第2話 美しき庭園にて
輝く白の世界を抜けて辿り着いたのは、会場のすぐ隣に造られた庭園でした。
そこには様々な形に剪定された多くの庭木が植えられてあって、ところどころにゼフィランサスの白い花や、アルストロメリアの赤い花が彩りを添えるように咲いており、間違っても我々人間に届けるためではないと思いますが数匹の蜂が花の蜜取りに精を出しています。
また、足元に広がる活き活きとした緑の芝生に目をやると、どこも長さが均一に切り揃えられていて入念な手入れが行き届いている事が窺えます。
そんな芝生の一部分には疎らな色合いの煉瓦で作られた遊歩道があって、庭園のずっと奥の方まで続いているようなので、恐らく庭を一周できるように造られているのでしょう。
その時、ふいにどこからともなく現れたのはこの辺一帯に多く生息するエメラルドグリーンの羽根が特徴的なアオスジミカドアゲハ蝶。そんな二匹は互いの身を寄せ合い仲睦まじくひらひらと優雅に宙を舞い遊んでいます。それはまるでここ、アヴァドニア公爵家の庭園でランデブーを楽しんでいるようで、その光景はさながら少し前までの自分とアシュトレイ様のように思えてきて、悲しみが胸の奥にひっそりと影を落としました。
そうでした。
私はつい先ほど、婚約破棄されたばかりなのでした。
ふらふらと辿り着いたこの立派な庭園にすっかりと心を奪われていたけれど、こんなのんきな事をやっている場合ではありません。
現実逃避はやめて、現実に向き合わなくては。
でも、
ここにこうしてやって来て少しでも気を紛らわせていなかったら、あのままあの場所で人目を憚らずに泣き喚いていたように思うので、これはこれで良かったとも思います。
「はぁ……」
ため息を一つ小さく漏らして、テラスの手摺を指先でそっと撫でながら歩きます。
恐らく有名な職人に作らせたのであろうテラスは、細部まで見事に造り込まれていて素人目にも職人の類稀なる技術と努力が伺えます。
私の家とは大違いですね。
憧れのテラスを羨望の眼差しで、端から端まで一通り眺めながら歩いていると庭園へと降りるための階段にさしかかりました。
再び視線を庭園へと移します。
視界に飛び込んできた暖かな陽の光に包まれた庭園は、まるで御伽噺の楽園のように神秘的で心を強く惹きつけられ、魅了されました。
このまま庭園の奥へと行ってしまいましょうか。
無意識に、そう思いました。
そうすれば辛い事や悲しい事なんか全く起きない、この世界とは全く別の隠された新たな世界に行けるかも知れません。
それこそ、幼い頃に読んだ一冊の本に出てきた摩訶不思議な世界のようなーーーーそんな夢の世界。
幼い頃の記憶を辿りながら、ぼんやりと美しい庭園を眺めて一歩階段を下り、二歩目を踏み出そうとした瞬間、
「ーーーー痛っ!」
右足に感じる硬く重い感触、耳に届いた聞いたことのない若い男性の声。
予期せぬ出来事に突如として私の意識は現実の世界へと引き戻され、現状の確認作業が急ピッチで進められます。
「ーーーーあっ、えっ? えっ?」
「……ん?」
取り乱す私と、腰の辺りをさすりながら苦悶の表情を浮かべる男性。
女性のように艶やかな青髪、そこから覗く切れ長の目、白くきめの細かい肌、男性とは思えないたおやかな身体付き、恐らくはどこか名のある家の令息なのでしょうが見覚えはありません。
観察をしている間にも男性は立ち上がりこちらへと向きなおって、
「すみません。ちょっと考え事をしていたもので……失礼致しました」
考え事をしながら歩いて、ついうっかりと背中を蹴るという無礼を働いたのは私の方なのになぜか謝られてしまいました。
「あぁっ、いえっ、あのっ、そのっ……私の方こそ……ごめんなさい!」
取り乱す私を見ながら男性は優しく微笑んでいました。
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