第八十一話「救出作戦:その1」

 ローザとアメリアは白の賢者の説得に失敗した。

 白の賢者はローザたちを捕らえるべく、「殺さない程度に攻撃しなさい」と部下たちに命じる。


 部下の魔術師たちが杖を向けようとする前に、アメリアが動いていた。

 縮地と呼ばれるスキルを使い、白の賢者の横に立ち、その首に短剣を突き付ける。


 これは元々考えられていたシナリオだった。黒の賢者と対立しているとはいえ、セブンワイズの一員である白の賢者がハイヒュームになったライルを解放するはずはないと考え、準備していたのだ。


「動かないでください。もちろん、魔術も使わないようにお願いいたします。魔力が動いたことを感知すれば、即座にその喉を切り裂きますので」


 あまりの素早さに白の賢者はもちろん、部下たちも反応できなかった。

 白の賢者はアメリアのステータスやスキルを確認していたが、それは魔導具によって偽装されたもので、自分に危害を加えられるのはローザだけだと思い込んでいた。


 部下も同様に、相手がエルフであるため、接近戦を挑んでくるのは竜人族であるローザだけだと油断していた。


 ローザはローブを脱ぎ去り、愛刀“黒紅くろべに”を引き抜く。


「白の賢者を傷つけられたくなくば、武器を捨てよ!」


「こんなことをしても無駄よ。我々にとって私の命よりハイヒュームの方が重要なのだから」


 白の賢者は勝ち誇ったように言うが、アメリアはそれを無視して白の賢者をローザに引き渡す。


「既に分かっていると思うが、某も魔力を感知できる。下手な動きをすれば、刀の錆になると心得よ」


 その言葉に白の賢者は小さく頷く。


「では、手筈通りに」とアメリアは言い、白の賢者の部下たちに暗黒魔術を施していく。


 抵抗する者もいたが、「抵抗すれば殺します」と言い、それでもなお抵抗した者には急所を一突きして実際に殺した。

 それを見た部下たちは大人しく暗黒魔術を受け入れていく。


 抵抗した1人を除き、全員に催眠を掛け終えた。


「外にいる者たちを解散させなさい。黒の賢者に研究で手が離せないと伝えるよう伝令を送りなさい……」


 部下たちに指示を出し終えると、白の賢者に近づき、仮面を取った。

 仮面の下には30代前半くらいの美しい女性の顔があったが、それは作り物めいていた。


「あなたも私の魔術を受け入れるように。抵抗すれば、拷問を行います」


「無駄よ」と言った瞬間、アメリアは短剣を白の賢者の右肩に突き立てた。


「ギャァァ!」という激しい悲鳴が響く。しかし、アメリアはそれに構わず、突き立てた短剣を抉るように動かし、更に苦痛を与えていく。


 白いローブが血で染まる。

 そして、30秒ほど経った時、傀儡にした白の賢者の部下に治療を命じた。


「血を止めるだけで結構です。すぐに同じことをしますから」


 その言葉に部下は神聖魔術を掛けていく。


「では、もう一度聞きます。私の魔術を受け入れますか?」


「で、できない……ギャァァ!」


 言い切る前にアメリアの短剣が左の手の甲を貫いていた。

 苦痛にもがくが、膂力に勝るローザがしっかりと押さえているため、叫ぶことしかできない。


 30秒ほど苦痛を与えた後、同じように治療を命じると、白の賢者は力なくうなだれていた。


「もうやめて……」と掠れた声で呟く。


「では、受け入れますか」と聞くと、白の賢者はコクリと頷いた。


 白の賢者もレベル600を超えているが、治癒師ということで荒事は苦手だった。100年ほど前までは迷宮探索にも参加しており、その頃であればもう少し苦痛に対して耐性があったが、今では僅かな苦痛すら感じたことはなかった。


 そのため、拷問という野蛮な行為をためらいもなく行うアメリアに恐怖し、あっさりと屈服した。


 アメリアは元々、魔人族の間者であり、四天王の1人、“魔眼のベリエス”の配下だった。潜入だけでなく、工作員として拷問などの必要な技能も有している。

 アメリアは隷属魔術を白の賢者に施した。


「意外に脆かったですね」と笑顔でローザに言うが、ローザは表情を硬くしていた。


「ライル殿を助けるためとはいえ、あまり気持ちの良いやり方ではないな。いや、アメリアを非難しているのではない」


「分かっております」とアメリアはきれいなお辞儀をすると、「時間がございませんので、早急に動きましょう」といい、白の賢者に新しいローブに着替えるよう命じた。


 白の賢者は言われるままにローブを着替え始める。

 その間に残っていた部下たちに指示を与えていく。


「あなたはお嬢様と私にも白いローブを用意してください。あなたはこの死体をマジックバッグに入れて隠すように……」


 そして5分ほどで準備を終えると、白の賢者と5人の部下と共に黒の賢者の研究棟に向かった。



 ローザとアメリアは、七賢者セブンワイズの研究所内を悠然と歩いていく。


 研究棟では黒の賢者の部下である研究員たちが魔力増幅用多層魔法陣の起動準備を慌ただしく行っていた。

 そこに白の賢者が現れたため、研究員たちは何ごとかと思い、動きを止める。


「黒の賢者様の依頼でやってまいりました。大規模な実験であるため、実験体に身体的な影響が出た場合に対応してほしいとのことです」


 アメリアが感情を押し殺したような口調で説明する。


「なるほど」と研究者は頷く。治癒魔術の第一人者を用意した上司の周到さに、尊敬の念を感じていた。


「まずは現在の状況を確認させていただきたいのですが?」


 その言葉に研究者は一瞬迷いを見せたが、相手は紛れもなく七賢者の一人であり、「こちらへどうぞ」と案内を始めた。


 ライルとモーゼスは研究棟の中の一室に収容されていた。

 一応、監視の兵士が付いているものの、スールジア魔導王国で最も安全なセブンワイズの研究所の奥深くということで、ほとんど警戒していなかった。


 ローザとアメリアは同時に動いた。

 ローザが研究員を、アメリアが監視の兵士を一瞬にして倒す。


「では、ライル様の暗黒魔術の解除を」とアメリアが白の賢者に命じた。


 白の賢者は小さく頷くと、ライルの額に手を当て、魔力を注入していく。白い光が部屋を照らしていった。


 しかし、1分ほど経ったところで、白の賢者は魔術を止めた。


「強力な隷属魔術が多重に掛けてあります。解除するためには数時間は掛かると思います」


 抑揚のない声でそう言った。


「そなたは白の賢者であろう! 同格の者の魔術の解除にそれほど時間が掛かるとはどういうことなのだ!」


 ローザが興奮気味に詰め寄るが、白の賢者は「黒の賢者が編み出した特殊な魔術であるためです」と答え、ライルの額に浮き上がった魔法陣を指さす。


「どうすればよいのだ……」とローザは苦悶の表情を浮かべる。


「魔法陣の研究家であるモーゼス様なら、解除する方法をご存じかもしれません」とアメリアが言い、白の賢者に解除を命じた。


 白の賢者の右手から真っ白な光が漏れ、モーゼスを包んでいく。

 30秒ほどで光が止まると、モーゼスは小さく首を横に振り、「ここは……」と呟いた。


「モーゼス殿! 私のことが分かるか!」とローザが声を掛けると、


「ローザ君か……黒の賢者は? ここは?」とまだ混乱が収まっていない感じで周囲を見ている。


「ここはセブンワイズの研究所だ」


「研究所? ああ、確かに……」と見覚えのある場所だと気づく。モーゼスは以前、ここで魔法陣の研究を行っていたのだ。


「黒の賢者はあなたを殺すと脅し、ライル殿に強力な隷属魔術を掛けたようなのだ。白の賢者に解除させようとしたができぬと……どうしたらよいのか、教えていただきたい」


 ローザは縋りつくようにして頭を下げる。

 モーゼスは横にいるライルの表情を見て、何があったのかと混乱する。

 そこでアメリアが掻い摘んでこれまであったことを説明し、モーゼスはようやく事態を理解した。


「ここに魔力増幅用の魔法陣があったはず。それを使えば、白の賢者の魔術も効く。ただ、複雑な魔術に対し、力業で解除することになるから、安全は保証できない……」


「しかし、このままではライル殿はセブンワイズの実験材料にされてしまう。どうしたら……」


 ローザの嘆きにアメリアが「危険ですが、やるしかありません」と告げる。


 ローザは焦点の合わないライルの姿を見て、「ライル殿……」と呟くが、すぐに毅然とした表情に変えた。


「ライル殿なら危険を承知で挑むはず。モーゼス殿、よろしく頼みます」


 それだけ言うと、ライルを立ち上がらせ、しっかりと抱き締める。


「必ず元に戻す。今しばらくの辛抱だ……」


「では、行こう。場所は私が知っている」と、モーゼスは自身が設計した魔法陣の場所に案内した。

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