生前裁判

廿楽 亜久

出題と回答

 誰かの悲鳴が聞こえた。


「おっはよー!」


 飛び起きれば、目の前には人間のようだけど、一本角の生えた金髪の女の笑顔があった。


「貴方は死にました」

「死っ……!?」


 こちらの反応を無視して説明を始める彼女に、助けを求めるため、周りを見れば、彼女よりも豪勢な服を着た女。しかし、彼女の方からは、なにやら悲鳴やら呻きやらが聞こえてきていた。それ以外に、声をかけられそうな人はいない。

 仕方なく、視線をカンペに目をやっている彼女に戻す。


「本来なら、十王裁判を経て、あの世にいくところですが、少子高齢化で、天国も地獄も魂の収容限界を迎えています。そのため、黄泉の国では、生き返る可能性がある魂は、お帰り頂く試みを行っています。貴方には、その資格があります」

「つまり、生き返れるってこと?」

「そういうこと」


 カンペをしまって、にっこりと笑う彼女に、心が高鳴る。

 生き返れる。

 死んだということは驚きだが、生き返るなんて、それはどれほどうれしいことか。


「でも、簡単に蘇らせるのは、さすがに生死のルール的にダメ。だから、ひとつ、試練。問題を出します。

 それに正解できれば、貴方は生き返れる」


 そこまで言って、彼女は悲鳴の続く方へ目を向ける。


「あの人が、零審担当 賽の河原庁裁判長の八重なんだけど……」


 今は、問題を出す価値すらない悪人を地獄に落としている最中らしい。


「……終わりそうにない。じゃあ、先にルール説明するね。ルールは簡単。貴方の死因と犯人を答えればいい」

「死因と、犯人……?」


 つまり、俺は誰かに殺されたということだろうか。

 誰に?


「貴方が死んだ後のことを、ひとりずつ話を聞いて回るから、それに対して、八重がうそつきは何人か教える。貴方は、そこから推理すればいい。

 正解すれば、生き返れるけど、外したり、回答放棄するなら、そのまま地獄」

「地獄!?」

「ん? あ、そっか! 人は、多少は業があるから、みんな地獄に行くんだよ。そこから罪の軽い人はさくっと終わって天国へって感じ。んーっと、貴方の場合はぁ」

「詳細を伝えるのは禁止だ」


 八重と呼ばれていた彼女がこちらを見下ろす。怒られた彼女は悪びれた様子もなく、笑っていた。


「そうだっけ? ごめぇん。気を付けるね」


 悪びれていない顔で謝る金髪の彼女に、ため息をつく八重。


「じゃあ、始めるね」


 金髪の彼女が、くるりと回ると、そこには見知った男が立っていた。


『僕が猫を驚かせたから、こんなことに……アイツが、下にいたなんて……悪いことをした。今度からは気を付けます』


 A太。大学の友達で、気のいい楽天家で、動物を見ると反射的に驚かせる癖があって、そのおかげで散歩中の犬に吠えられることが多かった。


『今日は久々に天気がいいから、日光に当ててあげようと思ってベランダに置いてたのよ。こんなことなら置かなければよかったわ』


 B子さん。大学の寮母で、優しいおばさんだ。ただ、多肉植物を育てるのが趣味とかで、どんどん増え続ける多肉植物を学生たちに配り始めるのは、少し困ったところだった。


『確かに声はかけました。でも、まさか猫が落とした植木鉢が直撃すると思わないでしょう? せっかく入学したばっかりだってのに、運が悪い奴ですよ』


 C男。高校からの友人で、同じ大学の別の学部に通っている。寮は同じため、変わらず交流してる。


「――っと、有力な証言はこんなもんかな!」


 またくるりと回転すると、元の金髪の彼女に戻る。


「場所が場所なだけに、今回は関係者が少ないな」


 八重が杖に手をやりながら、こちらを見下ろす。


「嘘つきはひとりだ」


 三人の内、ひとりが嘘をついている。


「あの、嘘つきはひとりっていうのは、今の話の中で嘘をついてるってことですよね?」

「あぁ。故意に嘘をついたやつがひとりいた」


 故意。

 でも、今の言葉に嘘をつくところが思いつかない。


「あの、死因と犯人っていうのは、俺は、殺されたってことですか? さっきの説明だと、死にかけてるって条件だけで、殺人じゃない人だっている気がして……その場合は――」


 質問の途中で、八重が驚いた後、歪んだ笑みを溢した。

 背筋に冷たいものが走る。

 考えていた単純な殺人じゃない。これは、事故や自殺なんかの犯人がいない可能性だってある。


「鬼共の翻訳がバグっていたかもしれない。謝罪しよう。お前の言う通り、嵐に吹かれた看板がぶつかった、電線に触れてしまったも、死因と犯人に含まれる」


 そんなの、無茶だ。

 一旦、今までのことを思い出す必要がありそうだ。


***


 その日は、久々に晴れた日だった。

 休講が続き、5限までの間、寮に戻って時間を時間を潰してようと、大学から寮に戻ってきていた。


「よぉ。なんか、お前のところ、超休講の紙貼ってなかった?」

「そうなんだよ。おかげで、1、5限だぜ? いっそ、どっちか消してくれればラクなのにさぁ」

「わかる。時間微妙だとバイトもできないしな」


 笑っているC男は、成績優秀者の奨学金制度を使って通っているらしく、講義の空き時間にバイトをしていた。


「俺も落ち着いたらバイトしようかな」

「だったら、夏に一緒にするか? 探しとくよ」

「じゃあ、頼――」


 記憶はここで途切れた。

 痛みというより衝撃が全身を走って、気が付いたらここにいた。


***


 先ほどの証言を合わせれば、A太が驚かせた猫が、B子さんの置いた植木鉢に当たって、落下した先にC男と会話する俺がいた。

 という不運すぎる事故。


 しかし、ひとりは嘘つきがいる。どういうことだろうか。


 もし、俺がA太であれば、猫を脅かして、植木鉢に当たったら、ヤバいとは思うけど、下に人がいるとは思わない。

 B子さんなんて、尚更だろう。朝天気が良かっただけだ。

 C男は、入り口で話してたら、離してる相手の上にいきなり物が落ちてきたんだ。何が起きたかなんて、一番わからないし、ある意味被害者だ。


 でも、嘘がある?


「……あの、この話って実際に聞いてきたんですか? それとも、貴方たちが作ったもの?」


 そうだ。少し違和感があった。A太も誰かに話しているようだったし、C男が敬語だ。それは、確かな違和感。


「警察の事情聴取だよ。君は、警察の介入があったから、情報集めが捗ったよ」


 合点がいった。確かに、警察なら、A太が『気を付ける』といったのも、C男の敬語も理解できる。

 そして、本当に困るが、嘘をついている可能性がひとつ浮かぶ。


「答えは出たか?」


 正直、嫌な答え過ぎて、頷くのもイヤだが、渋々頷いた。


「僕は……事故死。犯人は、いや、B子さんが置いた植木鉢だたまたま猫に当たって、運悪く僕の頭に落ちた」


 嘘つきは、A太。

 『今度からは気を付けます』が、嘘なのだろう。あのお気楽男は、条件反射で動物を脅かし続けるだろう。きっと、一生。

 反省はしているだろう。でも、アレは事故だし、それ以上責められたところで、自分も困る。だからこそ、みんなが使う決まり文句。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る