第6話 沈黙

 綺麗に整備された路面の上を木製の車輪が転がり、小気味の良い音が辺りに響いています。


 アヴァドニア公爵家で開かれた大規模なお茶会の会場を後にした私達ポーンドット親子は、大目に見ても決して豪華とは言えない馬車に揺られながら帰宅の途中でした。


「…………」


「…………」


 馬車に乗り込みあれからずいぶんと時間が経ちましたが、私とお父様はどちらも口を開く事はなくそれぞれ物思いにふけっていました。


 お父様が今、何を考えどんなお気持ちでいるのかは私には分かりかねますが、肩を落としずっと床の一点ばかりを見つめているのでとても心配です。


 ただでさえお父様は毎晩遅くまでお仕事をなされて疲れているのに、今日の事で更にいらぬ心配までかけてしまうのは絶対に嫌です。


 お父様に元気になって貰うにはいったいどうしたらいいのでしょう? 何か良い方法はないかと私は必死に考えます。


 そうだ。お父様が大好きなアップルパイを焼きましょう! そうすればきっとお父様は元気になってくださる筈だわ。


 私はお母様ほど上手くアップルパイを焼く事は出来ませんけれど、それでもお父様は私が焼いたアップルパイをいつも美味しい美味しいと喜んで食べてくださるのです。


 なので、誰にも内緒ですがアップルパイは私の得意料理の一つでもあるんです。


 アップルパイ、決まりですね。ああ、今からお父様の喜ぶ顔が目に浮かびます。


 私は高鳴る想いを抑えきれずにお父様に話しかけます。


「お父様! 帰ったら私、アップルパイを焼こうとーーーー」


「……何があったんだ、ローレライ」


 いつものお父様とは全く違う、低く唸るようにして放たれた声に私は背筋が凍り付くような感覚を覚えました。


 冷たさと鋭さを持ったそれが私の背筋に爪を立て腰の辺りから上にゆっくりとゆっくりと、薄皮を切り裂きながら登ってくるような、そんな感覚。


 いつも厳しめなお父様ではありますが、今はなんだか別人のように怖くて恐ろしく感じます。


 ただ、幸いお父様はうなだれるようにして床の一点を見つめたままなので、私はどうにか冷静を装う事くらいはできました。これでもし、鋭い目つきで睨まれでもしたら私はきっと何も喋れずに子供のように泣きじゃくる事しか出来なかったと思います。


 なので、


「分かりません……」


 と、微かに声が震えてしまいましたがお父様の質問にどうにか答える事が出来ました。


 ですが、婚約破棄をされた本人が何も心当たりが無いなんて事がそうそうある筈もないので、お父様がお怒りになって『そんなはずがあるかっ!』などと私に詰め寄ってくる可能性があるのでとても怖いです……。


 ですがさっきも言った通り、私には何の心当たりもない。アシュトレイ様とは二日前に結婚式の段取りについて話し合いをして、にこやかにその日はお別れしました。それから二日経った今日、お会いした途端に婚約破棄。何度考えても、私にはその理由が分かりません。


 単に私が気付いていないだけで、不敬罪にも相当するような大変な失礼を働いてしまったのでしょうか?


 では実際にどんな失礼を働いたのか? と、問われれば繰り返しになりますが私には全く心当たりがありません。


 問題は言葉なのか、行動なのか。せめて何かヒントでもあれば良いのですけれど。


 まあ、奇跡的にヒントを得て婚約破棄に至った理由を知ったとしても今さらどうしようもないのは変わらないのですが……。


 たとえどんな理由だろうと、あんなに優しく紳士的なアシュトレイ様が婚約破棄を口にするほどなのですから。


 普通では考えられないような、無知な子供でも絶対にあり得ないような、そんなとんでもなく失礼な事でもしでかさないかぎり、あのアシュトレイ様があんな事を言うはずがないのだから。


 私は一向に答えが出せないまま、窓の外の景色を眺めました。



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