第39話
【レルフィード視点】
≪おいクソジジイッ!!キリが刃物で刺された!今すぐ治療に来い!≫
私はキリを抱えて走りながら、子供の頃からの馴染みの医者に念話でそれだけ飛ばす。
≪ジオン、そっちは押さえたか?≫
≪ああ、全員縛って部屋に転がしてある。外の勇者連中も、騎士団長がこちらの聖女に危害を加えた事を知ると、信じられないといった顔で、特に反抗する事なく牢屋に入った。
──それで、あのキリを刺したアーノルドと言う男はどうするんだ≫
≪まだ生きてるのか?≫
≪辛うじてだがな。死ぬつもりだったようだが、鍛えてる体のせいか致命傷には到らずってとこか。だがこのままにしとけば長くはないだろうな≫
≪……何としても助けろ。殺すな。キリが目覚めてから処分は考える≫
≪分かった≫
目覚めたら。
そうだ。目覚めない事などある筈がない。
駄目だ。私はもうキリのいない生活など考えられない。キリが居なかった頃の自分がどうやって暮らしていたのかも、この頃では思い出せなくなりそうなのに。
そうだ。
このままキリが目覚めなかったら一緒に死のう。
ただでさえ人間は寿命も短く脆弱だ。
魔力のせいなのか、ちょっとした切り傷など直ぐに治ってしまう自分たち魔族とは訳が違う。
メイドたちにも清潔なタオルや治療器具の滅菌のため大量の湯を沸かして貰うよう念話を飛ばし、自分の部屋にキリを運び込んだ。
自分のベッドにキリを下ろすと、メイドが持ってきたタオルで傷口を押さえた。
しっかりと押さえているのにじわじわとタオルが赤く染まって行く。
それと比例して、いつもの可愛く健康的なキリの顔が色を無くしていく。
≪おいクソジジイ!何してるんだ!≫
≪レルフィードよ、ウッサイわ。ギャーギャー喚くな。今向かっとるわい。町外れで産気付いた犬の獣人のかみさんがいて、そっちに掛かりっきりだったんじゃ。
舌を噛みそうなスピードな馬車で移動しとるが、あと15分程はかかる≫
≪そんな悠長な!≫
≪とりあえず人間は一定量の血が流れたら死んでしまう。魔族の血を輸血なんぞ出来んからな。
分かったら何とか血を止めとけ!≫
だから止まらないんだ!
私は叫び出したくなった。
「レルフィード様!
キリはっ?!キリは大丈夫なのですかっ?」
シャリラが息を荒くして私の部屋に飛び込んで来た。
ジオンと奴らを捕まえてから、後を部下に任せて走ってきたのだろう。
シャリラが私の部屋に入るのは初めてだ。
「血が、止まらないんだ……ヤブ医者が出先の患者のところから馬車を走らせてるらしいが、まだ15分位はかかるらしい……」
「あんのクソジジイ、大事なときに役に立たないんだから!……キリはそれまで耐えられるのですか?」
唇を噛むシャリラに、
「耐えてくれないと困るんだ!」
つい声を荒げてしまった。
「──済まない、シャリラ」
「いえ、良いのです」
シャリラは乱れたキリの髪を整えながら、
「頑張ってねキリ。頑張って」
と頬を撫でた。
とその時、乱暴にドンドンと扉が叩かれた。
ジオンの大声がそれに重なる。
「レルフィード様!緊急時にすみません、
聖女ビアンカが目通りを願ってるんですが」
「今はそれどころじゃない!」
私が叫び返すと扉の向こうで、
「貴方にじゃないわ。私はそこのキリに会わせて欲しいのよ!もしかしたら力になれるかも知れない!」
聖女ビアンカの必死な声に、私とシャリラは思わず顔を見合わせた。
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