2-10

「『我ら『雪幻の光路』なり』」

 扉を挟んで、外と中から、同時に同じ言葉を発した。解錠される音が響き、扉が静かに開いていく。扉の隙間から、ギョロっとした目をした男が顔を出した。

「集会は、もう始まって・・・ウガッ!」

 警棒で喉を突かれた男は、血を吐きながら後ろに倒れた。次の瞬間、床に倒れる男を踏みつけるように、全身黒ずくめの集団が、広場に雪崩れ込んだ。

「『シールド』だ! 貴様達を連行する! 無駄な抵抗はせず、投降しろ!」

 黒ずくめの集団は、広場にいた者達を捕らえていく。広場の中は、突かれた蜂の巣のようにパニック状態だ。悲鳴を上げ、泣き叫ぶ者。怒鳴り声を上げ、抵抗する者。殴りかかり、返り討ちに合う者様々だ。ほとんどの者が、逃げ惑っているが、逃げ場のない密室では簡単に捕らえられてしまう。捕まればどうなるのか、火を見るより明らかな為、皆が必死で抵抗する。しかし、数でも戦闘能力でも、全ての面において『シールド』の方が一枚も二枚も上手だ。『雪幻の光路』の面々は、成すすべなくあっさりと取り押さえられる。

「ふざけるな! 俺達が何をしたっていうんだ! ただ、夢や希望を語っていただけだ! 幸せを求めて何が悪い!」

「犯罪者風情が、夢や希望を語るな! お前達の言う夢や希望のせいで、どれほどの民が命を失っていると思ってるんだ! 身の程を知れ! お前らの幸福は、多くの犠牲を生んでいるただの自己満足だ! 法を犯した幸福など、成立しない!」

「お前達は、何様のつもりだ!? 俺達は家畜じゃねえぞ!」

「我々は、神の使いだ! 神の名の元に結成された組織だ! 犯罪者など、家畜以下に決まっているだろが! 犯罪者が理想を語るな! 犯罪者が栄えた事など、歴史上あり得んのだ! 犯罪者は根絶やしだ!」

 怒声が怒声を呼び、地獄絵図が広がっている。抵抗する者達は、警棒で袋叩きにされていた。『シールド』の面々も、まるで何かに取り憑かれたように、血相を変え逃げ惑う民を痛めつける。世界に混乱を招いている悪の化身を、神の名の元に、絶対的な正義の元に、捕らえなければならない。法を破る行為は、この世界の神であり王であるシュガーホープに唾を吐く行為だ。絶対に許す訳にはいかない。この世界で、平穏で平和な生活を送っている多くの民を守る為に、日夜働いている。そして、シュガーホープへの忠誠の為であり、己の誇りの為に、『シールド』は任務を遂行する。秩序の乱れは、平和を崩す要因だ。

 法を破る犯罪者の戯言など、聞くに堪えない。

 誰一人、『シールド』の一員は、犯罪者の言葉に耳を傾けない。シュガーホープが白と言えば白であり、黒と言えば黒だ。犯罪者だと言えば、犯罪者であり、処罰の対象だ。『雪幻の光路』つまり『魔女の落とし子』は、犯罪者であり『シールド』が立ち向かうべき敵だ。

「これは、天誅だ! シュガーホープ様のご加護を無下にした者は、万死に値する! 一切の容赦は捨てろ!」

 叫ぶ『シールド』が、警棒を振りかぶる。殴られ蹴られ、全身から出血する者は、それでも諦めない。夢を諦めない、希望を諦めない、生きる事を諦めない。

「騒がしいですね。いったい何事・・・シ・・・『シールド』!?」

 広場に隣接した小部屋から、出てきたサンチュが尻もちをついて青ざめている。腰を抜かしているサンチュは、這うようにして小部屋へと逃げる。

「貴様! サンチュ=カールだな!? 『雪幻の光路』の代表であり、創設者だな!? 貴様が悪の根源だ!」

「ち、ち、ち、違う! 違う! 俺はただ雇われただけだ! この組織を作ったのは、俺じゃないよお!」

「往生際の悪い奴だ! 貴様が黒幕だ! 既に裏は取れている! 観念しろ!」

「そ、そ、そんなあ! それは、何かの間違いだあ!」

 数人の『シールド』に羽交い絞めにされ、サンチュは唾を飛ばす。涙と鼻水と涎で、サンチュの顔は酷い有様だ。

「総師様! 総師様! お助け下さい!」

「アルプ=ウィント様! どうかご加護を!」

「冬の女神様! お慈悲を!」

 捕らえられた者達が、各々に縋りつくように懇願する。

「煩い! 煩い! 助けて欲しいのは、こっちの方だ!」

 サンチュは、泣きながら叫び声を上げる。サンチュの顔面を警棒が捕らえ、鮮血が飛び散った。

「痛い! 痛い! 助けて下さい! 旦那あ! 旦那あ! リリーの・・・」

 一瞬の静寂が訪れ、次の瞬間、爆ぜたように悲鳴が上がった。サンチュの頭部が宙を舞い、地面に転がった。胴体から切り離されたサンチュの顔が、舌を出して白目を向いている。『雪幻の光路』の面々は勿論、『シールド』でさえ顔面蒼白で、息を飲んでいた。

『悪の根源など、有無を言わせず、即死刑だ』

 サンチュの頭部を切り落とした男が、刀を振り鮮血を飛ばした後、鞘に納めた。男は、全身白い隊服に身を包み、白い仮面を被っている。サンチュを殺害した仮面の者の後ろに、同じ格好をした者が二人並んでいる。後ろの二人の片方が前に出て、地面に転がったサンチュの頭部の髪の毛を掴んで翳した。

『抵抗する者は、この場で処刑する。おとなしく投降し、知りえる情報を全て吐いた者は、命だけは見逃してやろう。しかし、抵抗する者は、家族諸共処刑し首を晒す。これは、シュガーホープ七世様の最後の温情だ』

 仮面の男が叫ぶと、広場内は静まり返った。目の前でサンチュの首が飛び、現実を目の当たりにし、全ての者が意気消沈した。観念した者達が、肩を落とし項垂れた。

「『ソード』の方ですね? お疲れ様です」

『挨拶は不要だ。さっさと、捕らえろ』

「す、すいません!」

 焦りを見せる『シールド』の隊員が、慌てて走り出した。サンチュの首を飛ばした男が、辺りを見渡し歩き出した。そして、足を止めると、足元にはビッシュが震えていた。男は無言のまま、ビッシュを見下ろしている。

『隊長? どうかされたのですか?』

『いや、この少年も連行しろ』

『はっ!』

 命を受けた『ソード』の隊員が、ビッシュを連れていき『シールド』へと渡した。

『・・・すまない』

『え? 何かおっしゃいましたか?』

『いや、何でもない。行くぞ』

 隊長と呼ばれた男は、広場に隣接する小部屋を覗き、残党がいないか確認する。『ソード』の隊長の後ろには、一人の隊員がついてきている。

『先ほどの太刀筋、お見事でございました。前任の『闘神』に、勝るとも劣らない』

 隊員が隊長の背中に声をかけた。すると、反射的に隊長が振り返り、隊員の胸ぐらを掴んだ。

『俺の前で『闘神』などと口にするなと言っただろうが。貴様の首も飛ばすぞ』

『も、申し訳ございません』

 乱暴に振りほどかれた隊員は、激しく咳き込み頭を下げた。

『貴様は、別の部屋を探してこい』

『かしこまりました』

 隊員はずれた仮面を整えながら、小部屋から出ていった。体長は、小部屋の扉を閉めた。

 現『ソード』の隊長は、前隊長である『闘神』の次に、最年少で隊長へと昇進した。しかし、前任の突然の引退により、繰り上げ的に昇進した事に納得がいっていない。陰で嫌味を言われている事も知っている。現隊長は、元々『闘神』の部下であり、当時は憧れの存在であったが、今では忌まわしき呪いとなっている。まさに、コンプレックスの元凶だ。それ故、『闘神』以上の結果を求め、名実ともに認められる事に固執していた。

 何を置いても、何を犠牲にしても、結果が全てだ。

 手柄が欲しい。耳障りな雑音が掻き消える程の、圧倒的な結果が欲しい。まさに、今が千載一遇のチャンスだ。シュガーホープ七世の一番の悩みである『魔女の落とし子』を絶滅させれば、他の『ソード』の隊員は勿論、シュガーホープ七世も自分を認めざるを得ない。

 隊長は、仮面を外して、大きく息を吐いた。

『・・・すまない・・・ビッシュ・・・それから、ホルン・・・ラートル・・・僕は、やるしかないんだ』

 顔に張り付く汗を拭い、センシブ=ロロンドは、仮面を装着した。すると、大きな爆発音が鳴り響き、地響きが起こった。

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