第五十三話「リンゼイの戦い」

 4月23日午前7時過ぎ。

 グリステート守備隊第2小隊長である私ルーサー・リンゼイは撤退の指揮を執っていた。


 撤退と言ってもただ逃げ出すわけではない。

 部下はもちろん、探索者シーカー魔物狩人ハンターからも志願者を募り、この町で敵を少しでも引き付ける。


 スタンピード発生からまだ丸2日も経っていない。住民たちの最後尾は恐らく20キロほどしか離れていないだろう。

 だから私は彼らが少しでも遠くに逃げられるよう時間を稼ぐためだ。


 ライル君が時間を稼いでいる間にミスリルランクの生き残り約30名と私の直属の部下7名は城門の外に無事脱出した。


「これより時間稼ぎを行う! ただし、志願する者だけだ! 逃げたい者はスタウセンバーグに向かっても構わん! 無理強いはせん!」


 私の言葉にシーカーたちがざわめく。


「時間がない! 残ってくれる者は手を挙げてくれ!」


 私の問いに20人ほどのシーカーが手を挙げた。手を挙げなかった者のほとんどが怪我人か魔力が切れた魔術師で、足手まといになると思って辞退したのだ。その証拠にいずれも悔しそうな顔をしている。


「撤退する者のためにゴーレム馬車を用意してある! 避難民に追いついたら、彼らを守ってやってほしい!」


 部下の一人が馬車のところに案内していく。残った者たちに対し、命令を伝えた。


「狭い家屋を利用して可能な限り、敵を引き付けてくれ! どのような手を使っても構わん。できるだけ多くの魔物を引き付けてほしい」


 この命令は死ねと言っているのと同じだ。

 溢れ出てくる魔物は少なくともレベル350を超えるオーガ以上だ。その後には更に厄介なレベル400を超えるデーモンやナイトメアなどの悪魔系の魔物が待ち構えている。

 運よく生き延びても悪魔の後に出てくるレベル450を超える上位のアンデッドに殺されることは間違いない。


 それでもシーカーたちは笑顔だった。


「隊長があんたでよかったよ。あのいけ好かない中隊長だったら間違いなく、俺は逃げ出していた」


「俺もそうだ。町の連中を守るためだが、あんな奴の命令なら聞かずに逃げたぜ」


 そんなことを言いながら、町に散っていく。その言葉に死地に向かわせる負い目を感じた。


 私自身、中隊長のマーカス・エクレストンには言いたいことが山ほどある。この状況で逃げ出したこともそうだが、王国貴族として、そして王国軍の将としての気概を一度も見せなかったからだ。


(あんな奴が魔導伯家の嫡男とはな……まあ、エクレストン家はこれで終わりだろう。オルドリッジ連隊長がおめおめと逃げ出した奴を許すはずはないし、第一、既に王都にも伝令が飛んでいる。守備隊が全滅した後に生き残っても処刑されるだけだ……)


 スタウセンバーグにいる連隊長、オーガスト・オルドリッジ男爵は硬骨漢として有名だ。伯爵家の当主に正論を吐いてスタウセンバーグに飛ばされてきたが、それでも意見を変えていない。そんな彼なら私たちの悔しい思いを必ず汲んでくれる。


(まあ、逃げ切れたらの話だな。転移魔法陣は悪魔に使われないように破壊したし、ゴーレム馬は奴の物を含め、すべて脱出用に使っている。徒歩で逃げるにしても、訓練に参加したこともない奴が遠くまで行けるとは思えない……)


 そんなことを考えるが、すぐに3名の部下を引き連れ、商業地区に向かった。一度、魔物たちの叫び声が聞こえたので、ライルたちが用意した魔導具が敵を倒したのだろう。


「この後、どうするのでしょうか?」と部下の一人が聞いてきた。


「商業ギルドの建物で敵を待つ。あの建物は頑丈だし、そこから先に向かわれては困るからな」


 商業地区はこの町の北側にあり、商業ギルドの前を通る道はスタウセンバーグに通ずる街道につながっている。そこで待ち受けて、少しでも北に上がっていく敵を減らそうと考えていたのだ。


「とりあえず、どの程度時間があるかは分からんが、ギルドに着いたら朝飯だ。一昨日のうちに作らせた料理がここに入っているからな」


 笑みを浮かべながら肩に担ぐ収納袋マジックバッグを見せる。


「さすがは隊長ですね」と部下たちも笑うが、恐らくこれが最後の食事になると分かっているはずだ。


 商業ギルドに入るが、予想通り誰も残っていない。慌ただしく出ていった割には乱れた感じもないから、予め用意してあったのだろう。


 朝食を終え、魔物が来るのを待つが、2時間経った午前9時になっても現れない。


「彼らが上手くやってくれたようだが、それにしてもなかなか来ないな。もしかしたら、あれで打ち止めだったのかもしれんな」


「それならいいですね」


 そう言ったところで敵が現れた。


 そこにやってきたのはオーガだった。

 低く吠えるような声を上げながら、街道に出ようとしている。

 部下たちと共に用意しておいたクロスボウにボルトを装填し、私の合図で一斉に発射した。


 太矢を受けたオーガだが、それだけでは致命傷とならず、怒りの表情でこちらに向かってくる。

 私は剣を構えて道に躍り出ると、そのオーガの胴に渾身の力で剣を叩きつけた。

 それが致命傷となり、オーガは光になって消えた。


「お見事です」と部下が労ってくれるが、すぐに次の魔物トロールがやってきた。


 同じようにクロスボウを使い、傷を負わせた上で剣で始末する。

 5体ほど倒したところで、新たな敵が現れた。


 それは悠然と空を飛ぶ悪魔デーモンだった。

 まだ、こちらには気づいておらず、ゆっくりと空を飛んでいる。生き残りがいないか探しているのだろう。


「ここで音を出す。それに気づいて近づいてきたところでクロスボウを放つんだ」


 そう言いながらもデーモンにクロスボウが効くとは思っていない。

 ライル君が使っていた魔銃があればと思わないでもないが、あれは特殊な才能がいるらしいから持っていても使えないのであまり意味はない。


 ギルドの入口の扉を大きな音を立てて閉める。

 バタンという音が無人の町に響き、その音に気付いたデーモンが旋回しながらこちらに向かってきた。


 獰猛そうな顔に嫌らしい笑みが浮かんでおり、逃げ遅れた獲物を見つけたと喜んでいるのだろう。

 無警戒に道に舞い降り、こちらに歩いてくる。その巨体と存在感に僅かだが恐怖を感じた。


 窓の下で待機している部下たちに手で撃てと合図し、自らも扉を足で蹴り開けてクロスボウを放つ。

 同時に部下たちも放っており、4本の太矢がデーモンを襲う。

 しかし、太矢は見えない障壁に阻まれ、傷を付けることすらできなかった。


 私たちの奇襲にデーモンは怒りの表情を浮かべ、飛ぶように走ってくる。


「ここで迎え撃つ! 私が正面を受け持つから、お前たちは後ろから攻撃しろ! だが、魔術には充分に注意するんだ!」


 相手のレベルは恐らく420ほどだ。

 しかし、私も今回のスタンピードでレベル400を超えた。一対一なら分は悪いが、相手を止めるだけなら可能なはずだ。


 どこから出したのか分からないが、デーモンは巨大な漆黒の剣を右手に持っていた。それをだらりと下げているが、その姿に隙はない。

 無造作に建物の中に入ってきた。


「掛かってこい!」と挑発し、剣を構える。


 達人のような鋭い足捌きで、一気に距離を詰められ、刃渡り1.5メートルはあろうかという剣を叩きつけてくる。

 受けては吹き飛ばされると思い、バックステップで初撃を回避する。その間に部下たちが後ろに回り、攻撃を仕掛けようとしていた。

 その時、デーモンがニヤリと笑うのが見えた。背筋に冷たいものが流れる。


「何か仕掛けてくるぞ!」とだけ叫ぶが、部下たちはそれに応えることなく、剣を叩きつけていく。


 私も嫌な予感を振り払い、剣先を相手の心臓に向けて突進した。


 次の瞬間、デーモンを中心に床から炎が上がる。吹き抜けのホールの天井に届くほどの巨大な炎に、全身を焼かれる。しかし、ここで止まるわけにはいかない。痛みを無視して身体ごと突っ込んでいった。


 部下たちも同じように攻撃を継続したが、デーモンは円を描くように剣を水平に振ることで部下たちの胴を輪切りにした。そして、その勢いのまま、私も両断しようとしてくる。


 部下たちの死に悔恨の念が湧くが、それを無視して最後の力を振り絞り、剣を投げつけた。

 私の咄嗟の行動にデーモンは理解できないという顔を一瞬するが、次の瞬間、心臓付近の魔力結晶マナクリスタルが砕け、光の粒子となって消えていった。


 私を焼いていた炎は消えたが、自らが焼かれる不快な匂いと全身の痛みに、自分が助からないと悟った。


(もう少し敵を倒したかったが……家族は無事だろうか……)


 最後に目に浮かんだのは妻と幼い子供たちだ。


(もう一度会いたかった……)


 そこで私の意識は途絶えた。


■■■


 ミスリルランクのシーカーたちもリンゼイと同じように奇襲を行い、少なくない敵を倒した。

 しかし、悪魔系の魔物が溢れてくると、リンゼイと同じように差し違えることでしか倒せなくなった。


 4月23日が終わる頃にはほとんどのシーカーは死に絶えていた。

 彼らの決死の行動により、悪魔たちが町の中の生き残りに目を向けた。そのため、脱出した住民たちに向かう魔物は激減した。

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