2-8

「日付の変更と共に、王都が火の海と化します」

 シーフは、ソファに腰を下ろし、指で眼鏡を持ち上げた。リリーは立ち上がり、頭上で大きく手を叩いて笑った。

「傑作だ! 逃げ惑うゴミクズどもの顔が目に浮かぶ! 俺様が用意した夏鉱塊と冬鉱塊をぶつけての水蒸気爆発だな! 見ものだぜ!」

 リリーは、腹を抱えて笑いながら、ソファに腰を下ろした。両腕を背もたれに預け、ふんぞり返る。

 生活必需品である夏鉱石や冬鉱石は、一般で使用するには、大きさの制限がある。おおよそ、拳代の大きさだ。王都で販売されている鉱石は、貴族の管轄であり、鉱塊の所持・使用は貴族にしか認められていない。鉱塊を加工して鉱石が製造されている。鉱石の集合体である鉱塊は、人の頭ほどの大きさだ。

「それにしても、あんなでかい塊をどうやって衝突させるんだ?」

「非常に簡単で、原始的な方法ですよ。地形によって方法は変えます。地面に置いた鉱塊の上に、鉱塊を落としたり、ロープで縛った鉱塊を吊るして並べ、片方をロープを張った状態で持ち上げます。そして、放すと振り子の要領で互いが衝突します」

「アハハ! なるほどな! そりゃ簡単だ!」

「ええ、問題は鉱塊を持ち上げるマンパワーと誰にも見つからない隠密行動なのですが、どちらもリリー様のお陰で悠々と解決しました」

「俺様の力を持ってすれば、実に容易い事だ。夜間の外出禁止令というのは、貴族や庶民を対象にしたものだ。その中に、シールドの連中は含まれない。奴らは監視する側だからな。シールドと言えど、一枚岩じゃないって事だ。少数ではあるが、シュガーホープに不信感や不満を持っている者はいる。そんな連中を引き込むのは、実に容易い。馬鹿は餌をぶら下げられると、実に滑稽に踊ってくれる」

 腹を抱えて笑っているリリーは、突然まじめな顔になり、シーフを睨みつける。

「やはり一番の問題は、『ソード』の連中だ。少数精鋭の暗殺集団。奴らとまともにぶつかるのは、分が悪すぎるぜ」

「おっしゃる通りです。その為の、『雪幻の光路』です。長年の草の根活動が実を結び、規模が大きくなりました。『ソード』と『シールド』は、『魔女の落とし子』狩りに躍起になっております。今も地下の集会場で、会合が行われております。今夜は、一斉の大捕り物があるそうです」

「あるそうですって、お前が仕組んだんだろ? 善人なフリして、なかなかにあくどいぜ」

 シーフは眼鏡を持ち上げて、にやりと笑った。

 シュガーホープ直属特務部隊、王の刃、通称『ソード』。

 主な業務は、暗殺や処刑などの汚れ仕事であり、民の殺害を許されている組織だ。格闘術や暗殺術に長けた戦闘のエキスパート集団。数は二十人ほどで、一般的には存在を伏せられている。まさに少数精鋭であり、一騎当千の戦闘力を持っている。

「『ソード』に『雪幻の光路』を宛がい、手薄になった王宮を落とす算段だな? それにしても、『ソード』の前隊長の引退は、追い風だな。一度だけ見た事があるが、ありゃ化け物だ。人間じゃない。『闘神』の称号は伊達じゃないぜ。あんな怪物がいたら、さすがに諦めていたかもしれないな」

「とは言え、腐っても『ソード』ですからね。油断は禁物です」

数年前に引退した『ソード』の隊長は、圧倒的な戦闘力を誇っており、史上最年少での隊長昇格を果たし、『闘神』の称号を得るほどであった。その『闘神』の引退に伴って、戦力の脆弱化が懸念されていたが、その心配は取り越し苦労であった。シーフの言う通り、組織としての強さは健在だ。現在の仕事の中心は、『シールド』が捕らえた『魔女の落とし子』の処刑だ。

「それにしても笑ってしまう。あのぼんくらサンチュが、まさかの総帥様とはな? 飛び級昇進じゃないか。俺様の下僕が出世したものだ」

「良い仕事をして下さってますよ。能力はさておき、あの小太りなフォルムは、善人だと思わせるのに打ってつけです。穏やかな表情や口調もとても良いです」

「善人ねえ? まあ、演技だけは、なかなかのものだ。どうせ今頃、頃合いな若い女を見繕って、よろしくやってる頃だろうさ。清めの儀式とかなんとか吹いてよ。まあ、最後の戯れだ。大いに楽しんでくれ」

 リリーとシーフは笑い合い、国家転覆の作戦を語っている。シーフが発案し、リリーが権力を用いてバックアップした作戦だ。二人の利害が一致した結果だ。

 シュガーホープの暗殺。

 四大貴族とはいえ、シュガーホープの政治に満足しているものは少ない。中級・下級貴族や庶民に比べれば、勿論裕福な生活を送っている。しかし、四大貴族には、それぞれの山の管理という仕事を押し付けられている。山の管理には、莫大な費用がかかるが、四大貴族は実費で行っている。名誉ある職を与えて頂いている。四人の現当主は、そう思っているのかもしれないが、その下の世代には通用しない。特に、リリーは不満が爆発している。次期当主は、リリーの兄であり、彼は生涯一番にはなれない。

 なにか、大きな出来事が起こらない限りは・・・。

 それは、父親の死であり、兄の死であり、はたまたシュガーホープ家の転落か―――野心と欲望に燃えるリリーは、計画実行が待ち遠しくてたまらない。

「カルドナ。俺様が神になったあかつきには、お前にも特別な地位を用意してやる。だから、失敗は許さねえぞ」

「はい、ありがとうございます。ご安心ください」

 シーフは、深々と頭を下げた。シーフの目的は、外の世界を探索する事だ。多くの『魔女の落とし子』が失踪した。途中で命を落としたのか、本当に外の世界に出たのか、答えは誰も知らない。シーフの飽くなき探求心が、簡単な計算を放棄させていた。今回の計画で、捕らえられた『雪幻の光路』に所属する者達は、一人残らず処刑される。暴徒に巻き込まれて、命を落とす民もいるだろう。しかし、シーフが求める答え合わせの為には、いくらでも犠牲を払う。計画通りにシュガーホープや一族を暗殺し、リリーが国を治めるもよし、混乱に乗じて外の世界に向かうもよし。シーフの一番の障害は、この世界の法律であり、しいては『ソード』や『シールド』の存在だ。

 シーフは、己の野心の隠れ蓑として、『雪幻の光路』を設立した。最初から切り捨てる為の、捨て駒だ。その為に、大勢から信用を勝ち取り、行動しやすくする為に、教師の道を選んだ。長年の草の根活動が実を結ぼうとしている。『雪幻の光路』の活動にシーフが関与している事を知っている者は、リリーを除いては誰もいない。設立当初に勧誘した者達は、幹部としての地位を与え、率先して脱出の斡旋を行った。その元幹部達は、この世界にいないのか、この世にいないのか、分からない。

『雪幻の光路』を餌に、『ソード』と『シールド』をおびき寄せ、王都内で大爆発を起こさせる。そして、混乱に乗じて、シュガーホープを暗殺する。今現在、世界中で『雪幻の光路』の集会は執り行われている。相手の力は、各地に分散する。シーフは、その集会場所を全て把握しており、密告した。シュガーホープの暗殺を実行する者は、リリーが手配した息のかかった腕自慢のゴロツキだ。寝返った『シールド』の者も、当然戦闘訓練は受けている。手も足も出ない圧倒的な敗北でなければ、それで良い。シーフの目的は、混乱を生む事。シーフが安全に脱出を図れる為の布石だ。

―――カチッ。

「誰だ!?」

 リリーは叫び声をあげて、血相を変えて立ち上がった。顔を忙しなく動かし、部屋中を確認している。そして、足早に窓に接近し、カーテンを開けた。窓の外には、既に闇が落ちていた。

「・・・気のせいか?」

 リリーが窓の外を眺めていると、シーフが隣に立った。

「どうかされましたか? リリー様」

「え? ああ、物音が聞こえた気がしたんだが・・・気のせいか。お前は聞こえなかったか?」

「ええ、私には」

「そうか。それなら、いい」

 リリーは首を捻りながら、ソファへと戻っていった。シーフは、リリーを見た後、視線を下に落とした。シーフは、机の下を見て、微かに笑みを浮かべた。

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