4-11

 荒れ狂う猛吹雪や極寒や轟音を切り取ったような空間で、時間でさえも切り取られたように、誰も動かない。

「・・・え? ど、どうしてだよ?」

 声の震えを隠し切れないビッシュは、呆然とホルンを見つめている。

「ごめん。僕さ・・・やっぱり、この世界が好きなんだよ。娯楽も少ないし、気候はバラバラだし、貴族は庶民を見下しているし、意味の分からない法律はあるし・・・嫌になる事もあるけど、それでも好きなんだよね。勿論、ビッシュの事も大好きだよ」

「で、でもさ!」

 必死の形相でホルンを掴むビッシュの腕を、ノアが握った。反射的に、ビッシュはノアを見上げる。

「無理強いは、良くないよ。うん、良くない。私もホルンが一緒に来てくれたらと、期待していたのだけどね。仕方ないさ。私はツレションは、反対さ。互いの意思を尊重する事が、友情なのだと思うね」

「それは、そうだけど・・・」

 ビッシュは、力なく手を放し、目を伏せた。納得がいっていないビッシュであるが、ホルンを説得できるだけの言葉が出てこない。

「私も、キッシュベル様の意見に賛成です。人の子は、多くの選択肢を自分の意志で選び、突き進むべきだと考えます。選択肢が多い事が、自由であるとも言えます。勿論、それ故に混乱も生まれますが、悩み考え成長するものではないでしょうか? 正解は誰にも分かりません。だからこそ、自分が選んだ道を、自分の力で正解に導くしかないのです」

 音もなく歩み寄ったアルプが、ビッシュの肩に手を置いた。ビッシュは、唇を噛みながら、小さく頷いた。

「それでは、皆様の進むべき道が決まりましたね。それでは、参りましょう」

 アルプは、体の前で手を組み、祈りをささげる。そして、両手を広げると、冬山に大きなトンネルが出現した。

「え? 嘘! 凄い凄い! これが魔法というものですか?」

「そうですね。しかし、このトンネルを生み出した訳ではありません。いつもは、雪や吹雪で、隠しているのです。さすがに、この山を越えるのは、骨が折れますからね」

「まさか、こんなショートカットがあったなんて」

 ノアは、スキップをしながら、真っ先にトンネルへと入っていった。

「あの、アルプ=ウィント様?」

「はい、なんでしょう?」

「僕も、ついて行ってもいいですか? 二人を見送りたいので」

「ええ、構いませんよ」

 四人は、冬山の中腹に出現したトンネルに入った。トンネルの中は、雪の結晶のようなクリスタルが、ぼんやりと発色し照らしている。壁も天井も、とても美しい幻想的な空間だ。

「さあ、見えてきました。皆様、少々お待ちください」

 行き止まりに辿り着くと、アルプはまた祈りを捧げ、両手を広げた。先ほどと同じように、行き止まりの壁が、円形に開いた。円形に開いた穴を通過し、ホルン・ビッシュ・ノアの三人は、目を丸くして息を飲んだ。冬山の反対側、外側にも雪が深く積もっている。しかし、眼前に広がるのは、途方もなく広い海であった。ノアは、大はしゃぎで雪山を下っていく。境目までやってきたノアは、海水を手で掬い口に入れた。

「うわっ! しょっぱい! なるほど、下水と同じ味だ! しかし、臭くない!」

「あ、本当だ! レオさんが言っていた通りだ!」

 ノアの隣で、ホルンも海水を口に含んだ。ビッシュは、ホルンの隣に立ち、手庇をして海を眺めている。

「スゲーなあ! こんな景色が、本当にあったなんて、自分の目が信じられない。ん? あそこになんかあるような」

「目が良いのですね? 微かに見えるのは、大陸です。あそこにも国があり、何千何万という人の子が生活を送っています。この偉大な海を見ると、いかに狭い世界で生きていたのかと痛感する事でしょう」

「何千何万・・・スゲー。なあ、ホルン、スゲーよな? ん? おい、ホルンどうした?」

 呆然と海を眺めていたホルンの顔の前で、ビッシュが手を上下させている。

「え? あ、ごめん! ちょっと、考え事してた!」

 慌てて体をのけ反らせたホルンが、笑って誤魔化している。

「考え事? やっぱり、ホルンも一緒に行きたくなったのか?」

「そうじゃないよ。ただ、前に父さんに言われた事を思い出していたんだよ」

 ホルンは、しゃがみ込んで海水を舐めた。眉間に皺を寄せ、舌を出した。そして、ホルンはアルプへと体を向けた。

「アルプ=ウィント様に、お願いがあるんですけど」

「何でしょう?」

「ちょくちょく、ここに来させてもらう事はできませんか?」

「どういう事でしょう?」

 アルプは、首を傾けている。

「前に父さんに言われました。自由とは、帰って来れる場所がある事だって。だから、冒険に旅立った人達が、気軽に帰ってきて、休める場所を作りたいです。この場所に、街を作りたいんです。まだ、具体的には何も考えてませんけど・・・ダメですか?」

 ホルンの申し出に、アルプはキョトンとした後、クスクスと笑った。

「そうですか。そんな事を言った人の子は、初めてです。他の誰かの為に・・・ええ、とても素敵な考えだと思いますよ。悲しいかな、私のせいで処罰の対象となる人の子がいます。そんな人の子の逃げ場所としても、最適かもしれませんね。分かりました。協力致しましょう」

「おースゲー! それは、それで楽しそうだな! 俺が戻って来るまでに、立派な街を作ってくれよな!」

 ビッシュは、ホルンの肩に腕を回して、嬉しそうに笑っている。

「さあ、ホルンの街作りも楽しそうだけど、私達もそろそろ出発しようか? と、言いたいところだけど、どうやってこの海って奴を攻略しようかな? まさか、泳いで行く訳にもいかないしね」

「大丈夫だよ。俺、船大工だから。丈夫な船を作ってやるさ。ホルンも手伝ってくれよな?」

「勿論だよ! 皆で協力して、丈夫なのを作ろう!」

 冬山から出られないアルプは留守番をし、他の三人で隣の春山へと木材の調達に向かった。皆でワイワイはしゃぎながら、船を完成させた。

「それでは、最後に私の加護を与えます」

 アルプは体の前で手を組んで目を閉じた。手作りの船が、光輝いた。ビッシュとノアは、船に乗り込んだ。

「じゃあ、ホルン! 暫く、お別れだな? お前が作った街、絶対に遊びに帰って来るからな」

「うん、ビッシュも楽しんでね。でも、あまり無茶しちゃダメだよ。ノアさんの暴走に巻き込まれないようにね」

「おいおいおい、ご挨拶だな。だが、心地良い。君と出会えて良かった。心から、そう思うよ。後、プッチは置いていく事にするよ。面倒を見てあげて欲しい」

 ノアが腕を伸ばし、ホルンが手を握った。次に、ホルンとビッシュが握手を交わす。ビッシュとノアは、オールで船を漕ぎだした。

「本当は、あなたも一緒に行きたかったのでは、ありませんか?」

「僕は、平凡な人間なんです。小さな幸せで満足です」

「幸福に大きいも小さいもありません。大切な事は、満足感です。あなたは、十分幸せ者ですよ。ただ・・・フフ、街を作る事は、平凡ではありませんが」

 ホルンは、恥ずかしそうに後頭部を掻きながら、いつまでもいつまでも、海に向かって手を振り続けている。

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