作家勇也

 作家勇也の異世界ファンタジーは、激戦の末、勇者に敗れた美人魔王が、かくかくしかじかで、宅配便になる、という設定のお話である。

 作家勇也は、思うがままに筆をすすめ、その物語は終盤に差し掛かっている。

 

 そんな彼の作品において魔王とその御一行は、どういうわけか今、賭博に興じている。読めばわかるが、宅配便という設定が、全くいかせていない、そんな、残念な作品である。


「どうしてこうなったのかしらね」と、魔王がため息交じりに、愚痴をこぼす。

「行き当たりばったりだから仕方ないよ」

 勇也が、悟ったように、ものをいう。

「まず、プロットを書かないとね」

 そういうのは、仲間の妖精さんである。妖精さんはふたりいる。火の妖精さんと、雪の妖精さんである。このふたり、よく名前を間違えられてしまう。なので、雪の妖精さんが、火の魔法を使うシーンが、散見される。

「生涯、癒えることのない大やけどを負いました」と、雪の妖精さんが、言ったとか、言わなかったとか。


 作家勇也は、プロットを書くのが面倒だと思っている。どうせ、筆を進めたらストーリーとか変わるし、時間の無駄じゃね? みたいな。

 そんな彼は、いわゆる天才肌タイプの作家、なのである。


「はぁ……。私、また、火の魔法を使わないといけないんでしょうか」

 憂鬱そうに、雪の妖精さんが弱音を吐く。彼女は魔王の肩に腰掛け、両手で頬を包んでいる。

「これからは、火の魔法を使う時は、あたしが勝手に火を使えばいいんでしょ」

「うん、そだね」勇也が相槌をうつ。

「まっかせて」と元気よく、火の妖精さんが答えるのを待って、魔王が口を挟んだ。

「その場しのぎではなく、なるべくなら、作家勇也に、大事なことを気づかせてやりたい。例えば、そうだな、プロットの重要性とか、推敲の必要性とか、な」

「名前のミスくらいなら、ちょっと読み返せば気付きそうなものですよね」

 雪の妖精さんが、ぼそりと呟く。


 作家勇也は、一切推敲しない。読み返すのとかまじだりぃ。彼は、思い付いたものをそのまま読者にぶつける、いわば天才肌タイプの……。


「読み返してくれさえすればきっと、物語はもっとよくなる。私はそう思う」

「そうしたら、いろんな人に読まれるかな⁉」

 火の妖精さんが、目を輝かせている。

「そうね。そうしたら、必然的に、このジキルとハイドみたいな仕様に気付く人が増えて、ある優しい読者様がそれを指摘してくれて、ついに、この私が、氷専属になるというのも、もはや、夢ではありませんね」

 雪の妖精さんは妄想を膨らませている、が。

「でもさ、指摘されると逆ギレするかもよ」

「あっ、それは……、そうですね」

 勇也に指摘され、雪の妖精さんは肩を落とす。


 作家勇也は、何があろうと、他人の意見を取り入れない。批判は敵、駆逐すべき悪しき行為、そう信じている。ゆえに、天上天下唯我独尊。つまり天才肌……。


「おっ」

 誰ともなく声をもらす。

 気楽にやっていたキャラクター達の、動きが止まる。

 彼らは、誰にも読まれていない時だけ、自由に動くことができる。


 その硬直は、すぐに解け、再びキャラが自由に動き出す。


「また2秒の読者かな」

 火の妖精が、首を傾げている。

「速読の達人、ともっぱらの噂だね」

 勇也が茶化すが、そんなわけはないので、ただむなしいだけである。


「このあとの展開ですけど……、勇也、なにか思い当たることはあるかしら?」

 そう尋ねるのは、雪の妖精である。

 もちろん勇也は、首を横に振る。

 いきあたりばったり、ノープラン、矛盾も辞さないそのスタイルより生まれし小説は、九分九厘、作家勇也の気分で、ストーリーの展開がきまる。例えば、妖精が登場する映画をみれば小説に妖精が登場する。

 こんな具合に、作家勇也の思うまま、物語が出来上がっているわけだが、ここでなによりも大事なのことを、皆様にお伝えしたい。

 作家勇也は、小説家として生計をたてようとしている。

 いやいや、どう考えても、無理でしょ。寝言は寝てからいえ。


 作家勇也は、現在、無職である。夢はあるけど金はない。そして貯金もなければ、稼げる見込みもない。だけれども、なんと、借金だけはない。それが、唯一の誇りである。


「宇宙人が攻めてくる、みたいな雰囲気があるけど、気のせいかな?」

 勇也がそういうと、他の3人は、目を伏せた。

「実は僕が、宇宙人だったとかね。そんなオチになったりして」

「笑えないわね」

 夢オチ、妄想オチ、神様オチと同じように、タブーとされる結末、宇宙人オチを、勇也は仕掛けようとしているとかしていないとか。

 ちなみに、前作は、主人公が実はロボットだったというオチだった。


「作家になろうとしているくせに、彼は全く本を読まないからねぇ。ありきたりなアイデアに気付くなんて絶対無理だし、ストーリーの展開も、ほんとうまくならないんだよねー」

 分身である勇也が他人事ひとごとのようにそういうと、何だか、腹も立つが、天上天下唯我独尊の境地に至る天才肌タイプの作家勇也は、当然、努力を惜しむ。


「どうにかして、いい方向へと導きたいものだな」

「例えばさ、逆に、火の魔法を使ってみるのはどう?」

 そう提案するのは、雪の妖精さんである。

 あえて間違えることで、作家勇也にミスを気付かせ、校正の機会を与えようという魂胆だ。

 そのアイデアに誰もが頷く中、魔王が話題を変える。

「賭博場に、宅配便の要素を何としても持ち込みたいのだが……。そうすれば、大事な設定の軸が大きくずれていることに、作家勇也も気付くだろう」


 賭博場の魔王御一行はこれから、ギャンブルをする。ルーレットかもしれないし、丁半かもしれない。それはまだわからない。

 とりあえず彼らは、情景描写すっかすかの賭博場にいる。おそらく酸素はある。え? あるよね? そんな、空間である。


「まずは、書かせるだけで、いいんじゃないかしら、」

 雪の妖精さんが挙手しながら発言する。

「そうすれば、近々に消滅するような自体は避けられます」

「たしかにね」勇也が首肯しゅこうする。「今からこの世界を修正しようとしても、ちょっと無理があるというか、一度、やり直すくらいの大幅修正が必要な気もするし」

「キャラが勝手に動き出すという感覚だけで味わってもらえれば、こと足りる、か」


 そうして、なんの前触れもなく、キャラ達の動きが鈍くなり、半分自由で、半分不自由な、そんな世界が構築され、つまりそれは、作家勇也が執筆をはじめたということと、同義であった。


 魔王も、勇也も、ふたりの妖精も、ほんとうに勝手に動き出した。

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