第24話 消える声

 ……眩しい。

 何かの光を受け、俺は目を覚ました。

「……ここは?」

 自分の呟いた声が反響し、返ってきた。

 薄暗い中何処からか、水が地面に落ちる音が聞こえる。

 土の匂いがし、おそらくここは外が近いのだろうと俺は感じた。

 精霊さん達の言葉は聞こえないのは自分が弱っているからだろうか。

 まだ少し頭痛がする。そうか、殴られた場所が痛むのだ。

 良からぬ予感を抑えながら、俺は辺りを少し見てみることにした。

 ゆっくりと立ち上がると手が泥だらけになっていることに気づく。 どのくらい気を失っていたのだろうか。

 どうやら岩と岩の隙間から光は差し込んでいるらしく、その光が薄暗い中を少しだけ照らしていた。 ぬかるんでいる床を歩くと、泥が水を押し出す不快な音が鳴る。

 明るさからしておそらくまだ夜が明けたばかりだろう。そうなると一晩中倒れていたことになる。 光とは逆の方向に行くと薄暗い中に錆びた金属の格子が見える。

 ……牢屋?

 まさかとは思いつつ辺りを見渡すと、やはりそのようだった。

 格子をじっくり観察してみたが、錆びている以外には何の変哲もなく、扉には錠がかかっており簡単には外に出られないように見える。

 試しに格子の一つを揺すってみたが鉄の匂いが自分の手についただけでビクともしないようだった。


 その時、同じ牢の中に倒れている人影を見つけた。

 長い蒼色の髪が土で汚れている。

「ティリス! 大丈夫か?」

 彼女の名を呼びながら揺すると、どうやら気づいたようで、小さなうめき声を発し彼女は目を開けた。

「ガク? どうして……うっ……」

 立てないほどの重傷を負っているらしく、ゆっくりと起き上がると彼女はなるべく落ち着こうとしているのか、深呼吸をする。ふと彼女の腹を見ると血が流れているのが見えた。

 そうか、絨毯に染み付いていたあれは……。

 合点が言った俺はこれまでの経緯を彼女に説明し、彼女の怪我を治そうとしたが、これ以上俺が体力を使うのはよくないというティリスの言葉に、毒を抜くだけに留めたのだった。

 ティリスは鎧を脱いでおり、少しでも傷への負担を軽くしていた。

 依然彼女の怪我は心配ではあるが、俺たちには他にも心配なことがいくつもあった。 王子、ユイナとチッタの安否、そして大臣の思惑である。

「大臣は一体何が目的なんだろう」

「国王の命令だとすれば……わからないわね。わざわざ自分の世継ぎを殺そうとするかしら。もし単独で動いているとすれば、恐らくは王の座だと思うわ。 アレン王子を亡き者にしたのち、元王をも殺すつもりでしょう」

「そんな、もしかしてアレン王子は……」

 俺の嫌な予感を否定するように、ティリスは言った。

「王子はきっと、無事だと思うわ。大臣は私を刺した時に、ことが済むまで休んでいろという主旨のことを言っていたから……」

「そうだといいんだけど……」

 と、その時、唐突に暗闇から何者かの声が聞こえた。

「アレン、アレンが生きているのか」

 とっさに振り向くと、薄暗いなかどことなく王子に似たような顔立ちの初老の男が、こちらを向いて話しかけていた。 ずいぶん弱っているようで、着ている服も随分と傷んでいるその人は続けた。

「私はエドワード。この国の王だ」

「エドワード王。何故そのようなお方が……。私、は……」

 名乗ろうとしたところで彼女は苦しそうに顔を歪めた。

 きっと腹の傷が痛むのだろう。出血が多いのか、心なしか顔色も悪いように見える。

「彼女はディクライットの騎士団のティリスです。俺はガクといいます。何故王様がこんなところに?」

 彼女の代わりに俺がこれまでの経緯を説明したところで、王が口を開いた。

「そうか、王子は、アレンは生きているのだな……よかった……」

 安堵する王様にしかし危険が迫っていますとティリスが口を挟み、ううむと唸りながら考え込む王様に俺たちは困っていた。

 王様はちょうどアレンが城を追われた頃からこの牢に閉じ込められているようで、一体外で何が起きているのかわかっていない様子だった。先程の話から考えるにここに王がいるということはおそらく大臣の単独での犯行であろう、という結論に達した。ただこの様子を見ると、王様はアレンが城を追われた事も知らなかったようで、ならば今この国を治めている王は一体……と一つ謎が増えてしまっただけであった。

 巻き込んでしまったと謝る王に、俺たちは萎縮する。

「とにかく、まずはここから出る方法を考えないと……」

 堪え切れない静寂の中俺がそう言った瞬間、急に牢屋の鍵が開いた。錆びた金属が擦れる音に、俺たちは一斉に振り向く。と、その瞬間頭にひどい痛みが走り再び床に倒れる。

 突然始まった暴行は休むことなく続いた。

 髪を引っ張られ腹を蹴られ、大きな衝撃とともに血の味が口の中に広がる。

 殴られるのは慣れていても痛いものだ。そしてこれはアシッドのときとは違う、彼らにはまだ良心の呵責があった。 憎悪の心はどうして人を悪い方へと駆り立たせるのだろう。 俺はどこを痛めつけられているのかすらわからない意識の中でぼうっとそんなことを考えていた。

 この時俺はほんの少しだけ、旅に出たことを後悔した。

 自分の業と向き合うのは、かくも辛いことなのだろうか。

 泥の冷たい感触を顔に感じ、それとほぼ同時にティリスの彼を傷つけるのはやめてという声が、遠くに消えた。

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