第31話 チェラスに向かう道中
ガタゴト、ガタゴト、ガタゴト.....
現在、アレックスたちはチェラスに向かって荷馬車で移動中である。
天候は、晴れ。風も、そよそよと吹いていて過ごしやすい。
荷馬車内も、空気がこもらず快適だった。
アレックスは、鼻歌まじりに作業をする。
頭上に生成の魔法陣を掲げ、ひたすら魔力で化学式を描き記し、薬を作る。
必要なのは、正確な化学式とアレックスの魔力。
魔力は、寝ずに1日中薬を作り続けても無くならないほど有り余ってる。問題なし。
労力と言えば、頭上に化学式を描くために指を動かすくらいなもので、楽ちんであった。
そのアレックスの横では、反対に必死の形相の2人、ロウェルとジョッシュが作業をしている。
作業の流れは、こうだ。
・スプーンですりきり1杯をしっかり計って、薬包紙にのせる。
・それを、綺麗にこぼれないように三角に折る。さらに、パタンパタンパタンと折って、角を折り込む。
結構、地味でめんどくさい作業をちまちまと延々とする......。
2人は、馬車が揺れている為すりきりが上手く出来ずに凸凹に波打ってしまい、何度も失敗....、イライラげんなりとしていた。
そんな荷馬車の中では、アレックスの鼻歌まじりの呪文と、大量に持ち込んだ瓶が揺れに合わせてぶつかる音だけが聞こえてくる。
『サリチル酸〜C7H6O3、無水酢酸〜C4H6O3結合♪アセチル基吸〜着♪アセチルサリチル酸〜C9H8O4、生合成完〜了♪瓶封入〜♪防腐〜♪保存〜♪』
『カチャカチャ、カチャカチャ.....』
そんな空気にとうとうロウェルが吠えた。
「だ〜っ!!」
「アレックス〜!お前、作りすぎだっ!全然、お前が作る量と俺らが作る量の比率が違いすぎる.....。」
ロウェルが、目頭をギューッと揉みながらボソボソ文句を垂れる。
「この瓶全部詰めたら、そっちも手伝うから。それまで手を動かせっ、助手!」
アレックスは、グッと親指をたてニカっと笑いかけた。
「その笑顔、....ムカつく...。」
ロウェルは、ジト目でボソリとつぶやいた。
アレックスとロウェルが軽口を叩いている間、黙々と作業を続けていたジョッシュも口を開いて会話に加わる。
「でも、アレックスさんって本当にすごいですね〜。出発してからずっと薬作ってるのに疲れないんですか?
これ一回飲むだけで、回復魔法1回分って考えると魔力すごくかかってる気がしますが....。にー、しー、ろー、..........とー、....しー、...にじゅう、にー、しー.....、ごじゅう、............ろくじゅうはち。
100瓶用意してましたが、もう半分以上できてますね。
はぁー、僕は魔術師さんとあまり関係がないのでよくわかりませんが、アレックスさんが凄いのはわかります。
だって、光魔法に適性がある魔術師でも回復魔法は何回もできないんでしょう。
聖女様は、1回で何十人も回復できるそうですが、何度も出来ないんでしょう?
なんていうかアレックスさんは、すごいですね〜。」
ジョッシュが、キラキラと純粋な目でアレックスを見つめ感嘆のこえをあげる。
ジョッシュは、昨年アングラスピアビーの討伐の時期に騎士団に追加で入った青年だ。
年は、アレックスよりも2つ下の平民であるが、将来有望が見込まれて一般公募で入団した。
半年先輩に当たるが、ほぼ同期なのでアレックスはタメ語で話している。
ただし、ジョッシュは騎士団最年少ということで誰と話す時も敬語で話していた。
まだあどけなさが残ってる青年で、周りからは弟のように可愛がられていた。
ちなみにロウェルがポメラニアンだとすると、ジョッシュはチワワだ。
さらりと直毛な黒髪。曇りもない綺麗な黒目。
加えてタレ目、垂れ眉が通常装備。
庇護感が半端ないので、酒場のお姉様たちにも人気だ。
ちょっと羨ましいアレックスだった。
話は戻るが、回復魔法は時間逆行のように、理に干渉するので、すごく魔力を使うものである。
それゆえに通常の魔術師は、回復魔法ができても滅多に使わない、正しくは使えない。他の有益な攻撃魔法などに魔力を取っておくのがセオリーだからだ。
戦場では、よっぽど偉い人が重症に陥った時に使われるくらいだ。
だから一般ピープル、平騎士や傭兵が戦場で重症を負っても、見捨てられるのだ、死を待つのみ..........。世知辛い。
魔力が多いネフィでさえ回復魔法は連発したくない代物である。アイスゴリラの時に魔力切れで寝込んだことが、軽くトラウマになり回復魔法が苦手になっているみたいだ。
ちなみに、一般人が怪我や病気をすると大抵は治療師の薬を使う。安価だからだ。
でも、味も苦けりゃ1回で飲む量も多い欠点がある。
少し裕福な家庭ならランクアップして錬金術師の薬を使う。少ない量で効果が見込まれる利点がある。
ただし、錬金術師の腕の良し悪しで当たり外れがある。
それでも治らない時やお金が有り余ってる人は、最終的に教会に行って大量の寄付をし回復呪文をかけてもらうことになる。万能だが、金はかかるし順番待ちがある欠点がある。
神官たちは、戦場に行かないから魔力を回復専門に使える唯一の職業だ。
教会の神官になるにはもれなく光もしくは聖魔法が使えないといけないがレア属性なので、かなり人数が少ない。しかも平民には、属性なんてわからないので神官になる人も少ない。それでも神官になってしまえば安定した高収入と衣食住が保証されるので平民には憧れる職業の一つだった。
お金がないと気楽に回復魔法をかけてもらえない時代背景だからこそ、アレックスが作る解熱鎮痛剤は、世界に激震を起こす別格のものだというのがわかるだろう。
今のところ、王都周辺と騎士団にしか解熱鎮痛剤が周知されてないが、聖国の中央(王都にある司法・立法・行政を司るところ)では他国にアレックスの存在を漏らさないように箝口令もひかれているそうだ。
アレックスは、そんな風に重要視されてることは全く知らない。国から出さないように、役人たちは水面下で動いていて、実は既に出国不可人物に指定されていた。
いつ気づくのだろう....。ちょっと不憫だ。
あとジョッシュが感動していたが、実はあまり魔力を使ってない.......。
以前、ネフィの鑑定で生成中にどのくらい魔力を使ってるのか一度見てもらった時があったが、1回の生成(大体100回分)で100も魔力を使ってないと言われた。
どうも化学式がなんらかのブーストを与え爆発的な効果を生み出しているみたいである。
その時アレックスは、『やはり化学式は、素晴らしい』と、しみじみ思ったのだった。
そんなわけで、100瓶作っても魔力は全然減らないので、「今日中に作り終えそうだなぁ。」とアレックスは鼻歌を歌いながらのほほんと思っていた。
「よーし、終わった〜!!ちょうど100っ!」
日も暮れ始め、最初の宿泊地にもうすぐ着く頃解熱鎮痛剤を全て作り終えた。
アレックスは、うーんと、ひと伸びして一息ついた。
「わぁ〜、ほんとすごいですね〜。あっという間でしたね!」
「おおっ。早くこっちの小分け作業手伝え!」
「いや今日は、もうやめよう。日が暮れてきてるし、まだ2日あるだろう?明日から3人でやれば、すぐ終わるさ。」
「だが、アレックス。俺たち2人で3瓶しか小分けできてねぇぞ。このままいくと、90瓶近く残るぞ?」
「あー、大丈夫!俺、今日お前らの作業見てたけど効率が悪いんだよ。効率よくすれば、終わる量だぞ。」
「はぁ!?」「えっ?」
「揺れてるところで、計ってるから効率悪いんだよ。道も舗装されてないからどうしたって跳ねるだろう?
いいか、馬車が動いてるうちは、薬包紙をひたすら折るんだ。馬車が止まったら、コップ状にした薬包紙に1回分を入れて口を閉じる。これが一番早い。」
「な、なっ!!なんでそれを今言うんだっ!?」
「うん?わかってると思ってた。」
「そんなわけないだろうっ!?俺たち、腕プルプルよ?目、シュパシュパよ?首ガチガチよ?」
「...あー、すまん?」
「謝ればいいってもんじゃないだろうっ!?気づいた時に言えよ!!悪魔か、鬼畜か?!お前のお腹は真っ黒か?」
「いや、人間だし。お腹は、...見るか?至って普通の肌色だ。....(ポっ)残念だが、割れてはない.....。恥ずかしい.....。」
「恥じらうなっ!気持ちが悪い!!いい歳した男が頬を染めるなっ!」
真っ赤な顔でロウェルは、本当に怒ってた。唾を飛ばしながら、怒鳴りつけていた。
アレックスは、楽しがってた。弄りがいがあるやつだなぁと、腹を抱えて笑っていた。
ジョッシュは、唖然としていた。尊敬していたのにひどい、と悲壮な顔をして2人のやりとりを見ていた。
次の日、再びチェラスに向かって出発をする。
今日は、ひたすらロウェルとジョッシュは薬包紙を折ることに専念する。
最初は、アレックスもひたすら折っていたが、ある程度溜まってきたら折るのをやめた。
「アレックス!手を止めるな!終わらないぞっ!」
「あー、うん。俺今から詰めるわ。」
「はぁ?昨日、お前揺れているなか計るのは無駄だって言ってたじゃねぇか?」
「そうだな、言ったな。揺れているところで計るのは効率が悪いと。
でも、揺れてなければ大丈夫だろう?」
アレックスは片眉ピクリと上げて含み笑いをした。
「「???」」
ロウェルもジョッシュも、訳がわからないって顔でアレックスを見つめる。
アレックスは、ふふん♪と自分の下に魔法陣を広げパチンと指を鳴らした。
『重力低下グラビティ』
ぽわんとアレックスの周りが光った。
続いて、呪文を紡ぐ
『上昇気流アップドラフト』
馬車の床に描いた魔法陣から風が吹く。
アレックスは、体が少し浮いた状態で静止した。
理論としては上昇気流だけで浮くが、少ない風で浮くために体を軽くしたのだ。
風が強く吹きすぎると、せっかく作った薬が舞い上がってしまうので呪文の重ねがけで配慮をした。
ちなみに、アレックスが浮いた状態で静止している姿を想像すると馬車が動くとアレックスが取り残される気がするかもしれないが、そこは平気だ。
上昇気流が馬車の床から出ているので、馬車のスピードと一緒にアレックスも移動ができるのだ。
これは、いわゆるベルヌーイの定理だ。
昔科学の実験でやったことがあるだろう。
ビーチボールを下から風にあて、浮かせた状態で、気流の向きを水平に近い角度に変えてもボールが落ちずに気流の方向にボールが移動するってやつだ。この時ボールには、内側に押さえ込む力がかかっていて遠くに飛んでいかない。
駄菓子屋で置いてある『吹き上げパイプ』も同じ原理だ。
前世が理系男子のアレックスは、この辺の知識を魔術に応用し自分なりの魔法を作っていた。
「はぁ!?」「えぇぇぇぇっ!!」
助手2人は、目を見開いて驚いた。
「浮いてますね?初めて見ました.....。」
ジョッシュは、ぽかーんっとして口が閉めれない。
アレックスは「フッ、フッ、フッ」っと、してやったりと満足そうな顔をした。
「これなら、揺れないだろう?
だから、俺は計ることが出来るっ!!」
得意げに宣言をしたアレックスに、ロウェルは呆れて一言吐き捨てた。
「馬鹿だろう....。」
はぁ〜っとため息をついて、会話を続ける。
「浮くって、魔力の無駄遣いだろうに....。
アレックスの魔力がどのくらいあるかわからないが、周りの魔術師がしてないんだからかなり魔力使うもんなんじゃないのか?.....まぁ、いいけどよ。
じゃあ、お前はひたすら計れ。」
ロウェルは、ひたすら薬包紙をコップ状に折り続ける。
アレックスは、黙々とすりきり1杯を入れていく。
ジョッシュは、最後の仕上げではじを折り込んで完成させた。
3人で流れ作業で薬を作っていったおかげで、チェラスに着いた時にはほぼ終わっていた。
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