第22話 林間学校二日目夜(キャンプファイヤー 告白大会)

 点火式が終わると、次は告白大会だった。


 実行委員長の指示の下、まず初めに予め参加を希望していた人たちが前へ出てきて発表順に並んだ。


 準備が整うと、順番に一人ずつあるいはグループで、様々な種類の告白をみんなの前に立って発表していった。


 告白の内容は千差万別だった。


 心身のことについての密かな悩みを震えながら明かしたり、言葉にするのも恥ずかしい大きな夢(本人がそう形容した)を勇気を持って宣言したりなど、聞いているほうが思わず感動させられるようなものも多かった。無論、ストレートな恋愛系の告白もあったし、ネタ枠というか笑いを誘うような告白をする者もいたりして、キャンプファイヤーの会場は笑いあり涙ありのエモーショナルな空間となっていった。


 予定していた分の最後の発表者が大きな拍手とともに退場し、燃え盛る炎だけが舞台の上に残されると、司会者である林間学校実行委員長が時計を確認した。


「ええと、飛び入り参加の件ですが、あまり時間がないのであと一人、もしくは一グループとさせていただきます! 希望する方は手を挙げてくださいっ!」


 相変わらずの盛り上げ上手で、見本を見せるように挙手しながら全体に参加を募る。


 しかし、ここまでの感動的な流れやラストであるというプレッシャーや責任感によって、誰もが顔を見合わせて参加を躊躇していた。


「はいっ、わたしやります!」


 戸惑いに満ちた空気の中で、突き上げるように挙げられた手のひらと真っ直ぐな声が夜の下に煌めいた。


 その参加者の正体が未翔であることがわかると、会場にはすぐに驚きが走った。


 だが、司会の実行委員長は動揺少なく進行へと頭を切り替え、勢いよく未翔のことを指差した。


「最後の参加者が現れました! 一組の新島さんです。それじゃみんな、勇気ある参加者、新島さんに拍手を」


 大きな掛け声に合わせて、手を叩く音が夜空の下に鳴り響いた。


 しかしながら、未翔が一人で前へ出ていくそのわずかな間にも、至るところで噂をするようにひそひそ話が絶えず発生していた。


 これは俺の勝手な見方に過ぎないが、新島未翔が告白大会に出るというのはみんなにとってもそれなりに興味をそそられる出来事だったのだと思う。


 林間学校のときには転入当初の未翔フィーバーはほとんど収束していた。交流の多い同じクラスの生徒たちには未翔という人間がだんだんとわかり始めており、接することの少なかった他のクラスの人たちにも彼女本来の人柄が少しずつ伝わっていた。だから、奇異な目で見られたりだとか、名前も知らない奴らから興味本位で強引に話しかけられたりだとか、そういったことはこの時期には少なくなっていたと思われる。


 それでもなお、未翔が人気者であることに変わりはなかった。むしろ彼女に対する正確な情報が出回るようになったあとのほうが、真摯に話してみたいという生徒たちからの好意が増えた。それだけ彼女の評判は上々だった。


 だからこそ、告白大会への参加というのはビッグニュースだったのだ。


 あの新島未翔が誰かに告白するかもしれない。


 憶測が憶測を呼び、にわかに色めき立った生徒たちの前に未翔は直立した。


「それでは新島さん、お願いします」


 司会の声に未翔が頷くと、会場は途端にシーンとなった。


 俺は隣に注意を向けた。暗がりで光る会澤の両目は吸い寄せられるように、巨大な炎に照らされた未翔の姿を映していた。


 未翔の背後ではパチパチと弾けるような音がして、風に揺れながら燃えるオレンジの焚き火から淡い火の粉が舞っていた。周囲を静寂と夜闇に包まれて、未翔のいるそこだけが切り取られたように鮮やかで幻想的な空間だった。


 赫灼たる光明の下で、未翔は微かな笑顔を浮かべた。


「今日はみんなに聞いてほしいことがあります!」


 とびっきりの明るい声が響き、地べたに座る俺たちの耳に届く。それはまるで天上からの言葉のようで、誰一人として茶化す者もおらず、黙って次の展開を待った。


 未翔は少し間を空けてから、余ったジャージの袖口をギュッと握った。


「みんなも知っているように、わたしは今年の四月によその学校から転校して来ましたが、実は最初はとても不安な気持ちでいっぱいでした。わたしの家は親の仕事の関係で転勤が多く、昔から何度も転校を繰り返してきたのですが、どうしても新しい環境に飛び込むこの感じには慣れることができなくて、中学の途中から入ってちゃんと馴染めるかな、とか毎日いろいろ考えて夜も眠れなかったりしました」


 虚を突くような意外な告白だった。当時の俺からしたら未翔が誰かと仲良くするのにそれほど悩むなんて思いもよらなかったし、ましてや夜も眠れなくなるほど不安に苛まれることがあるなんて想像だにしなかった。


 火は勢いよく燃え、見えない熱が未翔の身体を覆っていた。


「林間学校が七月にあるってことは転入前から聞かされていたけど、そのこともわたしにとっては不安要素になっていました。どうしよう、三か月くらいしかないのにみんなと一緒に楽しめるかなって、どこかの班に入れるかなってずっと怖くて……」


 赤く照らされた未翔の身体は小さく震えているようにも見えた。遠いとも近いとも言えないような距離にいる未翔は、自らの影とともに舞台の上に一人で立っていた。


 いや、正確に言うなれば「近い」なんてまったく思わなかった。はっきりと「遠い」と感じた。メートルで換算できる物理的な距離の話じゃなくて、何かもっと違った心理的な差のようなものだ。心の距離、なんて言い方もするがそれでいいのかはわからない。少なくとも、具体的に定められた歩数や伸ばした腕の長さで届くことが決まるようなものではなかった。


 足を踏みしめて火明かりに立つ未翔の顔が、そっと俺たちのほうを向いた。


「でも、みんながちゃんと仲間に入れてくれた。自分一人で勝手に悩んで怯えていたわたしのことを、みんなは優しく受け入れてくれて、最初から温かく接してくれた。うまくやっていけるかずっと不安だったから本当に嬉しかった」


 いつの間にか、未翔の目から涙がこぼれ落ちていた。自分でも気がつかなかったのか慌てて指先で拭って、誤魔化すように笑った。


「なに泣いてるんだろう、まだ続くのに……。ええとそれでね、どこまで話したっけ? ああそっか、そうみんなが優しくて、それが嬉しくて……」


 頑張れ、と未翔を応援する声が響き、彼女はそれに涙ぐんで頷いた。


「……ありがとう。わたしはそうやってみんなに支えられて、学校生活にも慣れて、林間学校に行くのが楽しみになりました」


 呼吸を整えつつ、未翔が丁寧に言葉を紡いでいく。その一途な姿勢に誰もが心を打たれ、真摯に耳を傾けていた。


「何を怖がってたんだろうっていうくらい、心配していた班決めも大丈夫でした。班長の穂高くんも他の班員もみんな本当に優しくて、林間学校のことだけではなくてそれ以外のことも含めていろんな相談に乗ってくれました。一緒に料理コンテストのレシピを考えたり、持っていく食材を買いに行ったりしたことも愉快な思い出です。本番を迎えた昨日、そして今日もいろいろあったけど、わたしはこの班の一員になれて本当によかったです」


 そこまで言い終えると未翔は涙を拭いて辺りを見回し、会澤と俺、それから笹本と氷川のいるほうへ「ありがとう」と声をかけた。


 未翔が告白大会に出た理由がようやく理解できた気がした。


 輝く彼女の笑顔を見て、俺は一人安堵感を得ていた。


 これで俺たちの問題が解決するのかなんてわかりっこないはずなのに、不思議ともう大丈夫だと思った。


「クラスのみんなにも、他のクラスの人たちにも、それから先生方にも感謝しています。今日こうしてわたしがここにいられるのはみんなのおかげです。ありがとうございます」


 未翔は丁寧に頭を下げてお辞儀をした。俺たちは自然と拍手で応えた。


「……ありがとう」


 顔を上げても鳴り止まない拍手。そこにいた全員の心を未翔はしっかりと摑んでいた。


 綺羅びやかな炎が作り出す温かいスポットライトの中、未翔は泣くのを堪えるように唇を噛みしめて、嬉しそうに何度も頷きながらお礼を繰り返した。


 未翔の告白内容はラストを締めくくるのにふさわしいものだった。


 いつか林間学校の告白大会での出来事を振り返ったとき、きっと誰もがこの場面のこの情景を思い出し、感動的だったと感想を述べるだろう。


 最後の告白者は見事にその役目を果たした。

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