第46話 とある『少女』の話 sideエイミ


 エイミは、かの『ローゼンタール王国』の生まれだった。

 それも、ただの市民などではない。

 国お抱えのの生まれである。それに加え、その総帥を祖父に持つ、生粋の暗殺者だった。


 エイミは幼い頃からその才覚を発揮していった。

 当時、総帥にしか使えなかった『認識阻害魔法』を経った1ヶ月足らずで覚え、様々なスキルを人外の早さで習得していく──そんなエイミが『神童』だと言われるようになるのも時間の問題であったと言えよう。


 だが、彼女はずっと隠していた。

 己のうちに刻み込まれた呪いカースを。

『経験値が得られない』という、この世に於いて致命的なまでの欠点りふじんを。


 しかし、隠し通せる筈もない。


 同世代の同胞こどもと限り無く開いていた技量センスが、レベルによって覆され、そして、抜かされてゆく。


 これを不審に思わない人物はいないだろう。彼女は『スフィンクスの血』を強引に飲まされ、真実を全て吐くこととなった。


 他の同胞からは笑われ、大人からは落胆の目を向けられた。


 自分のことを神童と持て囃しておきながら、弱さが明るみに出た途端コレである。

 結局は、嫉妬していた、ということなのだろう。

 

『目の上のたんこぶが、勝手に自滅してくれた』

 そんな風にしか思っていなかったのだ。


 いつまで経ってもレベルが上がらないエイミに、親すら匙を投げた。


 だが、総帥祖父だけは違った。


 ずっと呪いカースを解く方法を調べてくれていた。

 その時のエイミにとって、祖父は光だった。厳格で少し怖いところもあったが、彼だけが頼りだったのだ。


 だけど、解く方法はついぞ見つからなかった。


『カースブレイク』でもエイミの呪いカースは解けなかったのである。


 エイミに転機が訪れたのはちょうどその時だ。

 簡単に言えば、


『これはだよ。君はもう要らないんだってさ。アハハッ! コレがボクの初仕事ってワケさ!』


 昔の2番手──今は言うまでもなく1番手──の同胞に、そう言われたのを今でも覚えている。


 希望が音を立てて割れたような気がした。

 祖父が命令した、という事実はエイミの心を完全に閉ざしてしまったのだ。


 そこからはがむしゃらだった。


 魔法とスキル、持ち前の器用の高さを最大限に使い、なんとか逃げ切った。

 代償に髪をザックリいかれたが、命に比べれば安いものである。

 エイミは得物のボーガンを持って貨物馬車に乗り込み、ローゼンタール王国を発った。


 元々、エイミの髪は流麗な桃色だったが、いつの間にか色は抜け落ち、今や白髪はくはつとなってしまった。

 日の当たり方や角度によってようやくピンクっぽいな、と感じられる程度だろう。


 だが、これは寧ろチャンスであった。


 エイミは自分の髪を更に短く切り、碧眼を隠せるフードを頂戴(盗んだ)して、自分がエイミだとバレないようにした。

 バレれば殺されるからだ。


 そうして済し崩し的に始まった逃避行だったが、正直に言えば地獄だった。


 盗みやスリ、空き巣などは当たり前。

 殺しが出来ればもっと楽だったかもしれないが、ついぞすることはなかった。勇気が無かったのだ。


 しばらくの間、スリがバレそうになっては街を転々としていたエイミだったが、このジガートを訪れたのが運の尽き、当のゼン達にバレてしまったのだ。


 失態だった。今まで誰一人としてエイミに気付けなかったことで、増長してしまっていたのである。


 結果、ああなった。


 食事も満足に取れず、水だけで過ごす生活を幾度となく繰り返す。ゼン達の酷い仕打ちにエイミの心は更に閉ざされていった。

 呪いカースのせいでレベルは上がらないから、パーティに入ることは出来ないと馬鹿正直に言ったが、無理矢理入れさせられた。


 エイミは冒険者を、いや、世界中の人々を憎んだ。


 レベルがあるから、コイツらはこうなった。

 レベルが無いから、私はこうなった、と。


 市場で買い物をしていた黒目黒髪のあの少女だって、いずれ皆みたいになってしまうだろう。そう思っていた。


 その日、その少女からスったお金で、何故か15000サリスのポーションを買ってしまってスゴく後悔したのを覚えている。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 こんな苦しい日々が始まって2ヶ月が経った頃、私は、とある会話を耳にした。本当に偶然だった。


「3人組の冒険者パーティーの『夜狼やろうの爪』が怪しい?」


「    」


 息を飲んだ。


『夜狼の爪』とは、あのゼン達のパーティー名のことだ。

 話を聞くかぎり、既にスリのことや、私のことが掴まれているようであった。


 終わってしまう。

 頭の中がそれだけで一杯になった。

 私はすぐに、そのことをアイツに報告した。


「あァ~、じゃあそのガキ殺して、ズラかるかァ~」


「こ、殺すんですか………?」


「あァ? テメェもイケねぇことたくさんしてんだろうが。黙って従っとけ」


 言葉に詰まった。

 言い返せないのが恥ずかしい。

 私は従うことしか出来なかった。


 今になって思えば、ゼンの言っていた『俺たちは』とはつまり、そう言うことだったのだろう。


 全く、人生だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 そして、今に至る。


 私は、彼女にポーションを飲ませている間に、左腕に装着していたボーガンで、ダンジョンのひび割れをのである。


 ダンジョンは、殺し場に適切過ぎる。死者が出ても誰も疑わない。だから、はたくさんあった。


 その中には、『ダンジョン内での落石の誘発』、なんてものもある。今回は、それを使う。


(あの辺、かな)

「……ふっ!」


 エイミの小さな力でも力強く飛ぶように作られたボーガンは、祖父からの贈り物だ。

 その矢は迷うことなく飛んでいき、目的のひび割れに命中した。


(……よし)


 ボーガンなんて長いこと使っていなかったし、矢も1本だけだったが、どうやら上手くいったようである。

 天井が崩れ始めた。


 私は彼女を抱え、強い魔力が感じる通路へ向かって思いきり放り投げた。


 彼女と目が合う。私は泣きそうになるのを堪えながら、精一杯の笑顔で言った。


「メル様が生きるべきです。死ぬのは、私の方が丁度良おにあいですから」


 嘘偽りない本心だった。

 ずっと汚れてきたエイミより、彼女が生きるべきなのだ。

 私たちの間に、ダンジョンの残骸が落ちる。


(……あ、そうだ)


 ずっと、

 聞きたいことがあったんだった。


 震える口を開く。


「わたしは──、いえ、は、役に立てましたか……っ?」


 崩壊。

 その言葉が、彼女メルに届くことはついぞ無かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……」


 完全に、分断した。


 彼女メルの元にはゴブリンジェネラルは1体もいない。

 そういう風に落としたのだ。


 だが、

 だからこそ、

 その12体が、こちらにいる。


「……っ」


 私の残りの仕事は、ただ、

 恐怖なんてない。

 そう……恐怖なんて…………。


 これは贖罪だ。

 今までの報いが、来ただけだ。


────これで、終われるんだ。

 そう思うと、少しだけ胸が軽くなったような気がした。


『ゲギ……』


 奴らが、獲物わたしで遊ぶかのようにゆっくりと近づいてくる。


 残りの距離は5m。

 それが、私の寿命だ。


 残り3m。

──今まで大変だった。


 残り2m。

────これで、終わるんだ。


 あと、1メートル。


「……っ」


──────出来れば、


 ……っ。


 エイミの倍以上ある棍棒が振り上げられる。

 その時だった。

 唐突に、3体のゴブリンジェネラルが、


「────へ?」

『ガプァ?』


 私と奴らから間抜けな声が上がった。

 それを機に、次々と目の前にいた奴らが爆砕していく。


『「!?」』


 そして、それは聴こえた。


!!」

「…………ぁ」


 私でも、ましてやゴブリンジェネラルのものでもない声が、近くの通路から響いてくる。

 見知った声だった。

 の、声だった。


(あぁ……あぁ……!)


 エイミは驚きを隠せない。

 どうすればこの入り組んだ迷宮で自分を見つけられるのか。

 それ以前に、なぜ、こんなエイミを助けに来てくれたのか。


 そして、

 そんなエイミの前に、彼女は姿を表した。


「………え?」


 だが、エイミの口から出たのはそんな素っ頓狂な声だった。


────無理もない。

 なぜなら、彼女メルの容姿は、からだ。


 

 長く伸びた鼻。

 鋭い八重歯に、黒く尖った爪。

 極めつけには、頭から耳が生えている。


(……!?)


 見たこともない獣人だった。


(……でも──)


 僅かに、

 けれど確かに、

 メルの面影を残した獣人少女が、そこにはいた。


「エイミ、助け迎えに来たよ」


 エイミの英雄が、そこにいた。


 

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