済んでいた。済んでいたはずなんだけどなぁ。
チャリンと軽い音と共に消えていった硬貨がフラッシュバックし急に悲しみが胸の内に迷い込んでくる。
俺は昔世界大会でー……とか、実はネットのランク戦をやりこんでる廃人でしたみたいな裏は一切なく、単に水無瀬が弱いだけで。なのに俺が勝つと「もう1回」とゲーム台から動く様子のない水無瀬に付き合わされた結果、見事に金欠に陥ってしまった。
さらにダメ出しのクレーンゲーム。2人で交互に金を出し合い変な所に景品が行くたびにスタッフに何度も定位置直してもらい、しまいにはちょっとアームで触れれば落とせるようにサービスまでしてもらった。アレ絶対客がある程度散財して元がとれるようになったらやるサービスだったろ……。
『次はー……』
「もう直ぐだな。たしか水無瀬も次で降りるだろ?」
「なんで、知ってるの……?」
「まぁ色々とな」
「ストーカー?」
「それだけは全否定させてくれ」
アナウンスが流れ、俺たちは揃って席を立つ。水無瀬は大きながぬいぐるみが
間もなくして電車は駅に停車しドアが開く。
降りた駅内は無人駅で相変わらず利用者は見当たらない。
「俺こっちだけど水無瀬は?」
「わたしもそっち」
どうやら帰る方向まで同じらしい。もしかして同じアパート? と勘ぐってみるもすぐに違うな、と可能性を切り捨てる。
2階建てで総部屋数10も内アパート。高校入学を機に入居して1年は経っているののだ。さすがに他にどんな人がアパートにいるかくらいは把握している。
水無瀬とは今年初めて同じクラスになったばかりで初めてで関わるきっかけも偶々起こったこと。近くに住んでいても登下校時間が違ったり同じ空間にいても今まで気にもかけなかったせいだろう。
水無瀬も俺と同じく徒歩で駅まで来ていたので一緒に偶にしか車が通らない、道の脇を歩いていく。
「今日は手加減しただけ。今度は……勝つ」
「え? あぁ、ゲームの話か」
「勝ち逃げは、許さない」
唐突に言われ一瞬何かわからなかったが、水無瀬はまだゲーセンでの結果を根に持っていたらしい。
無表情で放たれた啖呵にちょっとだけ格好つけて言ってやる。
「そう簡単には負けねぇよ」
次、ってことは少なくとも水無瀬も今日俺と遊んだことを嫌だとは思っていないようだ。
俺も楽しかったし、またいつか……今日みたいに偶々会った時にでも遊べたら良いな。
「俺ここ曲がったところだ」
間もなくして正面に見えてきた十字路を指さす。
水無瀬の家はまだ先らしく、十字路の手前で彼女は立ち止まった。
「今日はありがとう。バイバイ」
「おう、また休み明け」
控えめに振られた手に俺も片手をあげて応える。
彼女が歩き出したのを確認し前を向けばアパートはもう目と鼻の先だ。
帰ったらまずシャワーを浴びたい。その前に夕飯の準備も……。
「――――あ、買い出し忘れてた」
水無瀬とのゲーセンに夢中になり過ぎて本来の外出した目的を今さらになって思い出した。ヤバイ、家に食い物がない。
身体は楽しんで遊んでいた反面疲れていてできれば料理はしたくない。外食か出来合いの物で済ませるか、と言っても財布の中は豪遊しすぎて寂しくてそれどころじゃない。
しばらくはモヤシ生活だな……。
溜め息を吐いて踵を返した俺は、薄暗い空を仰ぎ近くのスーパーを目指した。
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