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亜紀は由美の話を聞いて少し冷めたコーヒーを飲んだ後、考えているような姿勢をした上でまた口を開けた。
「由美は悲しいのね。自分の心を救ってくれた恩人をなくしたから」
「そうよ」
悲しそうに由美が答える。ずっと支えになっていた存在がいなくなったことの喪失感が彼女の心に大きな穴を空けていた。それを知り理解しようとしている亜紀は彼女に何かアドバイスができないかと頭を働かせている。気がつけば、日が落ち始めている。彼女はしばらく悩んだ末、由美に話を切り出した。
「私はね、去年、塾でお世話になってた先生を亡くしたの。勉強以外のこともいろいろ教えてくれた先生で、亡くなった時はとても悲しかったわ」
重い表情で何も言わず亜紀の話を聞く由美。亜紀は話を続ける。
「でもね、少しして気がついたの。先生は亡くなっても先生が決して居なくなったわけではないって。先生の居た証や思いは残り続ける。そして、私たちはそれを生きる糧の一つにし続ける。それが、先生にできる弔いなのかなってね」
悲しむだけが全てではない。残された人々が今は亡き人の意志を糧に生きていくことこそ、亡き人への弔いではないか。亜紀の言葉を聞いて由美の心に一つの光が差し込んだ。
「私、見えた気がした。悲しんだ後で、私にできることが」
そう語る由美の表情は清々としていた。彼女の言葉を聞いて亜紀は微笑んだ。
「よし、じゃあ心が晴れた記念にパンケーキを食べよう」
「うん。でも、冷めちゃってるけど大丈夫」
「あ…… 」
直後二人は冷めたパンケーキが可笑しく思えて笑い合う。由美の心は雲が消えて、晴れ晴れとしていた。
「じゃあ、また明日」
「また明日」
二人はパンケーキを食べ終えて別れた。亜紀と別れた由美は昼間できなかった魔法を試そうとしていた。
「雑念を払って、行きたい場所を思い描く…… 」
小さな声で呟く。喪失感の乗り越え方を知った今の彼女は目の前のことに集中している。手のひらの上でゆっくりと指でサークルを作る。次第にリングが現れ、彼女はそれを近くの壁に向かって投げた。
すると、放ったリングが由美の自宅の前へと繋がっていた。彼女は魔法を使うことに成功したのだった。
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