突撃

 今夜も平山先生と。もう三回目。そして今から入るのは、


『カランカラン』


 行きつけのバー。ちなみに二人でディナーを食べてから、バーに来たコース。最初の二回はお昼ご飯だったけど、三回目で夕食まで漕ぎ着けた。エヘヘヘ、順調、順調、とりあえず、そういう仲になってる。だから鳥以外の話しもいっぱいしてるんだ。


 平山博士の名前は守っていうんだよ。卒業は港都大。港都大は鳥類研究も強くて、花鳥センターもその一環みたいなところで良さそう。今回、合同調査隊に加わらなかったのは、カネもなかったけど、日本で送られて来た情報の分析主任みたいな役割を任せられたと見ても良いと見てる。


 それとね、タダの学者バカじゃなくて、学生時代はアメフトやってたんだ。それもQBで、関西の二部だけどベストQBに選ばれたことがあるぐらい。


「翌年は一部に上がったんだけど、全敗。関学や立命戦なんてエライ目に遭ったよ」


 でもね、でもね、スポーツマンらしく爽やか。背も高くて、顔もかなりのイケメンでシノブ好み。なんかラガーマンだったミツルを思い出しちゃった。ミツルもスタンド・オフだったものね。


 もう間違いない、シノブは平山博士に惚れてる。恋してるし、愛してる。はっきり言うと夢中。早く次の段階に進みたいけど、大事な点は確認しとかないと。まずは独身で未婚。バツイチだってかまわないけど、とにかく奥さんはいない。さすがに不倫愛で泥沼の略奪愛までやりたくない。後は付き合っている彼女がいるかどうか。


「これでも学生の時は、もててたんだよ」


 だろうな。これで彼女の一人も出来てなかったらウソだもの。


「どうも卒業してから、誰も振り向いてくれなくなって・・・」


 平山博士が鳥類学の俊英なのはウソでもなんでもないんだけど、そのために卒業後は研究に打ち込んだで良さそう。それぐらいしないと学者として生きていけないし、それだけ打ちこんだから山科教授に目を懸けられてるのだけど、冗談抜きで女どころじゃなかったのは信じよう。


 でも、ここは肝心な点だから念を入れて聞いたんだ。そりゃ、伊集院さんを愛梨にさらわれたのはシノブにもトラウマだもの。彼女じゃなくとも、密かにあこがれ続けてるとか、親し過ぎる女友だちとか。


「いないよ、いれば夢前さんとこんなところに来ないよ」


 いいや、伊集院さんは来てた。


「夢前さんも疑い深いな」

「そういうけど・・・」


 思い切って言っちゃった。伊集院さんとのこと、


「えっ、伊集院さんって、あの伊集院教授のこと・・・堅物で有名な伊集院教授がウルトラ美人でお金持ち御令嬢の神崎さんをゲットしたのは驚いたけど、夢前さんが競り合っていたなんて」

「負けちゃったけど」

「ならボクはラッキーかも。そこで夢前さんが勝ってたら、こうやって一緒にご飯なんて食べられなかったろうし」


 そうとは言えるけど、


「私が勝ってたら、隣は神崎さんだったかもしれないじゃありませんか」

「いや、ボクだったら夢前さんの方が百倍イイよ。伊集院教授の趣味は変わってるよ。神崎さんは美人だけど近寄りがたくて。家でもあんな感じなのかなぁ」


 あははは、そうだよね。それは今だって変わらない。冷たいぐらいの近寄りがたい雰囲気があるものね。あの愛梨が実は純情ツンデレの極致で、家では旦那ラブに熱中しまくってるって聞いたら驚くだろうな。


 愛梨が結婚して、もう一年になるけど、あの異常なほどの旦那ラブは衰える様子すらないんだものね。ちょっと前だっていきなり電話がかかってきて、


『愛梨は取り返しの付かない過ちをしてしまった』


 もう半狂乱の泣き声で、かけてきたのは実家からだった。何をやらかしかたと思ったら、旦那のシャンプーを切らしてんだってさ。だから伊集院さんは愛梨のシャンプー使ったみたいだけど、それを聞かされた愛梨はいきなり家を飛び出して実家に帰っちゃったんだ。


 これを伊集院さんが愛梨の実家まで迎えに行って、泣きじゃくる愛梨を連れて帰るのに一騒動。シノブまで結局付きあわされたものね。それだけ旦那ラブするのは悪いこととは言わないけど、あの相手は半端なことじゃ出来ないよ。



 愛梨の事はともかく、シノブは平山博士の言葉を信じる。平山博士は伊集院さんに負けないぐらい、いや伊集院さんよりもっと素敵だよ。二十代で結婚出来なかったのは悔しかったけど、待っただけの甲斐がある男だ。


「その言葉、信じてイイよね」

「もちろんさ」


 これで気持ちは確認できたよね。ここで平山博士の告白を待つのもあるけど、今回は待たない。待って失敗したのを忘れるものか。


「でしたら、どうか付きあって下さい」

「えっ、このボクと」


 伊集院さんの時は待ちすぎた。待ちすぎて逃がしちゃった後悔は今もあるんだ。だから、一目散に突撃する。


「夢前さんは専務、それもエレギオンHDの専務。それに較べてボクは花鳥センターの研究員」

「それがなにか。平山博士は男、私は女。それ以外になにかありますか。私は博士の好みではありませんか」


 これが女神の口説き文句。世の中、どうしても釣り合いを考えちゃうじゃない。でもね、でもね、エレギオンHDの専務になっちゃってるから、釣り合いなんか言いだしたら相手がいなくなっちゃうじゃない。平山博士はしばらく考えてから、


「なんか夢見てるみたいだけど、ボクでイイのかい」

「申し込んだのは私です」


 その夜からマモルって呼べるようになったし、


「じゃあ、ボクはハルカって呼んでイイのかな。なんか照れくさいけど」

「ハルカはやめて」

「じゃあ、夢前さん」


 もうシノブは決めてる。


「シノブって呼んで」

「どうしてハルカじゃなくて、シノブなんだ」

「お願い、理由はそのうち話すから。でも私のことをシノブって呼ぶのは特別の意味があるぐらいに思ってくれたら嬉しい」


 そうハルカじゃなくて、シノブと呼んでくれる男になって欲しいんだ。その夜の帰りに熱い口づけももらった。マモルには言ってないけど、夢前遥のファースト・キスだよ。今度は逃がさない、今度こそシノブの運命の男。


 伊集院さんの時にはエレギオンHDの専務だったことを伏せたのも結果として失敗だったと思ってる。今回は始まりが始まりだったから、そこは問題にならなかったのはラッキー。最後の難関を二人で突破しよう。運命の男ならきっと出来るはず。

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