文学部教授と元ヤン女子大生の推理日記
@sankaku-neo
第1話 とりあえず3歩下がろうか
僕は元来受け身な人間で、どちらかというと意志も弱い。何かの事象に対しても確固たる自分の意見はもたず、ただ流されるだけというスタンスの持ち主だ。だから今こうやって僕を見上げている女子学生の強い眼差しは僕にとってはあまりにも眩し過ぎるものだった。
「先生、私、先生のことが好き」
「それはどうもありがとう…とりあえず3歩下がろうか」
「なんで?」
「それはね…」
僕は眼鏡の縁に手をかけて少しだけ動かした。特にずれているわけでもないが癖なのだ。はてさて、彼女に「3歩下がる」の理由をどう説明したものか。
「今の距離だとどうにも僕と君が接触する割合が高い様な気がするんだよ」
彼女はぽかんと僕を見た後、何が可笑しいのかくすりと笑った。
「先生可笑しいね」
「そうかい?」
「そーだよ」
言い切って彼女は律儀に3歩下がって、満面の笑みを浮かべた。それは大学生というよりも小学生あたりの無邪気な笑顔で。
「ねえ、返事聞かせて?」
「なんの返事だい?」
「先生のこと好きっていったでしょ?私と付き合って」
「これはまた、驚いたことを君は言うねえ」
「だめ?」
僕は彼女を見つめた。長い栗色の髪に気の強そうな整った顔つき。一般教養の授業の終わりに声を掛けられて、質問があるからと研究室までついてきたのだが、よくよく考えてみるとどこかで会ったような気がする。だがしかし、最近の学生はこうも自由奔放なのか。僕には理解不能だ。
「もちろんだめだ」
「なんで?好きなひとが他にいるから?」
「違う」
「先生と生徒だから?」
「それもあるし、いろいろあるだろう?」
「わかんない」
ぷう、と口を尖らせる彼女はやはり小学生の様で。僕は失笑した。彼女を見ていると飼っていた柴犬を何故か思い出す。
「あきらめなさい」
「やだ、絶対あきらめないから!」
まるでドラマの捨て台詞の様にそう言い放つと、彼女は研究室から出て行った。
「やれやれ…」
そう呟いて、僕は机の上に置いてあるカップを手に取った。中身のコーヒーは既に冷え切っており、僕は顔をしかめる。
そう言えば、彼女の名前を聞いていなかった――
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