第2話 そこは「きさらぎ町」

 彼が何か、、に教えられた案内板には町のおおまかな地図があったが、きさらぎ町という名前と、町のかたち以外の情報は皆無だった。

 案内板にはどこに何があるのか記してあるはずが、地図の中の文字は全て削られていて一切読むことができなかったからだ。


 次に彼は路線図を見に行くが、こちらも同様に文字は削られていて読むことはできなかった。

 わかったことは「きさらぎ町」にある「きさらぎ駅」ということだけ。

 自分は都市伝説の中にでもいるのかということだけだ。


「どうしたら、って情報源は一つしかないよな」


 そんな町のことはもちろん、自分のことさえわからない彼には、不気味な存在である何か、、に話しかけるしか選択肢はない。

 今は箒とちりとりを持ち、ゴミがあるようには見えないホームの掃除をしている、人間ではない何か、、から情報を得るしかない。


「あのっ!」

「……」

「案内板の文字が削られてて読めなかったんですけど」

「……」


 しかし、「では、御用の際はお声をおかけください」と彼に言った何か、、は、箒を動かす手を一切止めることなく、ホームの端から端までを掃除し続けた。


 それでも彼は途中までは何か、、に繰り返し話しかけていたが、掃除が終わったと思ったら跨線橋を渡って反対のホームに移動していくのを見て、流石に話しかけるのをやめた。


「はぁ……」


 彼は話しかけるのをやめ、椅子があるが薄暗い待合室にいるのも嫌で、駅の外のベンチに座って何か、、が掃除し続けるのを見ていた。


 まったく止まることなく動き続ける何か、、に不気味さを覚え、しかし駅から離れる気にもなれず、とうとう何か、、は待合室の掃き掃除も終え、駅の外にまで出てきていた。その時だ。


 今までずっと動きっぱなしだった何か、、は、急に動きを止めて彼の方を見た。

 何か、、と初めて目が合った気がした彼は反射的にびくりとしたが、見ているのは自分ではないと、自分の後ろの方を何か、、は見ているのだと気がついた。


「時計だ。今まで気づかなかった」


 彼が何があるのかと背後を見ると、ベンチから斜めの位置に立つ、街灯の一本に混ざるようしてある時計を見つけた。

 高い位置にある時計はまさに十二時になろうとしていて、十二時なった瞬間にお昼を知らせるように町のどこかから音が流れる。

 その音が鳴り止むまでの一分間、彼は時計を見続け、正面に向き直ると何か、、はいなくなっていた。


「えっ、どこいった。消えた?」


 箒とちりとりは何か、、がいた位置に残っているが、そこにいたはずの何か、、の姿だけがない。

 彼は何か、、が消えたことに慌てて、箒に近づき、そこで「バタン」とドアが閉まるような音を聞いた。


「もしかして、さっきの部屋に入っていった?」


 彼の思った通り何か、、は駅員が詰める部屋の中にいて、複数ある中で自分の席なのだろうところに座っていた。

 何をするでもなく、何をしようともせず、ただ何か、、は前を見たまま座っていた。


「すいません!」


 彼が改札のところから再び声をかけると、何か、、は顔だけだが彼の方を向く。

 掃除中は見せなかったその聞こえている反応に、彼は再び先ほどと同じことを言ってみる。


「案内板の文字が削られてて読めなかったんですけど……」

「そうでしたか。それは申し訳ありません」

「そこの路線図も同じく読めないですよね?」

「そう、ですか……」


 今度は普通に受け答えをするわけ。

 何故、近寄ってこずに顔だけこちらに向けているのか。

 削られた文字が読めないことを知らなかったのか。

 ここはなんなのか、自分はなんなのか。

 そんな疑問はいくつだって湧いてくる。


 だが、今の何か、、の反応から「知らなかったのか?」が、「知らないのではないか?」に変わる。

 だから彼はまず「……あなたは何なんですか?」と、何か、、自身について尋ねる。


「わかりません。自分がいったい何なのかも。だから、覚えている唯一のことをずっとしています。忘れないように」


 彼は自分のことが一つもわからないから、何か、、の言っていることがよくわかった。

 もし自分にも覚えていることが何かしらあれば、自分もそうすると思うから。わかることをすると思うから。忘れないようにすると思うから。


「今は休憩時間だから休憩しています。本当は休む必要はないのですが、昼休みにはこうして弁当を食べていたから……」


「今が休憩時間だから、、、話してくれる?」


「そうです。休憩時間だから話しています。そして余計なことは話さないのがルール、、、です。案内板のことは申し訳なかったです。お詫びに一つだけアドバイスを。昼間のうちに鍵のかかる場所を探すことをおすすめします。は危ない」


 彼は「ルール」と聞いた瞬間に既視感を感じた。それどころか前にも同じような話を聞いた気さえした。

 特に「夜は危ない」という一部には感じるものがある。


 今すぐにでも行動して、鍵のかかる部屋を一刻も早く見つけないといけないと思うくらいには感じるものがあった。


「ありがとうございます」


 彼はどうしてか自分を急かす心に従い、何か、、にお礼を言ってすぐに駅を出ていく。

 まるで残り時間が少ないことを理解しているように。


「どうか、私のように自分を失くす前にどうか。自分を思い出してください」


 自分から直接言わないことでルールの網を潜った何か、、は、彼がいなくなってから独り言を呟いた……。

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