第45話 ゆえに、刈り続行!
いつまでも外で騒いでいるわけにもいかず、アルティナは諦めてスフィアとグレイを屋敷へと招き入れた。
スフィア達が通された部屋は、白を基調とした、アクセントのように深紅の調度品が置かれていた。まるで白磁のような肌に、深紅のドレスを纏った彼女を思わせるような部屋に、スフィアは入ってからずっと満面の喜色顔である。
――あっはぁぁぁぁ! この部屋の空気は全てお姉様の吸って吐いた
スフィアのアルティナへの強火愛も健在であった。むしろ
アルティナはスフィアを一瞥すると、諦めたような溜め息をつき、紅茶を口に運ぶ。コクリと白い喉が小さく鳴る音ですら、スフィアにとっては至福の音。何気ない顔をして心の中では「録音機欲しい」などと思っている。
「――それで? グレイ様がスフィアに会いたいと仰ったところ、彼女は私に会わせてくれるのなら会っても良いと言ったと……それはつまり、私をご自身の欲望を満たすため、生け贄にしたのですね?」
「はは、生け贄だなんてそんな。ちょっとばかし、君に会いたくなったんだよ」
「嘘おっしゃい」
アルティナはグレイの言葉をばっさりと切り捨てた。グレイは口を尖らせ、拗ねた表情になる。
グレイの拗ね顔はどうでも良いが、アルティナの不機嫌に片眉を上げた顔は全身全霊で崇めたかった。この場で両手を合せなかった自分を褒めたい。
「いとこなんだから、ちょっとくらい協力してくれたってバチは当たらないぞ?」
スフィア本人を目の前にして、協力も何もあるのだろうか。相変わらず変な肝の据わり方をしているというか。
スフィアもアルティナも、グレイの言葉を無視してカップを傾ける。近頃こうしてスフィアがグレイと個人的に会う場合、グレイの口調はいつぞやの市場で会った時のように砕けたものになっていた。また、アルティナに対してもいとこだからか、社交界の時の口調より随分と親しげなものだった。
「ちょっとグレイ様」
「お、何だい? スフィア」
スフィアから声を掛けられたのが嬉しいといった様子で、グレイはにこやかな顔を勢いよく彼女に向ける。
「アルティナお姉様から、半径五〇メートルは離れて下さいませ」
「部屋から出るけど?」
「なんなら屋敷からも出ますわね」
グレイは真顔になり、アルティナは淡々と補足する。スフィアは気にせず出されたお菓子に手を付けていた。イケメンがこれほど不憫な扱いを受ける世界があるだろうか。よくこのような扱いを受けてもなお、愛を囁いてこれるものだと、逆に感心してしまう。
小さくなったグレイを横目に少々可哀想かもと思うが、それでもスフィアの心は、未だたった一人に占められている。
――うん、やっぱり美味しいわ。
お菓子がというより、この状況が。
――アルティナお姉様が視界にいるだけで、普通のクッキーも供物のようね。
スフィアがアルティナを視界に収めながら無心でお菓子に手を伸ばしていると、アルティナがハンカチを取り出した。そして手を伸ばし、向かいに座るスフィアの菓子クズまみれの口を、丁寧に拭った。
「全く……もうあなたも五年生なのでしょう? しっかりなさいな」
眉をしかめて不機嫌な声を出しながらも、何だかんだとスフィアの世話をやくアルティナは、少しだけ楽しそうであった。
「貴族の令嬢たる者、品に欠けていてはなりませんわ! 分かりまして」
「はぁい! アルティナお姉様!」
スフィアが満面の笑みで返事をすれば、アルティナは満足げに頷き、浮かしていた腰を下ろした。それでもまたボロボロと菓子クズをこぼすスフィアに、アルティナは「あーあ、もう」と言いつつ世話をやく。
「ごめんなさぁい、アルティナお姉様ぁ……」
スフィアはしおらしく装って見せた。――が、実はわざとである。
口に食べ物を付けるというのは、スフィアの作戦だった。
――こうすれば、アルティナお姉様が構ってくれるのは計算済みよ!
ゲーム情報からアルティナの周囲事情は承知済みである。一人っ子で、かつ、周りのいとこ達も全員年上という立場のアルティナ。それを思い出した時、スフィアはこう思った。――『きっと誰かを世話したいという、庇護欲を持て余しているはずだわ! だって彼女はどう見ても妹キャラじゃないもの!』と。
スフィアはアルティナより年下である。一時は年の差を恨んだこともあったが、よくよく考えればこれは最高のポジションだった。庇護欲を持て余した姐御肌令嬢の前に、彼女を慕う年下ドジっ子令嬢を置けばどうなるか。答えは自明の理。
――イヤよイヤよもスキのうち!!
表面では渋々という態度はとっていても、アルティナはこうして、まるでスフィアを妹のように世話をやく。
――妹ポジおいしいわ……最高のポジショニングね、さすが私!
だてにアルティナ目当てで乙女ゲームをやっている変人ではない。
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