3-3

「人の子の戦士シュガー=ホープよ。そなたは強い。生き残ってくれた事に、感謝する」

「強いだなんてそんな・・・私は、ただ運が良かっただけです。それに、臆病者です。私より強く勇敢な戦士は、沢山沢山おりました。感謝だなんて、私にはもったいないです」

 グルーの言葉を素直に受け入れる事ができないシュガーは、大袈裟に顔を左右に振った。

「運も実力の内ですよ。臆病大いに結構。だからこそ、慎重になれるものです。ご自分を卑下する事は、お止め下さい」

 アルプは、シュガーの背にそっと手を添えて、涙の残る瞳を細めて微笑んだ。シュガーは、必死に奥歯を噛み溢れてくる涙を堪えるが、抗う事ができず自然と声が漏れてしまう。顔の前で手を組んだシュガーは、俯き肩を震わせた。

「・・・皆様方のご加護のお陰でございます」

 シュガーの姿を眺め、四人の女神は目を伏せた。暫くの間、シュガーの漏れ出る声のみが聞こえる中、グルーが真っ先に顔を上げた。そして振り返り、皆と距離を取るように歩いていく。

「早々に亡骸を弔ってやろう」

 数十メートル先まで歩いたグルーは、立ち止まり拳を上げた。グルーの拳からは、蒸気が立ち上り、赤く輝いている。そして、勢い良く地面に、熱を帯びた拳を叩きつけた。大きな爆発音と共に地面が爆ぜ、土が飛び散り砂煙が舞い上がった。ゾマが腕を振ると、砂煙が風に乗って運ばれ、巨大な穴が姿を現した。

 巨大な穴の中心にいるグルーが、ゆっくりと土の傾斜を上る。地面に顔を出したグルーが、体についた砂埃を払っている。

「ゾマよ。亡骸をこの穴に集めよ」

「かしこまりました」

 ゾマが手をかざすと、周囲に風が集まり、横たわる亡骸が宙を舞う。風に乗った亡骸が、巨大な穴の中へと運ばれていく。四人の女神とシュガーが、巨大な穴の淵に集まった。巨大な穴の中には、溢れんばかりの亡骸が積まれている。

「皆の者。犠牲となった戦士や民の為に、祈りをささげよう。そして、誓うのだ。あの者達が、次に生まれ変わった時には、平和な世界になっている事を」

 グルーは、片膝をつき、顔の前で手を組んだ。他の者達も、一様に膝をつき祈りをささげる。皆が目を閉じ祈っていると、グルーが手を叩き沈黙を破った。すると、グルーの前に、火の玉が出現した。ゆらゆらと揺れる火の玉は、ゆっくりと巨大な穴の中に入っていった。そして、亡骸に触れた火の玉が、激しく燃え上がり天高く火柱が伸びた。火柱が消えると、巨大な穴の中には、大量の骨が残っていた。ゾマが風を操り、土が巨大な穴を埋めた。

「一からやり直そう。平和な世界を築くのだ。そして、多くの犠牲の上に成り立っている事を心に刻むのだ」

 多くの犠牲者の冥福を祈った。皆が目を開き、ゆっくり立ち上がる。

「・・・さて、まずは生き残った民と共に、この国の復興に尽力せねばなりませんね?」

「しかし、いつ何時、敵国の戦力が牙をむくか分かりませんわ。復興は人の子にお任せし、我々は戦いに備えて英気を養いたいものです」

「確かに・・・此度の戦いは、少々疲れました」

 ゾマとイスブクは、心身共に疲れ切った表情で、弱々しく笑みを浮かべた。

「お二方のおっしゃる通りですね。人の子も我々も、暫しの休息が必要です。日も傾いてきましたし、今日のところはゆっくり休みましょう。そして明日、この国の今後の方針を決めるという事でいかがでしょう?」

 アルプの問いに、ゾマとイスブクは頷いた。しかし、グルーは遠くの方を眺めたまま反応がない。皆がグルーに視線を集め、首を傾げている。

「グルー様? どうかなされましたか?」

「・・・あ、ああ、いや、何でもない。そうだな、今日のところは休むとしよう」

 そう言い残し、グルーはその場を去った。残された女神達は、互いの顔を見合わせ、それぞれその場を離れた。

 夜が深まり、生き残った者達は、互いに寄り添いながら、眠りについていた。大切な者を失った者も泣きつかれたように、涙を浮かべ眠っている。

 太い倒木に腰を下ろし、グルーは足元の炎をぼんやりと眺めている。

「・・・アルプか。気配を絶ち、背後から近づいてくるのは、良い趣味だとは言えないな」

「別に趣味ではございませんよ・・・眠れないのですか?」

「ああ、少々考え事をしていてな」

「この国の事、民の事ですか?」

「ああ、お前が言っていた最適解とは何なのか・・・どうすれば、多くの民が血や涙を流さずに済むのか・・・頭が痛い」

「最適解とは、所詮結果論ではありませんか? 現段階で、そんなもの誰にも分かりません。人の数だけ、価値観や欲望はありますからね。一人も取り零さず、満足する答えなどありはしないでしょう」

「・・・悩ましいものだ。我が悪者になり、全てが解決するのならば、喜んでそうしよう。しかし・・・」

「そうはいかないでしょうね。この国の民は、想像以上に純粋で、真面目ですからね」

 グルーは、深い溜息を吐いて、木の枝を折り、炎の中に投げ入れた。炎は、パチパチと音を立て、小さく膨らんだ。アルプは、グルーの隣に腰を下ろした。

「お前は、我等の過ぎた力が、争いを呼んでいる。そう言っておったな?」

「ええ、言いました」

「・・・その言葉が、耳から離れんのだ。争いは争いを生む。争いの根源は、力だ。力がなければ、はなから争おうとは思わぬ。強者を倒す為に、力を欲する。過ぎた力は、平和の対極にあるように思えるのだ」

「力がなかった方が良かったのですか?」

「・・・ハァ、やはり堂々巡りだ。所詮ないものねだりに過ぎぬ。力があったからこそ、長年この地を守ってこられたのだ。他国からしてみれば、まさに積年の恨みであろう。その恨み辛みが、近年の科学技術の発展に拍車をかけたのだろう」

「皮肉なものですね」

「まったくだ」

 グルーは夜空を見上げた。満点の星空が広がっている。グルーの横顔を見つめていたアルプも、首を伸ばし夜空を見上げた。

「美しい星々ですね?」

「ああ、久しく見ていなかった。心を落ち着け、夜空を見上げる余裕もなかったのだな。願わくば、人の子達にも未来永劫星空を見上げて、想いを馳せる心の余裕を持ってもらいたいものだ。忙殺されると、視野が狭まってしまうからの」

 穏やかな表情で顔を上げるグルーに、アルプはクスクスと笑い出した。

「何が可笑しいのだ?」

「グルー様は、お昼間の空が嫌いでしたものね」

「ああ、太陽がいやがるからな。同じ属性の巨大な力が、空にぶら下がっていると思うと、はらわたが煮えくり返りそうだ」

「力比べですか?」

「言ってる傍からこれだ。まったく始末が悪い」

 グルーは呆れたように自虐的に笑う。アルプも口元を手で隠し、つられるように笑った。

「アルプよ。お前は、この地をどうしたいのだ?」

「私ですか? やはり争いのない、平和な土地にしたいです。安定した衣食住を担保し、その上で人の子としての尊厳を尊重してあげたいものです」

「人の子としての尊厳か・・・」

 グルーとアルプは、久方振りに訪れた穏やかな時間に身を委ねていた。

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