第13話 【閑話】悪役令嬢の兄は心配性

「──こうですか?」

「ローズ。それでは"お腹が空いた顔"だよ」


「──こうですわね?」

「それは"大好きなスコーンを落としましたわ!"という顔だよ」


「んなッ、なぜわたくしがスコーンを……んんッ!! わたくしはスコーンなど興味ございません」

「そう?」

「ええ」


今、俺の目の前で百面相をしているのが妹のローズ。可愛くて、手のかかる俺の妹だ。


そのローズを演技指導という名で呼び寄せ、構い倒しているのが親友のリチャードだ。

リチャードは、はたから見れば”THE正統派の王子様”に見えるが、中身は黒い。その出来の良い外面の隙間から時々愛おし気な目を、俺の妹に向けていることに気付いたのはいつだったか。ついでに最近、黒い部分を隠さなくなってきている気がする。もう”正統派王子様”はいいのか。


あ! リチャードがローズの頬を片手で挟んだ。

おっと、ローズがリチャードの手を外そうともがいている! もがく姿が風呂に入れられそうな猫のようでかわいいぞ!


おい、お前らイチャイチャするんじゃない。

過度なタッチはお兄ちゃん許しませんよ!


──ちなみにスコーンは妹の大好物だ。


妹がリチャードに呼び出される日は、毎度毎度王宮のシェフの力作がローズの前に並ぶ。リチャードがスコーンを用意するよう指示したのか、有能な側人がローズの趣向に気付いたのか……前者か。


まだイチャイチャと近距離で何かしている二人の姿を見て、ため息が出た。ローズとリチャードを二人にするわけにいかず、毎度この空間にいることになる俺の存在を忘れないでほしい。あと距離が近いからもう少し離れろ。


俺の妹ローズと親友のリチャードが、一体何をしているのかと言うと『史上最高の悪役令嬢になるための訓練ですわ!』とのことだった。


史上最高の悪役令嬢とはなんなんだ。

史上、とはどこの史上なんだ。


お兄ちゃんは心配だ。


思い返せば、ローズは昔から観劇や本に影響されやすい傾向にあった。

幼い頃は王子様とお姫様が出てくる絵本を読んでは「ローズはおひめさまだから、おうじさまとおどるの!」とクルクル回っていたっけ。目を回して木にぶつかって転がって行ったのはおもし……可愛かった。


それに、ローズは産まれた頃から本物の"王子様"と婚約を結んでいたし、なんともほほえましい思い出だ。


いや、待て。その"王子様"が問題なんだ。


俺のかわいいローズになんだアイツは。昔から王族とはいえ婚約者である時点で気に食わなかったが、最近益々気に食わない。ローズは昔から婚約者であるアイツのことを憧れの王子様として見ていたが、俺の中では昔からいけ好かないガキだ。


ローズの中で”王子様”という生き物は金髪限定らしく、銀髪の俺は王子様では無いらしい。

もっと多種多様、多彩な王子様が登場する本を見せればよかった……!


そうすれば、お兄様は私の王子様ね! だいすき! なんっつって……


「はは、暴れたから髪飾りがずれてしまったね。直してあげるから座りなさい」

「は! 髪飾りは壊れていないですか?! ……あぁよかった。これはお気に入りなので取り扱いは丁寧にお願いしますわ」


ローズはリチャードの手に収まる髪飾りを覗き込み検分を終えると、くるりと後ろを向いて髪飾りが直されるのを待っている。いつ頃からだったか、ローズの髪にはいつも同じ髪飾りがついていた。シンプルな作りの髪飾りなので、他の飾りと合わせれば汎用性の高いデザインだ。そんなに気に入っていたものだったのか。


リチャードは手の中に納まる髪飾りをじっくりと見ていた。差し方を知らないのかと思い至り、俺がやろうと近づこうとしたらリチャードに手で待てと言われてしまった。


「──この髪飾りはローズの”お気に入り”なの?」


リチャードの指が、視線が、髪飾りを大切そうに撫でた。


「はい! その髪飾りは、昔リヒト様から頂いたのです!」

「……リヒトから?」


ピタリ、と手が止まった。

ついでに俺の体も止まった。


「はい! 以前お話しした通り、昔は髪を隠していたのですが綺麗な髪の毛だからと褒めてくださった少し後でしょうか。その髪飾りをプレゼントしてくださったのです! 添えられていた空色のカードには"プリンセスへ"と! きゃー! 思い出しただけでもきゅんきゅんしてしまいますわ! わたくしの、この髪を綺麗だと言ってくださっただけでなく、彩る楽しさまで……。わたくしは、きっとそのお心遣いに救われたのですわ。その髪飾りをつければ、不思議と心が温かくなるのです。存在を側に感じる、というのは言い過ぎですわね。心細くなってしまっても、その髪飾りを見れば、一人では無いと。そう思えるのです。それから、その髪飾りは私の大切な宝物でありお守りなのですわ」


そう胸に手を当て幸せな思い出を語る妹の後ろで。顔を両手で覆い悶えてる男が一人。

──リチャード。お前なのか。


まぁ、そうだろうな。空色のカードは昔からリチャードの私的な手紙に使う色だろう。

リヒトの私的な手紙の色は、もっと濃い青色だったか。我が家に来たリヒトのカードは代筆者の書いたもので全て白だった。


まさか、ローズは気付いていないのか……ッ!?


「はぁ。顔が熱くなってしまいました……ってお兄様どうされたの。そんな"恋人たちがすれ違う場面を目撃してしまった脇役"みたいな顔をされて……」


その通りだよ!!!


「……ローズ、ごめんね。今直すから前を向いてじっとしていて」

「はい」


やっと落ち着いたリチャードが表情を戻し……ちょっとまだ耳が赤いぞ。それはそれは丁寧に髪飾りを付け直した。

今日の装いに合わせた大ぶりな髪飾りの横に添えるように、しかしそのシンプルな髪飾りがあることで髪に瞬くような光が入る。


「出来たよ」


そのままさらっと髪を一房持ち上げ、振り向いたローズに見えるように口づけを髪に落とした。


「にゃにゃにゃ!!!」


髪をリチャードから奪い返したローズは猫のように飛び跳ね逃げてしまった。


「綺麗に出来たよ」

「まままたからかいましたわね!!」


「はは、さあ続きだ。だいたい"天使の愁い顔"ってなんだい」

「この必殺技はミハエル様が教えてくださったのですわ!」


いつものリチャードに戻ったことで安心したのか、もう警戒を解いている。

気が早いぞローズ。それはリチャードの計算だ。騙されるな。


お兄ちゃんは今日も二人が心配だ。

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