第136話 どうでもいいけど。

 教室では一年のとき、と言っても一学期くらいまでか。


 京子は休憩時間ごとに亮介の席そばまで行ったし――


 定位置だった。


 別れて以降その定位置に行くことはなかった。気まずい、それに尽きる。


 ここ数日――家まで迎えに行っている。見返りがあるとは思ってない京子だが――


 定位置に行く、それくらいはいいかも。そう思い足を向けるようになっていた。


「座れば」


 亮介は意外に嫌な顔はしなかった。とは言っても特別いい顔もしなかったが―


 ある時、前の席を見ながらそう言った―『座れば』と。


「でも―」


 亮介の前の席は『男子の席』だった。京子はちょっと座りたくなかった。


 持ち主の男子に何か言われたくないのではなく――


 亮介の前で男子の席に座りたくない――最近の京子はそのあたり頑なで、徹底していた。


 当の亮介はそのことに気づいているのか、わからない。


 休憩時間に立たせるのも悪いなぁ――亮介も少し思い始めていた。


 特に気を許した訳ではないが。会話も特にしてないのに―


 ぼ―っと立たせるのもな…


「じゃあ、ここに座れば」


 亮介は自分の机を指差した。京子は躊躇したものの――これくらいはいいだろうか―


 軽くもたれる感じで亮介の机に軽く座った。


 京子にすれば――この距離に戻るのに―


(すごく時間が掛かった――)


 この程度のことを喜べるようになっていた。そんなささやかな幸せを噛み締めているとは知らず――


『北町さん――ちょっといいかな』


 京子は不意に名前を呼ばれ、声の方を見る――見覚えはあるが、名前まで知らない男子だ。


(なんで今――声掛けるの)


 京子は不機嫌に思った。


 京子にしてみれば亮介との『この距離』に戻るために――じっくりと時間を掛けた。


 下手な小細工なしでようやく辿り着いた――その瞬間に掛けてきた声――


 男子の顔は半笑い、作り笑顔かも。


 どうでもいいけど――


「誰?」


(『なに?』じゃなくて『誰?』か)


 亮介は苦笑いをする。


 京子は変わったように見えて――この辺は京子らしい――亮介は思った。


「京子――佐藤だ」

「後藤です!」


「どっちでもいい――」


 京子にどっちでもいいと言われれば――亮介的には何も言うことはない。


 佐藤くんだか後藤くんだかも、亮介を見習い口を閉じればよかったのだが――


 なかなか空気読めない系だった。


「北町さん、ちょっといい?」


「だからなに?」


(愛想悪り―な、どうでもいいけど)


 このふたりは『別れた』ふたり。


 別れた割に口癖もおなじ『どうでもいい』派生だ。


「わたし今―」


 言いかけて京子は言葉に詰まる。亮介のこと、なんて呼ぶ?


 そんな単純なことに。


 数日前に早朝迎えに行ったとき――勢いで『亮ちゃん』と呼んで以来――固有名詞で呼んだだろうか?――


(でもさっき――わたしは京子って呼ばれた――)


「わたし、今―と話ししてんだけど―」


 リョウってなんだよ、


 亮介は思うも今言うと面倒くさい。


 りにもってこんな、昼休みの教室でやるんだ?


 亮介と京子は心の中で呟く―


(どうでもいいけど)




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