藤次郎-8
「藤次郎」
藤次郎が夜の巡回をしていると聞きたかったあの声が聞こえてくる。おそらく自分で会いたい気持ちが強すぎて幻聴が聞こえているのだろうと聞こえないふりをしていると
「藤次郎。こっち」
またもや聞こえてきた。
ここのところ全くと言って現れることが無かったあの黒髪の少女。強く思えば来ると言っていたあの少女。自分の想いが弱いせいだろうと自身に原因を求めていたこともあった。
約束もしていた。でも、現れてくれなった。藤次郎の想い人、
「どちらですか? 佳宵様」
「ここ」
あの塀の傍に立つ一本木。その上の木の枝から素足がぶら下がっているのが見える。よく見れば木の上に身体があってこちらを見ている様にうかがえる。
「受け止めてください。藤次郎」
そう言うと、スッと木から降りる気配がする。咄嗟に槍を投げて両手をそろえ下で受け止めた。
藤次郎が受け止めた佳宵は想像以上に軽かった。以前に塀に挟まっていた佳宵を抱き上げた記憶とは大分違う。明らかに軽い。それでも、あの高さから飛ばれては尻もちぐらいは、つくというものだ。
藤次郎が仰向けに地面に寝転がっている上に佳宵は完全に乗っている。佳宵の手が藤次郎の肩に移りそのまま、顔を近づけて抱き着いてきた。藤次郎も目を閉じたまま佳宵の髪をなでて会えなかった時間を取り戻していた。
「藤次郎、わたし。もう、藤次郎に会ってはいけない身体にされてしまったの」
佳宵が藤次郎の腕の中で泣いている。そう言われた佳宵の下で髪をなでていた藤次郎ははっと我に返り、上に乗る明らかに軽い佳宵に視線をやった。
「…………」
「話さなくてもいいの。あなたの声は聞こえるから、今でも」
「……誰?」
藤次郎は目の前の少女に向かって聞いていた。自然に。
「誰? あなたは」
ハッとした表情をして身体の上に乗る少女は、
「……ごめんなさい。人違いでした。ごめんなさい」
藤次郎の身体から離れると、目を伏せて後ずさりしながらその場を離れようとした。
しかし、
「ちょっと! 待って!
違う……
人違いなんかじゃない……
だって、あなたさっき私の事を名前で呼んでいたでは無いですか。
……
……そんな……」
『……あなた様はわたしの想い人。佳宵様なのですね?』
「……そ……う……です……」
藤次郎は駆け寄り佳宵の小さくなった身体を抱き寄せた。佳宵は大きな瞳から涙がとめどなく流れきつく藤次郎にすがりついている。
佳宵は一体どうなってしまったのか? 見た目と共に身体も小さくなっている。10歳くらの童の様な外観だ。どちらかと言えば同年代の娘達より大人びていた顔つきも明らかに丸みを帯びて幼くなり、あふれる涙を気にも留めず、藤次郎の表情を伺う様に見つめて、藤次郎の胸の下から不安げに見上げている。
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