第39話 光と闇を分かつ姉弟
また、場面が変わった。
一人で野原をさまよう少年。
彼の手には父親からもらった〈お守り〉のペンダントと短剣だけ。
フラフラと歩く彼を導くものは何もなく、ただ時間だけが流れていた。 と、その時突然彼はなにかにぶつかった。
「なんだお前。クワィアンチャーか?」
少年は泣きながら謝りその男から離れようとしたが、肩を掴まれる。 男は相当酔っているようで、何かよくわからない文句を言うと、突然少年の首を絞め出した。
「お前らさえいなければ、あの子は、あの子は……お前らが……」
苦しそうに呻く少年がボロボロと大粒の涙をこぼすと不意に男の手が緩んだ。
激しく咳き込む彼に失った子の名前であろう何かをつぶやくと、男は頬に一筋の線を描いて崩れ落ちた。
その隙に逃げ出した少年は、泣きながら夜が近づき出した野原を走っていた。
また、場面が変わった。
「精霊さん、何か話しているの? 聞こえないよ」
森の切り株に座った少年がそう呟いていた。
足に怪我でも負ったのか、よろめいて歩く翼が生えた生き物が近くに寄って来る。
「君、怪我をしてるの?」
話しかけた彼に威嚇するように唸ったその生き物に少年は優しく触れた。
ビクッと震えたその生き物を撫でると、傷ついた足に手をかざす。 暖かい色の光がその傷を癒すと、その生き物は嬉しそうに彼に擦り寄り小さい炎を吐き出した。
「火を出す猫……ヴィティアだっけ。君も家族がいないの? ……一緒だね」
手に戯れるその子を見て、彼は悲しそうに笑った。
また、場面が変わった。
低い唸り声をあげながらこちらに近づく大きなエグラバー。
その鋭い爪が少年の足を引き裂いた。 と、突然飛び出したヴィティアがエグラバーに体当たりをする。
不意をつかれたエグラバーがその炎に怯み逃げ出すとその子は少年の元に駆け寄った。
「昨日の……助けてくれたの……?」
言葉がわかるのかわからないのか、優しくなでられたその猫はにゃあ、と嬉しそうに鳴いた。
また、場面が変わった。
少年は血が滲む足を引きずりながら小さな泉のほとりに辿り着いていた。 水に浸けたほうが痛みは和らぐのか、ほとりに座っていた彼に猫がすり寄った。
「ごめんねヴィティア。君は優しくしてくれたけど、僕はもう誰にも会いたくないんだ」
彼が手にしていたのは、父からもらった短剣だった。
「あぶないから離れててね」
鞘を外されたそれは鋭利な刃を見せており、彼はそれを自分の急所に向ける。
「父さま、母さま、ごめんなさい。僕、もう疲れちゃったんだ。精霊さんたちの声も聞こえなくなっちゃった。いま、そっちに行くね」
彼が目をつむりその刃を突き刺そうとした瞬間、激しい音とともに彼の頬が叩かれた。 驚いた彼が目を丸くしてそちらを見ると、突然誰かに抱きしめられる。
「どうしてこんなに小さい子が……」
そういったその人が彼に眠りの魔法をかけたのを、あたしは感じた。
場面が変わった。
少年を助けてくれた女性だろうか、その悲しそうな顔がこちらを見ていた。
「ねえ、ガク。私、あなたの記憶を消そうと思うの。眠れない日が続くのはつらいでしょう?」
「でも……」
「大丈夫、この魔法はそう長くは持たないわ。何かの拍子で戻ってしまうこともあるかもしれない。それでも、今よりはいい状況になると思うの」
少年は横たわった寝具の上で、肩に擦り寄るヴィティアを撫でて、少し目をそらして頷いた。
「消して、シェリルさん。お願い」
「じゃあ、目をつむって……」
彼女が呪文を唱え出すと、だんだんと鈍色の記憶は薄れていった。
「思い出した……ぜんぶ……俺は……」
景色が戻り、聞こえたのは今のガクの声だった。
「俺の本当の名前は、ガイラルディア・フィリップス・フォン・キュレン。 ……シェーンルグド第一王位継承者セオドールの息子。あなたは……あなたの本当の名は、ユーフォルビア。ユーフォルビア・フィリップス・フォン・キュレン……」
ミアーが彼を見つめ、いつの間にか二人の瞳は美しい琥珀色に戻っていた。
「真実など関係ない。私はこの世界を壊すだけだ」
そう言って彼女は再び、彼に剣先を向けた。
「ミアー。必要のないものなんて、生まれてこなければよかった命なんてない。あなたは、必要とされていた」
尚も言葉を続けようとする彼に彼女の剣が遺跡の壁に突き刺さった。
「うるさい! 今更何を言おうと私は……!」
と、その時、物怖じもせずガクがミアーを抱きしめた。
「両親は、ずっとあなたを探していた。いつかあなたと一緒に、家族四人で暮らせる日を夢見て。俺がいた場所が、あなたの帰る場所ではなかった。あなたの帰る場所は、元々空けてあったんだ」
崩れるように力が抜けた彼女を支えた彼が続けた。
「愛されなければ、全て壊れてしまえばいい。でも、あなたは、ちゃんと愛されていたよ。あなたの、俺たちの両親に。俺、嬉しいんだ、本当の姉さんに会えて、初めて血の繋がっている人に出会えて。だから俺も今はあなたを、愛している。それで、十分じゃないか?」
堪えていた彼女のその瞳から、琥珀色の涙が零れ落ちたのを、あたしはぼんやりと眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます