8
日の出の時間になっても、朝は暗い。
ただ、うっすらと雪が灯りの代わりになっている。
「堺」静かに堺の元に近付く。署内の自販機で売っているコーヒー缶が、崩れながら並んでいる中で聞こえる寝息…
バンッ!
「っはい!!」……パァンッ!
こいつも頑張っているからな。と、机を叩いたのにも関わらず、寝起きでのとんでもない声量を間近で聞き、つい頭を叩いてしまう。
「あっ…、失礼しましたっ!」パァンッ
「聞き込みで運転だから寝るのは自由だ。だがな…、その声何とかしろ。」
「はっ!…は、はいっ。」
「叩いた理由は後で考えろ。こっちも、むやみやたらに体力は使いたくない。で、絞れたか?」
堺は、さっと今いる場所を察し、手元のメモを見ると、僅かに残っていたコーヒーを飲み干す。
「は!…はい。えー、ここで出てくる人物を先ずは当たるしかないと思います」「当たり前だ。」
「えー…。先ずは身内の人間が存命であり居場所がわかれば、優先度は高いです。が、なんせ、ここには殆ど出てきていません。別として、祖母の親族や辻村雅樹と名乗る人物と共に、向かいにある辻村家の聞き込み、それと、おばあさんのトキさんが毛糸を買いに行ったお店と、真咲という人物が誰か、かと思います。」
「あとは、近所と学校や仕事先か?」
「えぇ、それ位しかありません。あとは…まだ家を調べたい気持ちが強くあります。」
「もう隅々まで調べられてるのにか?」
「はい。勿論私情を挟んではいけませんし、調べ上げられた所をほじくり返されても良い気はしないのも分かってます。ですが…、竹内さんは、何故部屋はあの状態で、何故あんな死に方をしたか。気になりませんか?
それと、俺からはなぜだか事件とは違う気がして…。」
「まぁ、言っては悪いが、俺達が担当してるからには、自身が納得しなきゃならない面もある。だがな…堺」
「はい。」
「お前の武器となるのが、目か耳かあるいは勘かは知らんがな、俺にはもう、部屋を含めあの家からは大したものは出てこないと思う。俺もお前も自分の話はしてこなかったが…直感だな。
ここまで徹底的に消されたら、それ以上残せるものはあるか?」
堺の眼は俺から離れ、どこを見ていいか定まらない。
「まぁ…な。こんな狭い地域で、聞き込みに行けばたちまち噂になる。だから時間をずらさなきゃならない。」
「はい。それに、マスコミが…」
「あぁ、変に膨らませやがる。会見は見てないから、どう捉えたか知らんが、奴らに俺らもそうだが、さっき言ったように、狭い地域…良く言えばコミュニケーションがとれてる街に、変な噂を立たせちゃならん。」
「はい」
「だがな。いくら寝てるだろう時間に聞き込みしようが、逆に変な噂になる事もあるんだよ。でだ、もう少し時間が経ってから行きたいと思ってる。
でだ。お前が話したかった事聞くぞ。」
「いや、今言う事では無いですし…」
「お前、あれだけ言いたくて聞いてほしそうな顔をしたのは、じゃあ何だったんだ?あれは感情のままに流れたやつか?」
堺の様子を見て、竹内はコーヒーを作りに行く。
湯気の上がるカップを差し出し
「たまにはな、ちっぽけでも優しさに触れておけ。気張ることも大事だが、時に自分を抉る凶器にもなる。
まぁ、お前に任せるが、一口飲んで落ち着けたら聞く。
…俺は、娘を亡くしてる。事故と始末されたが自殺だと、一番身近な家族に言われた。家族なのに何にも気付いていなかった。」
温かいカップを握り、一口ゆっくり飲む。
「…いやぁ、温かさが身に染みますね。ブラックは苦手ですが、美味いです。」
堺の机にある缶をよく見ると、微糖ばかりだ。
「すまん。砂糖かミルクいるか?たっぷりあるぞ。」
また一口、もう一口
「いえ、せっかく竹内さんがいれてくれたので。冷めたのと全然違いますね。
…俺は何なんだろう。って、思うんです。」
竹内は、カップにコーヒーをいれ椅子に座り、
声には出さず「話せたらで構わん」と堺を見つめる。
「俺には、大切な親友も、6年付き合った彼女もいます。…小さい頃から親には「なるべく相手との時間や話す言葉を大切にしなさい」って言われてきたので、もうじき30になりますけど、SNSやネット全般についてはさっぱり分かりません。遅れていようが何だろうが、気になりませんでした。でも、人間って困った時、そういうものに頼りたくなるんですかね…。俺の知らない事が沢山…他人だろうが見る事が出来る場所に、誰にでもなく…心の声として。今じゃ毎日必ず見る始末ですよ。」
混乱がコーヒーを一気に飲ませる
そして、空のカップを優しく包みながら堺は言う。
「向こうの親とも仲良かったんで、聞いたんですけど、さっき竹内さんが言ったように体と気持ちが拒絶しちゃって…」
竹内は、自分のカップを堺に差し出す。
「甘いのなんて飲まないのくせに、作っちまったから。」
ふふっと堺は笑うと
「竹内さん不器用過ぎます。有難くいただきますけど」ほんのり優しい色になっているコーヒーを一口飲み
「俺、怖いっす…。日記を見てると、もういないんじゃないか?って…」
「この世にか?」
「探し続けるべきか、気持ちを考えてやるべきか…同じ空間に居るようで、そこに居なかった気持ちを。俺は長い間、誰と一緒にいたんでしょうか?抜け殻の親友と彼女?
ただ面倒くさくなって俺の前から居なくなったのならまだマシです。」
「因みにだが…それは相手の親は何か言ってるのか?」
「親友は分かりません。その話題は避けたいみたいで…。彼女は体調を崩して、その理由が俺にあるんじゃないかと、御両親には関わらないでほしいと。」
「なぁ、いいか?」
「はい」
「お前はどうしたい?寝たのも、お前の現実逃避からだとしたら、これからもっときつくなる。僅かな証拠が日記だ。ある意味ブログやSNSと変わらん。お前が迷ったまま捜査に出れば足でまといになるから外した方が賢明とも取れる。お前はどうしたい?それに…、いつかこんな時が来る事やこれからもあるかも知れん。率直な気持ちはどうなんだ。」
「俺は…、向いてないかもしれません。」
ふぅーっと息を吐き、天井を見る。
「…分かった。お前を外す。」
光を帯びない瞳が竹内を見る
「外すのはあくまで、日記についてだ。聞き込みや捜査には俺に着いてきてもらう。お前にはしんどいかもしれんが、それでも「はい、分かりました」と甘っちょろい事を言ったら許さん。
全力で当たれ。全力でお前の勘と直感を活かせ!
もう少ししたら向かいの辻村家より先に、辻村雅樹の家に行くぞ。いいか?直感と苦しんだ思いを、人間だけじゃない。場所からも探れ!」
「……、はいっ」
外はゆっくりと明るくなってきた。
白く、何色にも変わる空へ
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