常世の神子は天に舞う

アマネシズカ

プロローグ

 そこは半球状の広大な空間だった。

 空間の内部は、床も壁も磨き上げたように黒光りしていて、凹凸も継ぎ目も一切見当たらない。

 その広大な空間の中央に、丁度人ひとり入る大きさの半透明のカプセルが置かれている。


「これは、ヒト……なのか?」


 男は目の前のカプセルの中に「満たされた」その不定形のものを見て尋ねる。


「これは間違いなく人間です。ただ、これはヒトを構成する原初の存在のままの状態と申しましょうか」


 白衣を着た初老の研究者が、男にそう説明する。


「原初の存在か……それはヒトというより神に近しい存在だな……」

「我々は、これを『純粋存在』と呼んでいます」

「『純粋存在』?」

「ええ。ヒトの元々持っている、生命の根源となる力にのみ反応するからです。『今は』このような形状ですが、ヒトの持つ根源の波長に同期すると、明確な『形』を持つのです。」


 男は今一度、その不定形の存在に目を凝らす。


「こいつは眠っているのか?」

「いいえ、これは覚醒しています。覚醒しつつ待っているのです。世に根源の波長が満ちる時を」

「音も光も届かぬ、この地下深くでか」


 冷笑気味にそういう男に、初老の研究者はゆっくりと頭を振る。


「物理的な障壁は『純粋存在』にとって関係はありません。どのような場所であろうが、それが根源の波長であれば、感知できるのです」

「それは少々厄介だな」


 そう言いながらも、男は何か愉快そうである。


「だからこのような場所など意味が無いと申し上げたはずなのですが……」

「連中にとっては、何か安心できる物が欲しいのさ。この世界が今まで通りあり続けるためにね」


 そう言って、男は皮肉な笑みを浮かべた。



 墓標のごとき廃ビル群が連なる廃墟の中、沈みゆく夕陽に赤く照らされ、ひとり裸足で舞い踊る少女の姿があった。

 この全てが死に絶えてしまったような場所で少女が踊り始めてから、一体どれくらいの時が経ったであろうか。

 少女は、もうずいぶん前から、視界の端で自分の舞に同期シンクロする小さな影の存在を認識していた。

 廃墟となったビルの上で舞い踊るその小さな影は、まるで少女の舞い姿の写し絵のように見えた。

 ビル上の小さな影は夕陽に照らされ、やがて少女の足元にまで陽炎のように揺らめく人の形を伸ばす。

 二つの影が大きく伸びて重なったその時、廃墟の中に二つの音色が共鳴した。

 音色はビル群の壁に木霊となって響き、薄暮の中、小波のように墓標の群れの中に広がっていった。

 どの音楽にも似ている物がないのに、悲しげに何かを訴えかけるようなその音色は、死に絶えたこの街へ捧げる鎮魂の調べのようでもあった。

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