第19話 緋色に揺れる瞳
ふらつきながら先に進むガクを気遣いながら、あたしたちは死にゆく森の中を歩き続けていた。
「ガク、大丈夫かな……」
そうティリスに話しかけると彼女は少し瞳を揺らした。
「分からないわ。ただ、もしかしたら……」
「もしかしたら?」
聞き返すあたしの声を遮るようにチッタが叫んだ。
「向こう、向こうはダメだよ行っちゃダメ! ガク!」
ガクの手を引き一生懸命に道を引き返そうと言うが、上手くいかないらしい。
一体彼はこの先に何を感じ取ったというのだろう。
不穏な雰囲気が辺りに立ち込め、尚も止めようとするチッタに、ガクが一言離してくれと返し、その強情そうな瞳にチッタは諦めたのか、掴んだ腕を離す。
「ガク、お願い。説明して。急について来いなんて……」
彼はティリスの言葉にもあとでちゃんと話す、と言ったきり何も返さずに歩き続けていた。
先に何が待ち受けるのかわからない不安があたしたちの歩みを早める、とその時急に開けた場所に出た。
まるで木々が生えることを避けているかのように、そこは土と岩でできた広場のようになっており、その全体はクレーターのように窪んでいた。
しかし真ん中には周りの木々が生えている場所と同じぐらいの高さまで土が盛られており、まるで元々そこに何かがあったかのようにその姿を現していた。
「なんだろう……」
「湖の跡地ね。枯れてしまっているけれど……」
ティリスが怪訝な表情を見せる。
「あ、待って!」
ゆっくりと湖の跡の窪地に降りていくガクとチッタを慌てて追いかけて、あたしたち二人もそこに降りて行ったのだった。
窪地の中は当たり前だが地面が斜めになっているため、とても歩きにくかった。ガクは真ん中の土の周りを一周するつもりなのかまたゆっくりと進んでいく。ちょうど半周ほど回ったところだろうか、そこには岩のようなものが転がっていた。
興味深そうに目を丸くするチッタが突こうとすると、それは目を開けた。
文字通り、岩に張り付く八つの目。
そのおぞましさにあたしは思わず一歩後退り、ティリスが剣を引き抜きあたしの前に出た。
「こんな魔物、見たことないわ……」
剣を構える彼女の声が、心なしか震えているように聞こえた。横目にはいつの間にかオオカミ姿に変身したチッタが毛を逆立たせて魔物を威嚇しているのが見えた。
二人ともこの魔物がいつどんな攻撃を仕掛けてくるのかということに集中している。
あたしも赤い魔法石が光るロッドを、手に構えた。と、その時後方で何かが地面に落ちる音が聞こえた。
「ガク!」
チッタが叫ぶ。どうやらガクが突然膝をついたらしく、彼は苦しそうに頭を抱えていた。駆け寄ろうとするティリスに彼が口を開く。
「俺は大丈夫。それより、来るぞ!」
対峙する魔物の目がさらに見開かれた瞬間、予想外の場所からその攻撃は始まった。
地面から突然深緑色の太いツルのようなものが生え、襲い掛かってきたのだ。
突然の一撃でチッタは弾き飛ばされ、なんとか攻撃を逃れたティリスも、体勢を崩したようだった。
ツルは炎魔法があまり得意じゃないらしく、あたしをめがけてくるということはなかったが、いくら魔法がツルを焼き、 ティリスの剣がそれを切り裂いても傷付いた場所からまた同じものが生えてくるのだった。それは鞭のようにしなり、依然あたしたちを叩き潰そうとしていた。
ガクは相当頭痛が酷いのかその攻撃を避けるので精一杯のようだった。
と、その時ガクがツルに打たれ嗚咽の声とともに地面に叩きつけられる。
それに気を取られたティリスがツルに足を取られた。
逆さまに吊り下げられた彼女の体が宙に浮き、チッタが彼女の名前を叫ぶ。
もう一本のツルが彼女の右腕に巻きつき、剣を奪い取ろうと締め付けているようだった。
キリキリと締め付けるそれにティリスは苦しそうに顔を歪め、その右手からは力が抜け、ついに剣は地面に落ちてしまった。武器を失った彼女の姿はぐったりとしていて、息も荒くなっている。
早く助けないと……!
必死に攻撃をしかけるが自分に迫ってくるそれを追い払うのに精一杯で、とても彼女を助けられるほどの余裕がない。
次の瞬間、今度はチッタが尻尾を掴まれたらしく、尻尾はやだー! という声とともに吊り下げられる。
ティリスとは違い彼はツルに噛みつき、とても暴れている。
このままじゃみんなやられてしまう。どうしたら……。
と、その時横目にガクが槍を片手に先程の八つ目の岩に近づいているのが見えた。
何をするつもりなの?
私は炎の魔法を散らすことしか出来ず、チッタはまだ暴れていたがティリスは意識を失い、彼女を地面に放り出した木のツルがガクめがけて伸びた。
その瞬間、ガクが岩の目に向かって真っ直ぐに槍を突き刺した。
耳をつんざくような悲鳴。
悲鳴というよりかはガラスが割れたような音と言った方が正しいのだろうが、それは確かに魔物の悲鳴であった。
それとともに一本のツルが倒れ、一瞬全てのツルの動きが止まる。
その隙をついてツルから逃げ出したチッタが勢いよく岩に突進し、二つの目が潰れる。残りのツルがガクとチッタを止めようと一斉にそちらに向かったその時、見覚えのある剣先がそれを阻んだ。
透き通るような蒼が空に舞う。
その剣の先にいたティリスは少し得意げにあたしにウインクをした。
気を失ったのは演技だったらしい。
ガクとチッタは残りの目を潰そうとするがその目は岩で閉ざされ、簡単にはいかない。
岩? もしかして、水をかければ…!
「エーフビィ・ヴァッサー!」
あたしは何も考えず、呪文を唱えていた。
ほとばしる水に岩の部分が少しもろくなったらしい。
今よ! というティリスの声にガクとチッタが全ての目を潰した。再び聞き難い悲鳴をあげたそれは倒れ、地面に落ちた八つのツルも黒い煙となり跡形もなく消えてしまった。
「終わった……」
へたれこむガクにチッタが大丈夫か? と声をかけた。
「俺は大丈夫。それより、ティリスが……」
その言葉通りティリスの腕には鮮血の赤。どうやらツルと交戦した時に切れてしまったらしい。
「大丈夫、これくらいなら止血をすれば……」
「傷、見せて」
ガクの意外な声掛けに戸惑いながらも彼女が右腕を差し出すと彼は傷口に手をかざし、何か小さな声でつぶやいた。
ガクの周りが暖かい色の光に包まれ、重力に逆らうように彼の長い髪や衣服がはためく。
なんだろう、あったかくて懐かしい感じがする光……。
その光が止むと不思議なことにティリスの傷が跡形もなく消えてしまったのだった。
「あ、ありがとう……」
困惑の表情を浮かべながらもお礼を言うティリスに少しそっけなくどういたしまして、と返した彼の瞳はふたたび、いつものそれとは違う緋色に見えたのだった。
「ね、ねぇ! 何したの! 魔法じゃないよな! な?」
興味津々に声をかけるチッタを見て、先ほどまで傷があった場所をさすりながらティリスも口を開く。
「私もそろそろ説明が欲しいわ、ガク。星屑の髪を持つ種族である、あなたの」
「ああ、わかった」
答えた彼の緋色に染まった瞳が、また少し揺れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます