第16話 アジトの整備

 一般にガレージライフとはバイクやクルマいじり、あるいはDIY等の趣味のためのスペースといったイメージで、雑誌が出てたりもするが、こちらは紛れもない車庫。

 奥が温泉の源泉並びにポンプなので手前半分の4畳半ほどが生活空間、源泉の左右にも隙間があるので整理棚くらいは置ける。

 ドアやら窓といったオプションはついてないのでシャッター締めると真っ暗、雨風や紫外線からクルマを護るのが目的なので当然か。

 通気性というか屋根と壁との接合部に隙間はあるので窒息したりは大丈夫そう。

 一晩を車庫で過ごしてみた感想は、寒い、窮屈、気分悪い。

 外殻は薄い鉄板なので保温性は皆無、明け方には0℃近くになるので寒いのは当然、テントで寝たほうが空間が狭いだけに暖かいはず。

 防音性も低いので、外でキツネか何か獣の気配がするたびにクロマルが跳ね起きて吠え、なだめて寝かしつけねばならない。

 窮屈なのはもっぱらクロマルのせい、幅60センチほどのコットの上に大人と大型犬が寝るのには無理がある、寝返りもうてないし足が押し出され熟睡できなかった、下半身は暖かかったが。

 気分悪いのは窓の無い密閉空間の閉塞感、中古車庫のシャッターが壊れて上げられなくなったら、ちょっとした生き埋め状態、脱出用にバールか何か手元に置いておかねばと思う。

 天気のいい日中は開けっ放しでいいが、寒い時や悪天候で引きこもるのにシャッター締めて真っ暗になるのもまずい、早急になんとかせねば。

 昨日の夕方と同じコースを散歩してから朝食、こんな所まで来て都会と同じように散歩しているのは何か違う気がする、自宅をドッグラン状態にして散歩から開放されたいのだが果たして。

 今日は引っ越しの荷物が届く、近くまで来たら電話が入ることになっているが誘導しないとたどり着けないだろう、表札というか表示板か何か立てておかないと宅配物も届かない。

 車庫そのものではあるが生活の場となるので気分の問題でこれからはアジトと呼ぶ、この敷地全体はさしずめ基地か、悪の組織みたいで気分もアガる。

 アジトの中に広げた荷物を一旦外に出し、トラックが横付けできるように杭を抜いて柵の開口部分を広げておく。

 クロマルはフラフラ出歩かないようにロングリードで係留、眠そうにしているのでそんな心配もなさそうだが。

 そうこうしていると電話、道路の取り付きまで出て待つ、まもなく3人乗車のトラックがやって来た。

 引っ越し業者の面々をアジト前まで誘導すると、「ここですか?」と、古びた車庫を見て驚いている。

 クロマルは引っ越し屋のお兄さん達に愛想を振りまき、たちまち人気者に。

 すぐに使う生活家電を中心に工具類と衣装ケース、ダンボール箱の印を見ながら当面必要なものを振り分け降ろしてもらう。

 横付けして、どんどん降ろしていくだけなのであっという間に終わる、冷蔵庫は奥の源泉の右横のスペースへ、洗濯機は水の工事がまだなので入口付近に置いてもらう。

 お次は黒藪さんところのD型倉庫まで先導して移動、こちらもあっさり終了。

 あまりにも早く終わってしまい、お兄さん達は申し訳無さそうにしていたが、用もないのにアジトまでついてきてクロマルと少し遊んで帰っていった。

 業者は帰ったが引っ越し作業はこれからが本番、分解されていたスチールラックを組み立て源泉の左横のスペースに、ダンボールから出した炊飯器、電子レンジ、湯沸かし、オーブンなどを並べていく、最後にクロマル待望のホームベーカリー。

 冷蔵庫のコンセントを挿してクーラーボックスの中のものを移す、洗濯機もだが新品をこちらで買うかとも思ったが運んでも引越し見積もりは変わらなそうだったので節約した。

 小型のユンボを載せたトラックとハイエースが進入路を上がってきた、待ちに待った井戸工事、ポンプの取り付けだ。

 トラックのユニックでユンボを降ろし、アジト脇の電柱から浅く溝を井戸まで掘り進み電源ボックスから分岐させ保護用のチューブに入れ電線を埋設。

 次に井戸の少し横に深めの穴を掘って例の土管状のを地面とほぼツライチ程度に埋め、中にブロック敷いてポンプの設置。

 それから長いホース上の先に金属製のフィルターか何かと思っていたらそれがポンプ本体らしいのを取り付け、井戸の中へ落とし込んでいく。土管の横に空けてあった穴を通して配管を通し簡易な蛇口を取り付け、電源接続して試運転。

 無事に水が出てきた、重要なライフラインが開通、これで水汲みの手間が省ける。

 クロマルがやって来てバケツに受けていたのをカッポカッポと勝手に効き水してくれた、水質は大丈夫だろう。

 工事のおっちゃんに、今後のためポンプのことや水の配管について教えておいてもらう。

 埋めたのはポンプの制御部で凍結防止のためらしい、井戸自体は不凍でも地上に出ている部分は冬に確実に凍る、防止するには地中深く埋めるかヒーターを付けるか常に水を流しっぱなしにするしかないらしい。

 この程度だとまだ安心できないらしいが、上に雪をかぶせると断熱材になっていいらしい。

 最初にポンプ回りの工事費用のことを聞いた時高いなと思ったが、この内容なら納得だ。


 少し雲行きが怪しくなってきたので、アジト前に雨除けにタープを前室のように張ってから、カップ麺で遅めの昼飯にし、少し昼寝。

 雨は一瞬パラついたが、まもなく止んで日が射してきた、まだ数日を過ごしただけだが天気は不安定。

 夕方近く、クロマル連れて買い出しに、冷蔵庫がやって来たので盛大に買い込む。

 道の駅周辺の遊歩道で夕方の散歩とし、近くのペンションで日帰り入浴、自前のはまだ使えないため隣接のコインランドリーで洗濯して戻る。

 昨夜は寝床で苦しんだので、コットの横に足置きにクーラーボックスを置いた。

 これでクロマルに押し出されても足が落ちることはないだろうが根本的な解決ではない、こちらも仮設。

 仮設でもいいから自分のところで風呂に入れるようになるのはいつだろうか。


 翌日、朝イチでクロマルを連れ、釧路のホームセンターまで資材の買付けに。

 必要と思えるものを思いつくまま台車に積みなん往復か、後部座席はたたまれ荷物で満タン、クロマルは助手席で不満げ。

 長い角材はバラけないように両端をずだ袋でまとめてルーフキャリアに積んでから、昼メシに回転寿司食ってからハローワークへ向かい、あと少しもらえる失業給付の変更手続きをし、チェーンの家具屋を覗いてからアジトへ帰る。


 さらに翌日、取り掛かったのはシャッター開口部に取り付ける木枠作り、出入りの際いちいちシャッター開け締めするのは億劫、この木枠を固定して簡易なドアを取り付ける、コンパネに蝶番つけた程度だが。

 そして中が暗黒になるのを回避するため、窓ガラスがわりにプラダン、プラダンは紙でなく樹脂製のダンボール、手で折ったりハサミやカッターで切断できる。

 買ってきたのはそれのポリカーボネート製のやつ、これは硬くてかなりの強度があり切断もノコギリが必要、外への視界はすりガラス程度だが採光には充分。

 井戸の脇には屋外用の簡易流し台も設置、これ、多少は家っぽくなってきたか。


 さらにその翌日、アジトの塗装を開始。

 屋根はエビ茶一色にして外壁は深緑ベースに所々をエビ茶、黄土色やら灰色やらをスプレーにて迷彩っっぽく仕上げた、迷彩のパターンというのは計算されていて、それっぽくするのはなかなか難しかったがオリジナルの褪せかけたベージュよりはマシだろう。

 午後に進入路を黒藪さんのハイラックスが上がってきた。

「やってるねぇ、車庫迷彩にしたの格好いいじゃない、風景に溶け込んでて消えたのかと思った」

 お気に召したらしい。

「これ使ってないから、よかったら」、と小型のプロパンのボンベと鋳物コンロをもらった。

「ガスは空だけど、町の燃料屋で入れてくれるから」

 いつまでもカセットコンロというわけにもいかなかったので、ありがたく頂戴する。

「風呂はいつ入れるの?」

「うーん、最終的には旅館の岩風呂みたいにしたいんですけど、当面はドラム缶でも調達してそれで済まそうかなと」

「ドラム缶か…、そうだいいものある、明日持ってくるから降ろすの手伝って」と、引き上げていった。


 翌朝、再びやって来たハイラックスの荷台にあるものは巨大な円筒形のブツ。

 ステンレス製で蓋もあって、ざっくり炊飯器って感じだが、直径1メートル以上はある。

「なんですかこれ?」

「バルククーラーっていって、絞った牛乳を入れて冷やすものなの、冷蔵装置は外されててないけど」

「要らなくなったのをもらったの。うちにはもう一つあって、それは獲ってきたシカを冷やすのに使ってるんだ」

「高圧洗浄機でざっと埃は落としてきたけど、デッキブラシで磨けばいいから」

 冷蔵用というだけあって中空の2層構造、蓋もできるしドラム缶なんかよりはるかにおあつらえ向き、ただし深い、溺れるのに充分な深さがある、入浴に脚立が要るな。

 積む時はユンボで吊ったらしいが100キロ以上あるだろう、男手二人でも苦心してずり落としつつ、なんとかアジトの横に仮設置できた。

「本当、ありがとうございます、いろいろと」

「いや、いいっていいって、入らせてもらう立場だし、それと俺のことは藪でいいから」

 それからブロックと砂利を買いに行って、水平取りながら再設置。

 開通したばかりの井戸水をホースリールで引張って洗浄、ブラシとスポンジ一部はスチールたわしとクレンザーで磨き上げる。

 風呂にするにはの熱湯温泉と凍結寸前の井戸水で湯加減調整に苦労しながら湯を張り、記念すべき最初の入浴は功労者の藪さんに譲る。

「最高だね!」と、ご機嫌の藪さん。

「いつでも来てくださいね、湯加減が難しいですけど」

 自分も入ったが、やはり深くて縁が高すぎなので中に椅子がほしい、外には洗い場代わりにもできる台が要るな。

 屋根も無いとだし、夏には虫の対策も必要だ、やることは山積、久しぶりにクロマルのシャンプーもするか。


 これで、電気、水道、ガスに続き、風呂も付いた。

 残されたものは……、トイレ……。

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