怪鳥騒動記

Yosyan

アステカ暦

 今年はシノブがクレイエール入社してから七十六年目、エレギオンHDが出来てから四十一年目、そして夢前遥が三十一歳になる年。シノブはユッキー社長や、コトリ先輩と三十階住まいなんだけど、今夜も酒盛り。


「コトリ先輩、歴女の会の頃が懐かしいですね」

「そやなぁ」


 クレイエールで歴女の会を作ったのはコトリ先輩で初代会長。シノブだって元会長。


「歴研と討論会やった頃は、シノブちゃんはまだ女神やなかったもんな」

「そうそう、ごく普通の人の結崎忍でしたよ。お別れパーティの夜も覚えてますか」

「忘れるかいな。ミサキちゃんとマルコにどれだけ見せつけられたことか」

「マルコがお姫様抱っこでキスしまくりでしたものね」


 そこにユッキー社長が、


「そんな会だったんだ」

「ちょっと違うけど、まあそんな会。とくにお別れパーティは盛大やった」

「なんのお別れだったの」

「女神とお別れ、コトリとお別れのつもりやった」


 ユッキー社長はちょっと小首を傾げて、


「それってカズ坊のマンションに来る前の話?」

「そうや。四百年ぶりに五女神がそろた時や」


 神々との対決やエランの宇宙船騒動もあったけど、あの時の二人の対決が一番怖くて凄まじかった。見た目は平然と会話を交わしながら、首座の女神と次座の女神が本気で離れて組み合ってたんだものね。


 もちろんあの時にシノブもいたんだけど、ソファから身動き一つ出来なかったもの。あれも動かすまいとする首座の女神と、そうはさせまいとする次座の女神のつばぜり合いだったんだ。部屋中にピリピリするというか、あれは殺気が渦巻いてた。


 なんとか二人の妥協が成立してマンションから生きて帰れたけど、消耗しきったコトリ先輩は玄関で倒れて意識不明となり入院となり、二週間も目を覚まさなかったぐらい。そんな二人が同居してニコニコと話をしてるんだから世の中不思議なものだ。


「また歴女の会やりたいですね」

「そやなぁ。でも、ムリやなぁ」


 そうなのよね。出世しすぎちゃってコトリ先輩が副社長でシノブが専務。


「でも二人でも出来るやんか」

「だったら、わたしも入る」

「それやったら三十階の歴女の会でもやるか」


 歴女の会って言っても三人だけだけど、


「クレイエールの歴女の会の始まりも、こんなノリやってんよ」

「でも輪は広がらないですよ」

「そこは言わない。アカネさんは無理でもミサキちゃんは入るで。元会員やし。シオリちゃんも入るかもよ」


 ユッキー社長が、


「でも、クレイエールの歴女の会はミーハー歴女の集まりだったはずよ」

「あれも楽しいけど、三十階は本格派やろうや。シノブちゃんもだいぶ目覚めたし」


 伊集院さんとムックした富士川は燃えたものね。


「コトリ、ところで何読んでるの」

「世界の怪奇現象」

「好きだねぇ」


 どちらかと言わなくとも合理主義者のユッキー社長に較べると、コトリ先輩はその手の怪奇現象がお好み。


「UFOとか」

「ホンモノが来たやんか」


 だよね。あれだけ文明が進んでいたエランでも、時空トンネル使ってやっとこさ地球に到達だし、宇宙探検もかなりやったみたいだけど、地球以外で知的生命体の存在どころか生命体の痕跡さえ見つからなかったって言うし。


「そう言えば、ちょっと前に調べてたのは?」

「アステカ暦」


 マヤ文明とするのがポピュラーだけど、中南米で栄えたメソアメリカ文明で使われていた暦のこと。


「一の葦の年が気になってな」


 メソアメリカ文明の掉尾を飾るのはアステカ帝国だけど、たった三百人のスペイン人コルテスに滅ぼされちゃうんだよね。その時の原因の一つとされるのが『一の葦の年』ともされてるんだ。


「アステカ暦は十三日周期の数字で表す日付と、二十日周期のモノを現す日付の組み合わせで表してたんや」

「十干十二支みたいなものですね」

「さすがシノブちゃん、理解が早いわ。アステカ暦は十三干二十支ってところやな」


 日本の干支表記も今は年しか使われてないけど、かつては、


 ・日干支

 ・月干支

 ・年干支


 この三つが使われてたんだよね。


「そういうこっちゃ。アステカ暦も一年は三百六十五日やってんよ。そこでやけど二十日周期の方を一ヶ月にしとったらしい」

「でも五日余りますよ」

「アステカ暦では一年は十八カ月で、それぞれの月の名前が付いとったけど、最後の五日は無名の月にしとったらしい」


 そうなんだ。


「それとアステカ暦の場合は年を数える時は日と違ったんや」


 干支の場合は日も、月も、年も数え方は同じだけど、アステカ暦では十三の数字は同じでも、物を現す方は四つしか使わなかったんだって。


「二十日周期のうち、三・八・十三・十八番目だけ使とって、家、うさぎ、葦、石刀になるんや」


 元年が「一の家の年」で、二年が「二のうさぎの年」って感じね。


「この組合せは五十二年で一回りする。干支やったら還暦って感じやな」


 そっか「一の葦の年」は五十二年に一回しか回って来ないんだ。マヤ文明というかメソアメリカ文明も長いんだけど、アステカ暦がいつから使われてたかになるけど、


「遅くとも紀元前五世紀ぐらいから使われたみたいや。メソアメリカでは天上には十三の層があると考えられていたから、十三は神聖な数字として扱われ取ったでエエやろ」

「じゃあ、二十日の方は」

「こっちはようわからんけど、二十進法やったという説もあれば、両手両足の指が二十本やったという説もある」


 メソアメリカ文明ではかなり早くから定着してた数え方ぐらいと見て良さそう。


「スタートの日ってわかってるのですか」

「うん、スペインがアステカ帝国を制圧した時に、キリスト教の布教のために古くから伝わる書物を集めてほとんど焼いてもたんや」

「そのためにメソアメリカ文明は謎のベールに包まれてしまったとされてますよね」


 それでも生き残った書物の中にチラム・バラムの書があるんだって、そこのオシュクツカブ年代記が計算の根拠らしいけど、


『一五三九~一五四〇年のカレンダー・ラウンド十三アハウ七シュルの日にトゥンが終わる』


 なんじゃこりゃ、


「これはマヤ暦の読み方になるんやけど・・・」


 マヤ暦では十三アハウが日付で、七シェルが月の名前になるんだって。アハウは二十日周期の二十番目、シェルは十八か月制の六月ってところ。トゥンは長期暦の数え方の一つで三百六十日の単位だそう。


「同時にカトゥンの終りも一緒やねん」


 カトゥンは二十トゥンになって七千二百日になるんだけど、トゥンの終りとカトゥンの終りが十三アハウ七シェルになるのは一万八千七百年に一度ぐらいしかないから特定できるんだって。


「計算はコンピュターに任せたらエエんやけど、マヤ暦のスタート日は紀元前三一一四年八月一一日になるんや」


 メソアメリカ文明の長期暦はこの日を期限にして何日目って表現が使われるんだって。


「もっともやけど、スタートの日なんて、日本の神武天皇の即位日みたいなもんでエエと思うで」


 シノブもそう思う。紀元前五世紀ごろに神官たちが、様々な神話や伝承を組み合わせて捻くり出したんもんだろうって。

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