第12話 登校
いつもより登校の時間は早いが準備完了。そして、もう既に準備を終えた人のところへ向かう。
「準備できたー?」
ふんふん、と鼻歌を歌いながらご機嫌にスマホを弄っていた
不安だったPTSDの症状もなく熟睡した桃仙はスッキリした表情。これなら大丈夫。安心である。
だが、鬼に出会った時は気を付けなければならない。恐怖シーンがフラッシュバックする可能性がある。また、時間が経ってから恐怖に苛まれる人もいる。経過観察が必要だ。
彼女の足元には男物のバッグ。昨日彼女のバッグは引き千切られたため、羅刹が使っていないバッグを貸したのだ。
「一度ウチに寄るけど、護衛をお願いね!」
「それはもちろん。だけど、それで外に出るのか?」
「んっ? 何か変?」
桃仙が着ているのは学校指定の体育服。どこもおかしいところはない。制服が破かれてしまったからこれしか着るものがないのだ。
キョトンと首をかしげた彼女は、気まずげに顔を逸らしている羅刹に気づいた。
ひょっとして、昨日パジャマに使ったから不衛生だと思っているのだろうか。少しくらい目を瞑ってくれと言いたい。
そこで桃仙は気付いた。彼が潔癖症だとしても、気まずい表情にはならないはずだ、と。
何か付いているのか、と自分の身体を見下ろす。
「なにも付いていな……いひぃっ!?」
最後に変な声が出た。乙女が出していけない声を出した。そして、わかった。わかってしまった。羅刹が気まずい顔をしている原因に。
体育服の上からはっきりとわかるその女性の身体の一部分。服を押し上げる胸のポッチがくっきりはっきりと浮き出ている。
桃仙はノーブラだった。
油断した。すっかり忘れていた。昨日の夜からブラを付けていない。
サッと両手で胸を隠すと、羅刹に背中を向ける。顔や身体が熱い。
暗に伝えてくれて助かった。このままだと公然わいせつ罪で捕まるところだった。
とても助かったのだが、同級生の男子に見られてしまったことが滅茶苦茶恥ずかしい。
気まずい雰囲気の中、桃仙は消えそうなか細い声で願い出る。
「……服、貸してくれない?」
何も言わず服や上着を用意する羅刹。無言で着る桃仙。
準備ができた二人は玄関へ。話は蒸し返さない。暗黙の了解だ。
「
「ほえっ?」
靴を履いて玄関のドアを開けようとした時、羅刹から声がかかって振り向いた瞬間、そっと前髪を上げられた。
羅刹は親指で額を撫で、血を付着させる。
「これで良し」
昨日も行った血のマーキング。臭いは薄れるため、一日に一回はこうして上書きした方が良い。
「どうかしたか?」
「っ!? 何でもない! 早く行くよ!」
トクントクンと激しく脈打つ心臓を悟られないよう羅刹を急かす。でも、やっぱり外に出るのは恐怖心がある。おずおずと手を伸ばすと握ってくれた。
昨日から何度も繋いだ大きな力強い手。安心する。
二人は手を繋いで玄関のドアをくぐった。
登校するのには少し早い時間帯。二人が通う天蓋高校へと行く前に、桃仙の家に寄るのだ。
今日の授業の教科書は家にある。それと、下着をどうにかしたい。上はノーブラ、下は過激な紐パンである。
紐パンに慣れ始めて癖になりそうな自分がいる。取り敢えず、次に勝負下着を買う時は候補に入れておこう。
「ねえ嘘つき君。昨夜はどうだったの? 鬼は……襲ってきた?」
「襲ってきたぞ、眠り姫。五十匹ほど」
「ご、五十匹!?」
「子鬼は群れをつくりやすいからな。一時間に一グループくらいの割合だ。そう考えると少ないだろ?」
「い、言われてみれば。六匹グループが八時間で四十八匹か……いやいや騙されるな私! 五十は多い数字だぞ!」
騙されないよ、と羅刹の手をギュッと握る。
桃仙には言っていないが、今現在もこちらの様子を伺っている気配がある。気づいているぞ、とチラリと紅い瞳で睨んで威圧。襲ってくることはないようだ。
恋人のように歩くこと十五分ほど。桃仙の家に到着する。
「お邪魔します」
「どーぞどーぞ。多少汚れているけど目を瞑ってね」
飲みかけの水が入ったコップがテーブルに放置されたままだったり、洗い物をしていなかったりしたが汚くはない。生活感あふれる心地の良い乱雑さだ。
二階建ての一軒家。一つ気になるとしたら、一人分の生活しか感じられないことだ。
自分の部屋に案内し、彼が目を瞑っているのを確認して着替える。クラスの男子の前で着替えるのは恥ずかしいが、別室で一人で着替えている時に攫われるかもしれない。そう考えると恥ずかしい方が良い。
そう言えば、異性を家に上げたのは初めてだ。ちょっと緊張する。
守ってくれてるお礼に少しくらいは目を開けても怒らないんだけど、と彼の様子を確認。紳士に背を向けている羅刹。
尊敬と同時に自分に興味ないのかと若干傷つく。
「
「美人。いや、
「……だろうね」
こんな紐パンを穿くのだから。胸はHカップだし。
「俺は親を知らないんだ。姉さんたちと血は繋がっていない」
「えっ? そうなの?」
「ああ。生まれたばかりの俺は姉さんたちに預けられた。小さい頃、姉さんたちを『お母さん』って呼んだら怒られたよ。お姉ちゃんたちはお姉ちゃんなのって。お母さんは何時か会いに来るからって」
「いいお姉さんだね」
「ああ。ちなみに、母とはまだ会ったことはない。そして、父はもう亡くなっているらしい」
「……そうなんだ」
複雑な家族関係だが、姉は愛情を与えて育ててくれた。感謝してもしきれない。
いつか母と出会う時が来るだろう。でも、恨み言を言うつもりはない。その時は胸を張って笑顔で会いたい。
「そろそろ着替え終わったか?」
「あ゛っ! ちょ、ちょっと待って!」
ドタバタと着替える音がする。あいたっ、と悲鳴も上がる。一体何をしているのか気になる。
「も、もういいよ。お待たせ」
目を開けると、頬を赤くしたクラスのマドンナがいた。急いで着替えたのか息も荒い。
服装は体育服に学校指定のジャージ。制服の予備は持っていないのだという。
「先生には制服破れたって言えばいっか。何とかなるでしょ!」
バッグは羅刹の物をそのまま使うようだ。男物だが似合っている。
二人は自然と手を繋いで家を後にする。
登校や通勤の時間だ。通りには多くの人間が足早に歩いている。
羅刹は軽く周囲に幻術をかけて認識を逸らしている。おかげで余計な気を使わなくて済む。
「あれっ? あれは
高校まであと少しというところで、桃仙が通学路に佇む一人の少女に気づく。
電柱の下で分厚い本を読んでいる綺麗な少女。彼らのクラスメイト、
待ち合わせだろうか? 本から目をあげない。
それにしても、ただ佇んでいるだけで実に絵になる。反則的な綺麗さ。
「阿曽媛君?」
そっと手を離した羅刹に疑問を覚えて、桃仙は彼の横顔を見上げた。そして驚く。紅い瞳が鋭い輝きを放っていたのだ。
紅葉はこちらに気づいたのだろう。ふと顔を上げ、手に持った本をパタンと閉じる。
―――その瞬間、澄んだ音が鳴り響いた。
眩暈のように視界が揺れる。それと同時に冷水をかけられたかのように全身を襲う寒気。毛が逆立ち、耳が痛い。急激に気圧が変わったあの痛みに似ている。
足音が近づく。
「人払いの結界を張りました」
有無を言わせない冷たい口調で紅葉が告げる。
「阿曽媛羅刹さん、無駄な抵抗はせず、大人しく彼女をこちらに引き渡してください」
その手には、赤黒く輝く鋭利な日本刀が握られていた。
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