第9話 行方知れずの娘
先ほどの子供たち二人を含めたあたし達はひとまず居なくなった女の子の祖父であるこのアシッドの村長さんに会うため、ガクの案内で村中で一番大きな家の前に来ていた。
「ここだよ」
そういったガクが扉の前に立ち、何かの決まりごとなのだろうか、三回ノックをした。
誰だ、と低くしわがれた声が返り、彼は言葉を返した。
「ガクです。南の吊り橋の件でディクライットの騎士団の方が。それと……チャチャが居なくなったと聞いて」
返事とともに村長さんとおぼしき濃い灰色の髪にそれと同じ色の長い髭を携えた老人が開いた扉の向こうから顔を出した。
「旅の方、疲れているじゃろう。チャチャの話も詳しく聞きたい。立ち話もなんだから、みんな入りなされ」
「……いいんですか」
何故かそう返したガクを一目みやり、村長は何も言わずに中に入って行った。
彼はその長い銀色の睫毛を少し伏せ俯いたがすぐに顔を上げこう言った。
「みんな、入ろう」
ガクの言葉で村長さんの家に入ったあたし達だったが、事がかなり深刻なのか重い空気が漂っており、チッタでさえその雰囲気を察知し口を閉じたままであった。
大きなその広間のような部屋にはおそらく村の住人であろう中年の男の人たちが何人か立っていた。
「ディクライットの騎士団の方……と言ったな」
そう言った村長さんの言葉に、ティリスは一つ返事をし頷いた。
「伝書は届いておる。すまないがこの件は後回しにしてもいいかね。こちらも緊急事態でな」
「構いません。あの、宜しければ私達もお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
わかったと頷きながら村長さんは何か封筒のようなものに入った紙を取り出した。
「さきほど皆にも見せたが、こんな手紙が届いた。ガク、読んでみろ」
少し困惑の色を見せながらガクが手紙を受け取り、読み始める。
──娘は隠した。本当の村人には見つけることができないだろう。彼女は永遠に暗闇の中で孤独に怯え、そしてその命を果たすだろう。
「なんだよそれ……」
不穏な言葉が綴られたその紙切れの文字を彼が読んだ後、真っ先にそう呟いたのはチッタだった。
「厚かましいようですが、脅迫文にしては変な手紙ですね。本当の村人……ではないとすれば、私達旅人のことでしょうか」
そう流れを切ったティリスの言葉に村長さんはいや、と一言告げ、首を傾げる彼女に彼は続ける。
「おそらく、このガクのことだろう」
あたしは思わず驚きの声を上げてしまった。
「でもガクさんはこの村の人、だよね?」
そう言ったあたしに、ガクは再び俯き村長さんはごほんと一つ咳払いをした。
周りにいた村人は黙りこくっている。
触れちゃいけない話題だったのかな……。
とにかく、と重い空気を断ち切った村長さんが言った。
「わしのかわいい孫娘がさらわれたのじゃ。心当たりがあるものはいないか」
村人たちが顔を見合わせ、何かコソコソと話をしだす。
その視線の先にはまたしても銀髪の青年、ガクの姿があった。
村人達と何か確執があるらしいその人が何かを言おうと口を開けたその瞬間、再び村長さんが口を開いた。
「お前じゃないだろうな?」
「そんなっ!」
そう半ば叫ぶように言ったガクに村人は非難の声を浴びせた。
いったいこの村はどうなっているのだろうか、これでは単なる弱いものいじめである。
ふとティリスを見るとなぜか深刻な顔つきで目を逸らされてしまった。
彼女の緑色の綺麗な瞳が何かを知っているかのように揺れている。
「俺はそんな……あの子を誘拐して何の得が……」
絞り出すように言葉を漏らした彼に追い打ちをかけるように村長さんが言った。
「お前があの子を助けたように装えばこの村での居心地が良くなる。理由は一つ、それで十分じゃないか?」
彼に投げかけたその目は冷たく、まるで憎んでいるようなものであり、あたしは少し恐怖を感じていた。
止まない村人の野次の中から邪魔だという言葉が聞こえたその時、遂に彼は堰が切れたように駆け出し、逃げるように村長の家から出て行ってしまった。
「待てよ!」
追いかけようとしたチッタが扉をくぐる前に振り向き、こう言い放った。
「おじさん達最低だかんな! あいつ絶対違うもん!」
再び重い空気が部屋を包む。
ふとティリスの顔を見るとなぜかとても落ち込んでいるように見え、あたしが声をかけようとしたその時、彼女が口を開いた。
「私達も様子を見てきます」
村長さんの家からそう遠くないところに彼らはいた。
「ガクさん!」
そう声をかけたティリスを一瞥した彼はチッタに声をかけ、こちらに歩いてきた。
「先ほどは……」
何か声をかけようとしたティリスにいいんだ、と彼は一言返し続けた。
どうやら言葉を交わさずとも二人の間では何かが伝わったようだ。
「それより、村長の孫がいそうな場所に心当たりがあるんだ。俺はチャチャを探しに行く。悪いが君たちはここで待っていてくれないか? ……あの様子だとこの話が収まらないと君たちは用事を終えられな……」
「俺たちも行く!」
彼が言い終わる前にチッタが叫んだ。
目を丸くするガクに彼は一つ首を傾げて言い直す。
「俺たちもチャチャちゃんを助けに行く!」
「で、でも……」
戸惑うガクにティリスも言った。
「私もついていきます。……早く用事を終わらせるためには、ね?」
そう言って微笑んだティリスの表情にはガクへの気遣いが隠れているようで、困惑しながらも彼は頷いた。
「分かった。……で、君はどうする? 危ないだろうから村で待っていたほうがいいと思うけど……」
「あたしも行きます」
心配そうな表情を見せる彼にあたしは付け加え、笑った。
「騎士団の人もいるし、大丈夫」
「そう……じゃあ行こうか。心当たりのある場所は、ここから東に半刻ぐらい歩いたところにある」
そう言って歩き出した彼を追い抜いてチッタが走り出した。
「じゃあそこまで競争な!」
「ちょっと! 遊びじゃないのよ!」
そういったティリスの声が聞こえているのかいないのか、チッタはどんどん遠ざかっている。
ただの迷子捜し、その時あたしたちはそうとしか思っていなかったのだった。
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