第50話 悪魔の事情
ジャルジャルートに連れられ、ヴェルディエントの元へ向かうことになった。
そこで転移部屋から出たアレックス達だったが、魔王城の内部を見て、思ってた以上に普通で拍子抜けした。
センスのいい調度品が等間隔にいくつも並べてあったり、美しい柄のタペストリーや絵が壁に掛けてある。
しかも、おどろおどろしい置物だったり血濡れの壁など“THE魔王”と感じるものが、一切無かった。
床なんて、ふかふかのカーペットが廊下にひいてあり、歩きやすい。
王城なんかよりもよほど良いものが敷いてあった。
一番驚いたのは、窓がないにもかかわらず、蝋燭や魔石のぼんやりとした灯りではなく、地球の明るい電球並みに光る廊下だ。陰鬱な雰囲気なんか皆無だ。
RPGのような魔王城を想像していたから、とにかく意外な内装だった。
「...すっげー、明るいな。」
キョロキョロと周りを観察しながら、ボソリと呟いた。
ジャルジャルートが、その呟きをしっかりと拾って説明してくれる。
「あぁ。動力が魔力なんだ。
人間界は、魔石の灯りだったか?
それだと、こんなに明るくはならないよな。
魔界は、ヴェルディエントの魔力が有り余ってるから、それを使ってる。
だから城全体と城下町は、常に明るいぞ。
弟は、魔力をとにかく使って放出しまくらないと、威圧が凄すぎて、ここら一帯、他の悪魔が住めなくなっちまうんだ。
空調も、ちょうどいいだろう?これもあいつの魔力で調節してるんだ。」
『なんてエコな魔界事情っ!!燃料も無くていいし、二酸化炭素も出ないし、世界にとって優しい配慮。悪魔って、実は環境保全団体??』と、アレックスはいたく感心した。
ちなみにネフィは、違うところに興味を持ったようで、エコ事情はスルーだ。
そして「城下町があるの?」と、ウキウキと問う。
「あるぞ。
普通に人間達の街みたいに店がある。
品物を作るのが好きな悪魔はひたすら作るし、売ることやしゃべることが好きな奴は、小売店を営むし。
人間の街よりいいものがいっぱいあるぞ。」
途方もない年数を生きている悪魔だからこそ、スペシャリストの職人がゴロゴロ居るらしい。
「へぇ〜。通貨とかはどうなってるんだ?」
「悪魔は、死なないから、ない。」
「は?意味がわからない。」
死なないことと、お金の関係がさっぱりわからない。
それは、イコールになる文法なんだろうか?
俺の理解力が足りないだけ?
いや、ジャルジャルートの言葉が足りないんだろう。
ジトリと訝しげに見やる。
ジャルジャルートはその目線に気づき、もう少し補足する。
「食わなくても動かなくても、悪魔は死なないんだ。
だから、必死に金を稼ぐって言う概念がないからタダだ。」
「「タダぁぁぁ!?」」
「えっ、じゃあ別に働かなくていいじゃん?」
「あぁそうだ。極論、働かなくていい。
実際、お空の上のクソ野郎達は、働いてない。
だからな、みんな趣味だ。」
「じゃあ、魔王って何してんの?」
「魔王は、天界や人間界が攻めてきたら対応する特攻隊長だ。
いなくても暮らしていけるが、いざって時にいないといけない。そんな存在だ。
側近は、街で困ったことがあったときに対応する調整役だな。
威圧が効かないから話を聞くにはうってつけなんだ。
だがな、今代は魂の色が一緒の悪魔がいないから、俺が担ってる。あと、数人、喋り好きで魔力のコントロールが上手い奴を引っ張ってきて魔界を回しているんだ。」
「喋り好きって、ジャルジャルート天職じゃん。ウケんな!
魔力コントロールが上手い奴ってのは?」
「今代の魔王の魂の色と一緒じゃない悪魔は、常に互いに威圧している状態なんだ。
お前ら人間みたいに失神するほどの威圧の効果がかかるってわけじゃないが、重くなる。ちょっとしたストレスになるんだ。
しかも魔力差があればあるほど、威圧が、魔力が弱い方にガツンとかかる。
だから、相手の魔力に合わせて魔力を下げられると、互いに威圧がそんなにかからない。
調整役には、うってつけだろう?」
「なるほどね〜。じゃあ、魔王も下げればいいじゃん?孤独なんでしょ?」
「弟の魔力は、桁外れなんだ。
コントロールで下げても近づけない。」
「それで魔王は、発電機になって、なるべく魔力を減らして威圧の効力を下げてるってわけか。」
「その通りだ。」
「なぁ、ところで悪魔って生殖ってできんのか?
弟ってことは、お前の方が先に生まれたんだろう?」
「純悪魔は、この世界ができたときに生まれている。だから年齢はみな一緒だ。
俺もヴェルディエントも、純悪魔、もとは神だな。
なんとなく近くにいたやつを昔、家族にしたんだ。
その際、親兄弟とかは、その時の姿で配役を決めた。
ぶっちゃけ適当だ。
俺は、さっきの子供の姿で生まれたし、ヴェルディエントは、赤ん坊の姿だった。
だから、俺が兄。ヴェルディエントが弟ってわけだ。
ちなみに、俺の上に長兄と長姉がいるんだが、そっちは天界のクソ野郎だ。
俺とヴェルディエントは、嫌気がさして地下に降りたんだ。
で、なんだっけ?ああ、生殖な。条件付きでできるぞ?」
「条件付き??」
「純悪魔と純悪魔同士は、子供は出来ない。だが、純悪魔と人間はできるぞ。」
「人間と!?」
「あぁ。人間の暮らしを観察するのが好きな悪魔と人間がうまくいって子供を作るって場合がある。」
「じゃあ、体の作りは悪魔も人間も一緒か?」
「違う。」
「はぁ?じゃあ、なんで子供できるんだ?」
「人間を作ったのは、俺ら神だ。
だから、人間の構造は熟知している。
悪魔の体に、擬似生殖器、精巣なり卵巣なりを創ってからことに及ぶんだ。そうすれば、子供ができる。
だが、そうやってできた子供は、多少魔力が多い人間になるだけで神にはならない。
つまり、寿命があるんだ。
すると、悪魔は番った愛しい人と、自分の子供の死を看取ることになるだろう?
やはり悲しいから、あまりそういうことをする悪魔の数は少ない。」
「悪魔と悪魔で、子供ができないのは何故だ?」
「悪魔は、生殖に対して欲があまりないのが大前提。
たまに変わり者同士が、互いの威圧に耐えながら番うこともあるにはあるんだが、子供が出来た例はまだない。
互いに人間の擬似生殖器をつけてみても出来ないんだ。
できるかもしれないが、それを追求する悪魔の数が少ないのが現状だ。
悪魔と悪魔の子が、悪魔という確証もないからな。そこは、やはり慎重になるだろう。
先立たれたりしたらやはり辛い。
人間との間の子も、番った人間側の要望で仕方なしで作るんだ。
いずれ悪魔側は、ひとり残されて悲しい思いをすることになるからな。」
「なるほど。悪魔も悲しいって気持ちがあるんだな。」
「あるぞ。ちなみにクソ野郎どもは、ないからな。
あいつら、自分大好きだからストレス感じることを、徹底的に排除する鬼畜快楽主義者だからな。」
「ジャルジャルートは、天界の神様たちがとにかく嫌いなんだな。」
「俺に限った話じゃねぇぞ。悪魔は全員嫌ってる。」
「そうか。だが、人間は嫌いじゃないのか?」
「人間は、弱い生き物だから嫌いじゃないぞ。好きでもないが。
俺は、基本どうでもいいと思ってるがな。
お前達は、別だ。弟の癒しになるかもしれないから興味津々だ。」
「...おぅ、ありがとな。」
なんだか好意的っぽい、嫌悪されてなくて何よりだ。
「ねぇ、純悪魔は年齢がみんな一緒なのに、魔王が変わるのはなんで?新たに、生まれないなら魔王は一代じゃないの?」
「そうだ。こないだまで、ずっと同じ魔王だった。
女、やはり聡いな。
魔力の大きさなんか普通変わらないからな。
天界から俺らが降りてきた時から、ずっと変わってなかった。
それが、こないだ弟に急に変わったんだ。
弟の魔力が、ある日突然、爆発したんだ。」
突然変異したのか?
「何かあったのか?」
「いや、何も?普通にいつものように家で過ごしていたら、ドンっとな。
威圧がゴォォォってきて、俺は床にべちゃっとキスしたぞ。
近所の悪魔も軒並みべちゃっとしたんだ。
しばらくして、先代魔王から念話が飛んできて、魔王と側近が威圧に晒されたから、序列が変わったって。
威圧を感じることができない者は直ちに城へ、と伝達された。
そこで、我が弟が2代目魔王になったと判明した。」
へぇ〜、念話が出来るのか。
転移といい念話といい悪魔は便利な魔術知ってんな。
それにしても、急に魔力が上がったのか....。
憑依か?それとも、前世の記憶が甦った瞬間か?
「こないだって言ってたが、いつのことなんだ?」
オタクを知ってるなら、俺の前世の時代とさほど変わってない気もするんだが。
「んー、18か19年前か?」
全然、こないだじゃねぇぇぇぇ!!俺たちの生まれ年だ!
「あはは!こないだって、悪魔のこないだって...ウケる〜!
どのくらいは、こないだになるの?」
「100年は、こないだになるな。
だから、こないだ会った人間がいつのまにか死んでるってことはしょっちゅうだ。
お前たち、長生きしろよ?」
なぜか労わられた。年寄りに長生き諭されるって、なんか変な気分だな。
「あれ?ジェ・スーみたいな契約悪魔は、寿命とか生殖とかどうなってんだ?」
「あー、寿命か?
わかんないなぁ、今のところ寿命で死んだ契約悪魔いないからなぁ。
契約悪魔は、体の作りが人間だから、飯は食わないと死ぬし、悪魔よりも軟弱だから上手く攻撃がクリティカルされれば消滅する。
だから、契約悪魔は度々死んでるが、外因的な死が原因だ。
多分だが、契約した悪魔が死なない限り死なないんじゃないか?」
「そうか。じゃあ、純悪魔と契約悪魔だったら?
子供できるのか?」
「やったことないからわかんないな。
そもそも、人間から契約悪魔って、性格捻くれた奴がなるんだ。そんなやつとわざわざ番うってことはマジないな。うん、断言できる。」
「んー、じゃあ番った相手の寿命を伸ばすために契約悪魔にすればいいじゃん?そしたらずーっと一緒なんじゃない?」
たしかに、そうだ。
そうしたら、悲しい思いをいなくていいじゃないか。
できた子供も、そのうち意思を確認して悪魔にしちゃえばいいしな。
「......あー....。結論、無理だな。
契約の代償が、大きすぎる。」
「代償?」
「あー、言えん。それは、お前らが契約悪魔になるって言うなら教えてやる。」
実際、契約悪魔になった場合、多くの魔力と寿命が与えられる代わりに、契約主に絶対服従がついて回る。
その他にも、死を迎えた時、契約主に魂まで吸収され、再び生まれ変わることができない。
契約主側は、与えた魔力以上に魔力が増えて返ってくる利点がある。
強い怨みが心の奥にない限り、契約者にとって不利になるのだ。
(こんな契約を、番にできる悪魔なんていないだろう。天界の快楽主義クソ野郎どもなら、やるかもしれんが....。)
「なんで〜。教えちゃいけない誓約があんの〜??」
「あるぞ。条件を聞いて、拒絶したらその場で死ぬ。
強い悪魔願望がない限り聞くな。」
「そっかぁ、それは仕方ないね。」
「なぁ。ジャルジャルート。
結構歩いたけど、まだつかねぇの?
あと、どのくらい?」
「最初いた部屋は、城の地下でな。今は最上階だ。
このまま、廊下の1番奥まで行って、そこから塔を登る。そうしたら、ようやく弟の居住空間だ。」
「はぁ、偉いやつは高い場所が好きってのは、どこの世界でも一緒だな。」
社長室や、院長室、VIPルームは、最上階にあるのが定石だ。
金持ちは、高層マンションに住む。
なんだろうか、上に誰かが住んでると見下された気分にもなるのか?
「ヴェルディエントの場合は、事情が違うぞ?」
魔王の威圧に、城の悪魔が晒されないための処置だそうだ。
しばらく歩くと、大きな扉がドーンっと現れた。
その前には、衛兵が6人ほど扉を守っていた。
「ここが、塔の入り口だ。
ここから、入って上に登ってくれ。
私はここで待つ。」
さっと、目の前から避け、手で先を促すジャルジャルート。
「は?俺たちだけ?」
「そうだ。ここから先は、悪魔は入れん。
威圧が酷くて途中で、べちゃりだ。
最悪、誰にも気づかれなければそこにずっといるしかない。
死にはしないが、主に排泄がな....。
バキバキにプライドが折れるんだ...。」
遠い目をするジャルジャルート、これはきっとやったな。
「お漏らししたんだ...。」
さっと目線を逸らす衛兵たち。
見たんだな、デロデロぐちゃぐちゃのジャルジャルートを...。
神様がお漏らし....おいたわしい...。
「....さ。行け。念話で一応報告してある。
いきなり襲われることはないはずだ。」
気まずそうなジャルジャルートは、話は終わりだというようにアレックスたちをぐいぐい扉の中に押し込む。
仕方なく扉をくぐり抜けれヴェルディエントに会いに行くことにしたのだった。
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