第3話 ホーリーズ家の歴史
「ねぇ、母さん?」
「なあに?」
「ホーリーズ家って本当に奇跡の聖女の子孫なの?」
「そうね。母さんはそう聞いてる」
「本当に私が現聖女で母さんは先代の聖女なの?」
「そうね。その筈よ」
「お婆ちゃんが先先代の聖女で、ひいお婆ちゃんが先先先代の聖女なの?」
「そうね。ホーリーズ家に生まれた長女が聖女になるって言い伝えだから」
「そうやって千年だか二千年だか遥か遥かの大昔から、聖女の力を受け継ぎこの国を守り続けてきたのが、私達ホーリーズ家なのよね?」
「そうね。そうやってこの国を代々守り続けてきた筈だわ、私達」
「ーーーーどうやって?」
「…………」
「どうやって国を守ってきたの?」
「…………」
「母さんがこの質問に答えられないのは十分理解してる。けれど、私としてはやっぱり聞きたいのよね。以前は母さんも私と同じ立場だったんだから、私の気持ちが分かるでしょう?」
「うん……そうね。私も若い頃はお婆ちゃんにいつも同じ質問ばかりしてた。けれど、明確な答えなんか一度も返ってこなかった」
「だから母さんは朝と昼と夜にお祈りするようになったんでしょ?」
「そうね……。何か……たとえ形だけだとしても聖女らしい事をやっていないと不安で不安で仕方がなかったから……」
「じゃあ、やっぱり祈りを捧げるだけで実はもの凄い効果があるんじゃない?」
「いいえ。ひいお婆さんは神様とか信じていない人だったから祈った事なんか一度も無いはずよ……。信じているのはお金だけだって、いつもそう言ってたから……」
「じゃあ、いったいどうやって私達ホーリーズ家は聖女として国を守ってきたのよ⁉︎ 何か……何かホーリーズ家の力の秘密を記した日記みたいな物は本当に無いの⁉︎」
「それなら前に一度見せたじゃない。ほらっ、アンタが十歳の誕生日の時に見せたアレよ」
「アレは……『国から出るな』って、書かれただけのただの古い日記じゃない。あんなのじゃ、ホーリーズ家が本当に聖女なのか証明できないわ。他には無いの?」
「…………」
「じゃあ……聖女の奇跡の力が本当にあったのは一番最初のなんとかって人だけで、あとの子孫はやっぱり全部偽物だったって事なの⁉︎」
「…………」
「これじゃ、リチャード王太子殿下が言っていたように一番最初の聖女だって本物かどうか分かったもんじゃないわ!」
「…………」
「あっ……ごめん母さん。母さんに言っても仕方がないよね、こんな事……」
「いいのよ、セシリア。気にしないで」
「…………」
「…………」
「…………」
「ーーでも、これで良かったんじゃない? 母さんはそう思うな」
「……え?」
「私達ホーリーズ家の長女はさ、聖女の末裔だからって理由で望まぬ大舞台に祭り上げられて、台本なんて物も用意されてないのにただひたすら無理矢理にみんなが思い描いている聖女を演じさせられてきた訳じゃない……?」
「うん……」
「私達は一度だって自分の事を聖女だなんて言った事はない。あくまでも周りが勝手に言っていただけ。聖女の子孫なんだからお前も聖女なんだって……」
「うん……」
「母さんが思うには、きっと大昔の人々は聖女という目に見える女神様を仕立て上げる事で安心感を得ていたんじゃないかな?」
「目に見える安心感……?」
「女神様に側で見守っていて欲しかったのよ……きっと。そんな風にして大昔の人々は過去の辛い出来事を忘れたかったんでしょうね……」
「…………」
「何百年も何千年もずっとそうやってきたのよ。そんな長い長い時間をかけて、今ようやく人々は心の傷を癒し自分達の足で歩き始めた」
「女神様の元を……離れ始めた?」
「ーーええ、そうね。私達ホーリーズ家の役目もようやく終わりを迎えたって事かしらね」
「…………」
「それに、いくら一方的な誤解だとしても女神様だなんて大そうな誤解をいつまでも解こうとしないのは、みんなに対して嘘をつき続けているのと同じだもの。いくら悪気はないと言ってもね」
「うん……」
「私達は望まれて聖女を演じていた。ううん……実は本当に聖女なのかもしれない。実際、みんなが幸せになれるよう毎日祈りを捧げていたし。そのおかげなのか、永く平和な時間が続いている。それと引き換えに私達は計り知れない強いプレッシャーやみんなを騙しているんじゃないかって不安感にずっと悩まされ続けてきた訳だけれども……。いくら富と名声を約束されても、私達の生活には安らぎは無かった……」
「うん……」
「だからもう終わりにしましょう。私達ホーリーズ家が本物だろうが偽物だろうが、今は聖女だなんて誰も必要としていない……。互いに聖女の呪縛から解放される日が遂に来たのよ。笑ってそれを受け入れましょう、セシリア」
「……分かった。ごめん母さん。そして、ありがとう」
「何よ、急に改まって……」
「ちゃんと答えてくれたから……」
「…………」
「…………」
「これから幸せになりましょう、セシリア」
「うん」
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