第128話 春はすぐそこだ

「聖ルシアード一択ですが」

「ああ、見学会もまずそこに行ってたもんな」

「ガルツはどこにするんです?」


 彼も成績は良いし、何より家格が良い。希望すればどの学院でも行けるだろう。


「一緒の聖ルシアードですか? あ、それともエミライツです? あそこって文系最高峰って言われてるらしいですね。もしくはガルツが家を継ぐことを考えると、やはり領地経営などに特化したシューマリオンですか」

「いや、レイザール」


 あっさりと言われた言葉に、スフィアは耳を疑った。


「レイ、ザール……って、え!? そこって確か、騎士になるような方達が行くところじゃ」


 基本的に、騎士は爵位を継げない次男坊や、腕に自信のある平民や下級貴族がつくような職である。騎士爵とは言われるも、その称号は一代限りであり正式な貴族とは数えられない。

 少なくとも、三大公爵家の長男が行くような学院ではないと思えた。


「本気ですか、ガルツ!?」

「親父も同じ反応したよ」


 ガルツは苦笑していた。 


「セヴィオに行ってさ、自分には何も力がないって事がよく分かったんだ」


 自分の掌を眺めるガルツ。彼の横顔が弱々しく見えるのは、きっと気のせいではないのだろう。掴みたくても掴めない事に抗うように、ガルツは何度も手を閉じては開いてを繰り返していた。


「お前を助けたいって思って一緒に行ったけどよ、結局ベレッタ姐さんやロクシアン先輩に助けられてばっかで、俺、何も役に立たなかったなって」

「それは、ベレッタ姐さんもロクシアン先輩も大人ですし、得られるものが違いますから仕方のないことでは……」


 自分だとて、特に何か出来たというわけでもない。


「私も今回の件は、周囲の皆さんの力を借りただけですし」

「俺はその、周囲の力ってのに数えられたいんだよ」


 そんなことを考えていたのか。


「……それじゃあまるで、私の為に学院を選んだみたいじゃないですか。そんなの、私は望んでません」


 彼の人生なのだ。彼自身が彼の為に選んでほしい。


「ガル――がごふっ!?」


 スフィアが反対するために、ガルツ、と口を開こうとした瞬間、突如口に何かを流し込まれた。


「――ッいや、まっずぅぅぅ!!」


 カップに残っていた、絶対飲むまいと昔より決めていた真緑の飲み物を、無理矢理飲まされてしまった。よく半分以上飲めたな。


「ガルツよくも――っ!」

「勘違いすんな。俺は俺の為にレイザールに行くんだよ」

「へ?」

「どうせ黙ってても俺は公爵になるし、貴幼院では生徒会長だし、頭も悪かねえ。社交界で必要になる事は全部家庭教師から学んでるし、正直、俺はそこらへんの貴族に負ける気はしねえ」

「その通りですが腹立ちますね」


 まあ、家格に頼りたくないと言っていた彼だ。その分の努力は、誰よりもしているのだろう。

 マミアリアは貴族になりたいと、煌びやかな世界を羨ましがっていたが、そんなに単純な世界ではない。彼らは皆、見えないところでの相応の努力が求められる。


「でも……俺は負けた」


 そこでスフィアは、なぜガルツがレイザールの名を出したのか理解した。


「……ウェリス様ですか」


 ガルツはウェリス=ハーバードと決闘をして負けた。よほどその事が悔しかったのだろう。


「それもあるな。でもよ、それだけじゃねえんだ。文や武どっちかじゃ駄目なんだよ俺は……アントーニオ公爵家の全てを守るには」


 公爵家には家族だけでなく、使用人や補佐貴族、そのまた家族やその先で繋がっている者達が多くいる。もし、公爵家が潰れることになればその影響を受ける者達の数は、両手などではとても足りない。

 それが、彼が家に重きを置いている理由だろう。将来、その全てを守れるようにと。


「でしたら安心です。存分にレイザールで強くなってきてください」


 きっと彼なら文武両道を修められるはずだ。


「だから貴上院は離れちまうけどよ……頼むから問題は起こすなよ」

「そんな、私も貴上院生になれば落ち着きますよ」

「いや本っっっっ当! 大人しくしといてくれよ。噂なんか流れてきた日にゃ、俺とブリックが心労で死ぬっ!」

「…………」


 両肩を力強く掴まれ、今日一真剣な眼差しで念押しされた。失礼な。


「では、今日の話したい事ってこの件だったんです?」

「あーあと、学院が離れたくらいじゃ別れる気はねえからなって、釘刺しとこうと思って」


「分かってますよ」と、スフィアは小さく微笑んだ。


「あ! でも、条件ドボンしたら即別れるので悪しからず」

「容赦ねえ……」

「ふふ、私も私の為にどうしても捨てられない野望がありましてね」

「その条件ってのが明かされねえのが怖いんだっつの」


 ガルツは口先を尖らせてブツブツと言っていたが、結局は「へいへい気を付けますよ」と了承していた。


「大丈夫ですよ。たとえ彼氏彼女じゃなくなっても、あなたやブリックとはこの先もずっと一緒にいるような気がしますもの」

「それ、ブリックにも言っといてやれよ。『僕を蔑ろにしたら許さない』って言ってたからよ」

「まあ、ブリックったら随分とさみしがり屋。でしたら今度、朝から晩まで付き纏ってあげましょうかね」

「やめてやれ……」


 冬が明ける。

 春はすぐそこだ。



【三章・了】


――――――――――――

三章まで読んで下さりありがとうございます!

四章からは貴上院編に入ります。

アルティナとスフィアのようやくのハッピースクールライフです!!

やっと密接近接の関係が書けると私のテンションも上がっております。

でもフラグは淡々と折りますけどね。

連載開始日は3月からです。よろしくお願いいたします。


それまでは、【幕間】で各主要キャラのその後や、出会い、裏側などを

不定期単話で上げていきます。


また、★や♡、ブクマ、感想で応援していただけますととても嬉しいです。

執筆の励みになります!

ここまでお付き合いありがとうございました。次章もよろしくお願いいたします。

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